殺し屋労働組合

 薄暗い密室の中央に置かれた大きな円卓に、13人の殺し屋が座っていた。


「それではこれより、殺し屋労働組合の臨時会議を行う。議題は──」

「ちょっと待て」


 漆黒のコートに身を包んだ委員長(コードネーム:ブラッドジュピター)の言葉を遮ったのは、同じく漆黒のコートに身を包んだ男〈ルーレットボルケーノ〉。 

 

「なんだ。私は途中で話を遮られるのが一番嫌いなんだ。殺すぞ」

「そんなの知らねーよ殺すぞ。それより聞いてくれ。俺たちは全員殺し屋。漆黒のコートに身を包むのがお約束なはずだろ? なのになんで……そいつだけお門違いな格好してるんだ!」


 ルーレットボルケーノが、眩しい程の白いコートに身を包んだ男〈ヴァイスクライシス〉を指差した。

 しかし、当のヴァイスクライシスは微動だにせず、ただ面倒くさそうな表情でルーレットボルケーノの背後にある灰色の壁を見つめるだけ。


「コイツ……! お前ら、気にならないのか!? 漆黒のコートに身を包んだ12人の中に、異形の白が混じっていることに!」


 ルーレットボルケーノは円卓に沿って円を描くように顔を回し、全員を睨み付けてやった。

 しかし、残念ながら彼の意見に賛同する者は居なかった。


「キーキー五月蠅いよ。男のクセになに小さいこと気にしてんのさ。そんなに制服ごっこやりたいなら学校戻って一から勉強やり直しな」


 漆黒のコートに身を包んだ女〈コールドローズシャーク〉が脚を組み替えながら吐き捨てるように呟いた。


「なんだと!? 殺るかコラ!! 女だって容赦しねーぞコラ!」


 激昂するルーレットボルケーノ。


「フンッ。殺れるもんなら殺ってみな。男に生まれたことを後悔する前にあの世に送ってやんよ」

「て、てめぇ……!」


 バンッ、と円卓を両手で叩き、今にもコールドローズシャークに向かって飛びかかりそうな勢いのルーレットボルケーノ。

 しかし、そんなことは日常茶飯事とばかりに、他の殺し屋たちは至って冷静だった。


「まあ落ち着け。殺し合うのは勝手だが、会議が終わってからにして貰おうか。それとも、私の手で黙らせる必要があるか?」


 このメンバーで最年長の殺し屋〈ジェネラルクリミナル〉が、真冬の湖面に張った氷の如き冷たい口調で淡々と釘を刺す。


「……チッ。アンタを敵にしてこの世界でやっていけるわけねーだろ。フンッ、助かったなアバズレ」


 ルーレットボルケーノはこれ見よがしに大きな音を立てながら椅子に腰を下ろし、腕を組んでふんぞり返った。

 怒りの原因となっていた白いコートを着たヴァイスクライシスがニヤッと笑ったが、もしそれがルーレットボルケーノの視界に入っていたとしたら、コートが赤く染まっていたことは間違い無いだろう……。


「さあ、ブラッドジュピター、早く進行してくれ。このあと殺しの予約が2件入ってるんだ」


 憮然とした表情で委員長に声をかけたのは、若手随一の実力を誇る〈リキッドターキー〉。

 ややもすると怒りを買うような鼻につくセリフだったものの、この場に居る殺し屋は皆、引く手あまたの売れっ子揃い。

 直接金になるわけでもないこの会議が早く終わることに対する異論は皆無であった。


「よろしい。では本題に入ろう。今回の議題はズバリ、“殺し屋の地位向上”である。イコール、殺人報酬の底上げと言っても過言では──」

「おいおい。舐めるなよ委員長。表世界の中小企業じゃあるまいし、俺たちは……いや、少なくとも俺は、1回の報酬でその中小企業どころかちょっとした大手企業すら買い取れるぐらいの額を貰ってんだ。そんなみみっちい話し合いなんかしてられんねーぜ」


 そう言いながら立ち上がって部屋から出ようとしたのは、仕事の速さに定評のある殺し屋〈ギルティーチーター〉。

 それを止めたのは、冷静沈着にターゲットを確実に仕留める殺し屋〈コールドアラバスタ〉だった。


「ちょっと待て。これから委員長が説明すると思うが、底上げというからには我々のようなトップランカーでは無く、駆け出しの奴らや殻を破りきれず燻ってる連中の報酬が安すぎるって事だろ。昔だったら殺し屋と言うだけで高額の報酬を積まれるのが当然だったが、情報化が進んだおかげで今じゃ誰でも“殺しの報酬”を簡単に知ることができるようになっちまった。名前の売れてない殺し屋たちは足下見られて酷いもんだ」

「……チッ。確かに、電気代すら払えなくて泣きついてくるヤツすら居るのは間違いねぇ」


 と、ギルティーチーターはコールドアラバスタの言葉によって思い直し、「しょうがねーな……」と呟きながら席に戻った。


「でもよぉ、底上げってどうするつもりだい? 報酬の相場を変えるのは簡単じゃねーぜ?」


 巨漢の殺し屋〈ファットウェアウルフ〉がブラッドジュピターに問いかける。


「もちろん、それは心得ているよ。とっておきの秘策があるんだ。それは……ストライキ! 世界中の殺し屋が、一斉に依頼を拒否するんだ。そして、世間の人間に知らしめる。殺しという仕事は決して簡単なものでは無い。この手を血で染めてきた私の口から言うのはどうかと思うが、あえて言おう。人の命を何だと思っているのか! はした金と釣り合う命などこの世のどこにも無い……と」


 ブラッドジュピターは両手を広げ、恍惚の表情を浮かべた。

 その発案に対し、残り12人の殺し屋の中で賛成と反対が真っ二つに分かれていた。


「良いじゃ無いか。やってみる価値はあるだろう」


 賛成派のひとり、穏やかな死の配達人とも言われる殺し屋〈エレガンスマグナム〉が大きく頷いた。


「いや、それって逆効果じゃない? 私たちクラスならしばらく依頼を受け付けなかったぐらいで生活が揺らぐことはないけど、若手の殺し屋の中には廃業する子なんかも出ちゃうんじゃないの? ハァン」


 反対派のひとり、溢れ出る色気で惑わして仕事を完遂する女殺し屋〈ネイキッドラピスラズリ〉が反論する。

 ちなみに今日もいつも通り、漆黒のコートの下は生まれたままの姿である。


「そこは助け合いだろ? 俺たち殺し屋はみなライバルであると同時に、仄暗い世界に生きる同志じゃないか。この世界で成功してありあまる富を持つ者が、様々な理由でこんな世界に入っちまった若い奴らのことをちょっとぐらい面