異世界帰りの幼馴染み
小学校も中学校も一緒で、中3の夏に転校して離ればなれになっていた幼馴染みから久し振りに連絡が来た。
で、とにかく会おうって流れになり、地元のファミレスで待ち合わせすることに。
何年ぶりかで幼馴染みに会える喜びと、何とも言えない緊張感を胸に、ちょっと早めに着いて席で待ってると……。
「いらっしゃいませ~」
客を迎える店員の声。
もしかして……と、店の入口に目を向ける。
「お一人様でよろしかったですか?」
「ん? いや、パーティーのメンバーと約束してるのだが」
「あっ、失礼しました。パーティーのご予約を頂いていると言うことで……」
「いや、正確に言うと元パーティーだな。学校と言う名のダンジョンで、勉強と言う名の魔物と戦った日々を今でもハッキリと覚えているよ。懐かしいなぁ……。カンニングという名の呪文を唱えたこともあったなぁ……」
「ダ、ダンジョン? ま、魔物?? お、お客様、えっと、あの……その……」
うわっ、なにやってんだアイツ!?
めっちゃ店員困らせてんじゃん!
「おーいヒロシ、こっちこっち!」
幼馴染みに向かって大きく手を振った。
っていうかアイツ、なにあの格好……。
「おお、エイタール! 無事生きてたか!!」
中世風の服に身を包み、背中のマントだかカーテンだかなんかそんなのを揺らしながら、満面の笑みを浮かべた変なヤツがこっちにやって来た。
残念ながら、その顔はよく知る幼馴染みのそれだった。
「元気かエイタール! 良かった良かった。生きてて良かった」
ヒロシは嬉しそうに頷きながら、テーブル席の向かいに座った。
やたら生き死にを気にしてるのも謎だし、なにより……。
「いや、元気だけど、なにそのエイタールって? 俺は英太! しばらく会わない内に名前すら忘れちゃったのかよ。ってか、ールってなんだよ!」
「ん? お前はエイタールで、俺はヒロシェールだろ。大丈夫かおい」
……ん?
俺って中学ん時、そんな風に呼ばれてたっけ?
そう言えば、よく友達から「ねえエイタール、消しゴム貸してくんない?」とか言われてたっけ……ないないない!!
生まれてこの方、長い棒付きで呼ばれた事なんか1度もねーよ!!
大丈夫か、ってこっちのセリフだよまったく……。
「お客様、どうぞ」
店員が水の入ったコップをヒロシェールの前に置いた。
……いやいや、ヒロシねヒロシ!
「おう。これは聖水かな? ちなみにこの辺りは、どんな魔物が出没するんだい?」
「……えっ? せ、聖水?? ま、魔物? て、店長!! 店長!!」
慌てた顔で助けを呼ぼうとする店員。
当然だ。
俺がその立場なら間違い無く店長を呼ぶもの!
でも、ここでみすみす店長を呼ばれたら俺も同罪になっちまう!
「ちょ、ちょっと店員さん! ごめんなさい。コイツ、ちょっとゲームのやり過ぎで……ははっ……はははははっ!」
「そ、そうですか……。では、ご注文の品が決まりましたらそちらのボタンを押して下さい……」
店員は怪訝な顔をしながらも、店長呼びは思いとどまってくれたようだ。
「ボタン……だと? これ、トラップじゃないだろうな? 押したら床に穴が開いて真っ逆さまに──」
「おい! ヒロシ……いやヒロシェール! いい加減に──いや、久し振りだな! 元気だったか、ハハハ!」
うん。
ここはひとまず話を聞いてあげようじゃないか。
怒鳴りつけてやりたい気持ちは山々だが、何か事情があるのかも知れない。
「ああ、元気と言えば元気。毒状態と言えば毒状態だな」
「ふーん、毒かぁ。そりゃ大変だな……って、毒!? な、なんの??」
「ああ、ちょっとこっちに戻ってくる直前に花の魔物〈フラワズン〉に襲われてな。愛剣の〈エソスザリバー〉で瞬殺してやろうかと思ったんだが、そいつ物理攻撃無効のパッシブスキルを持ったヤツで全く効かんのよ。焦ってるところに毒の息をブファ~ってな。勇者のくせにダサいったらありゃしないぜ、ヒャッヒャッヒャ!」
やべぇ。
いよいよやべぇぞ。
ゲームの話だと思いたいが、よく見るとヒロシの奴、顔やら手やらキズだらけなんだよな。
しかも、その肌の色が薄ら紫色がかってるような……。
「そ、そりゃ大変だったな。で、その毒ってどんな症状が出るわけ?」
「ああ、ちょっとずつHPが削られんのよ。ほら、オレの最大HPって782じゃん? 毒のせいで今18だぜ。あっ、言ってるそばから17になった。死ぬなこりゃ。ヒャッヒャッヒャ!」
いや、さっきから気になってたけど、それ勇者っつーか使い魔の笑い方!
って、そんな事はともかく、HPとかマジで言ってんのかこれ?
ついにゲームと現実の区別が付かなくなっちまったのか……いやでも、やっぱ顔色が気になる。
どんどん紫みが濃くなってきてんの。
マジで病気なんじゃないのか……色んな意味で……。
「あっ、いま16に下がった。本気で死ぬなこりゃ。魔王の城からも生還したこのオレが、あんなザコ敵にやられて死ぬなんて、こりゃ傑作だ! ヒャッヒャッヒャ!」
「……いやいや、笑い事じゃないでしょ? 本当に死にそうなら病院に行かなきゃ。タクシーで行けば10分ぐらいで市立病院に着くし、本当に本当なら急いで──」
「エイタール……オマエ、相変わらず優しい奴だな。中学の頃とまるで変わってねーや。でもな、残念ながら無理なんだわ。こっちの病院には毒消し草なんて置いてないしな。まあ、いいさ。生まれた故郷の地で、親友に見守られながら死ぬのも悪かねぇってな……」
「おいおい、そんなこと言うなよ! 毒消し草ってのがあれば助かるんだろ? それはどこに行けば手に入るの?」
「ああ、毒消し草の産地と言えば〈ケシマクリ高原〉だな。そこなら野生の毒消し草がそこら中にあるし、高品質な毒消し草を売り歩いてる商人も居るはずだ。金なら腐るほど持ってるんだぜ。つい先週、金稼ぎで有名なハイソサ城でひたすら魔物倒しまくったばかりだから。だからほら、好きなもん食えよ。いくらでも奢ってやるからよ!」
「うわっ、マジで? じゃあ、特製ハンバーグステーキを……って、もうすぐ死んじゃうんでしょ? いまHPいくつよ!?」
「ん? ああ、いまは……6だな」
「ろ、6!? 0になったら死ぬんだよな?」
「ああ、死ぬな。ぽっくりだな……」
深刻な話をしていると、店員が「お待たせしました」と言って、さっきオレが1人で待ってる時に注文したのを持って来てテーブルに置いた……途端。
「でーたーな!! スライム!!」
突然、ヒロシの目付きが鋭く変わった。
「ど、どうした!?」
「安心しろ! スライムはオレのお得意様だ。瞬殺してくれよう!! ケシサルガ!」
と、謎の言葉を叫びながらテーブルに置かれたコップに向かって両手を構えるヒロシ。
いや、それって……。
「タピオカミルクティーだけど!」
「ん? パピポパエルフビー? そういう種類のスライムなのか?」
「違う! タピオカミルクティー! モチモチした玉が入った美味しい飲み物! こっちの世界で妙に流行ってるやつ!!」
「飲み物? オマエ、スライムを飲むっていうのか?」
「だからスライムじゃねぇ! ほら、見とけ」
そう言って、ストローを口にくわえてゴクゴクと飲んで見せた。
「な、なんだと!? エイタール、まさかオマエ、スライムをその身に取り込む秘法を会得したってことなのか……!?」
「ちがっ……ああ、そうだよ! こうすることで、喉の渇きとちょっとした腹の減りを同時に解消することが出来るのさ!」
「そんなもの凄い効果が……なあ、一生のお願いがあるんだが」
「えっ? な、なに??」
「それ……オレにも飲ませてくれねーか?」
と、ヒロシは恥ずかしそうに呟いた。
「いや、もちろんいいよ。ほれ」
「おお! ありがてえ! じゃ、じゃあいくぞ……」
ヒロシは両手でコップを持ち、恐る恐るタピオカミルクティーを喉に流し込んだ。
「……う、うめぇ! おいエイタール、これメチャクチャ美味いぞ!」
「ハハッ、知ってるから。良かったら残りあげるよ」
「ほ、本当か!? あ、ありがてぇありがてぇ! くぅ~、生き返るぅ~」
その言葉で、ヒロシが毒におかされてる事を思いだした。
「おい、いまHPいくつだよ……? あのペースで行ったらもう……」
「ああ、102だな」
「ほら、そろそろ死……えっ? 102? いや、さっき6とかじゃなかったっけ?」
「ああ、毒消しの呪文唱えたからな」
「呪文? あっ、もしかしてさっきのアレ……?」
「ああ。100%完全に毒状態を治す呪文ケシサルガ。覚えといて良かったぜ~」
「……いやいや! それなら何でさっきもうすぐ死ぬとかなんとかって」
「ヒャハハ、人生にドキドキを! 刺激がなきゃ、つまらないだろ?」
「そうだなありがとう……って、なるか! 毒で死んどけば良かったのに!」
「ヒャハハ、そう言うなって! ほら、腐るほど金があるってのは本当だから、好きなだけ食いたいもん頼んで良いから許してくれや」
「お、おう、遠慮しないかんな!」
内心、幼馴染みの親友が死にそうだって本気で心配してたし、助かったと聞いて本気でホッとしていた。
けどまあ、お金がありあまってるっていうなら乗らない手は無いでしょ!
ってことで、ちょうど腹ペコだったオレは普段頼まないような高額メニューを中心に片っ端から注文して食いまくった。
「──ふぅ、食った食った~。ごっつぁんです!」
「ヒャハハ、わんぱくだなおい。そんじゃ、そろそろ出るか」
そう言って、ヒロシは立ち上がりながらスマートに伝票を手に取った。
軽く1万円を超えている伝票をうちわのようにして顔を仰ぎながら、レジへと向かう。
「お会計はご一緒でよろしいですか?」
「おう」
「では、13,452円になります」
うわっ、思ったよりいってるなおい。
我ながら食いも食ったり、飲みも飲んだり。
まあ、ヒロシのやつ腐るほど金を持ってるみたいだから──。
「よし。13452ゴールドだな。楽勝、楽勝。ヒャッハッハ」
「お、お客様、これは……」
戸惑う店員。
その視線は、手元のトレーに置かれた金貨や銀貨に向けられている。
それは星や三角形だったりで、どう見ても5円玉でも100円玉でも無い。
「ん? 13452ゴールドだが、なにか?」
「ゴ、ゴールドですか? て、店長……店長……!」
「ちょ、ちょっと待って! これで!!」
慌てて財布から1万円札と5千円札を出して店員に手渡す。
「あ、ありがとうございます。ではこちら……」
お釣りを貰ってそそくさと店を出た。
「おいエイタール、オレが奢ってやるって言ったのに」
「ゴールドじゃねーか! 騙しやがって!!」
「ヒャハハ、そう怒るなって。ほら、ちょっと遊びに行こうぜ」
「なんだよ、どこにだよ」
「もちろん異世界だ。楽しいぞ、異世界は。ダンジョン行ってバトルして宝箱見つけたり、城に行けば可愛い姫が居たり」
「なんだよそれ! さっきからわけ分からないことばかり!」
「で、行くのか? 行かないのか?」
「……行くよ! なんか面白そうだからな!!」
「ヒャハハ! エイタールならそう言うと思ったぜ! じゃあ早速レッツゴー!」
「お、おう! って、どうやって??」
「ん? それはもう、5丁目の鈴木さんちあるじゃん」
「う、うん……」
「その前の道路にマンホールが2つあって、手前のやつを8回、奥のやつを17回叩いて……」
「う、うん……」
「それからアレをアレして、ソレをソレして……」
こうして俺も、ちょっと異世界に行くことになった。
〈了〉
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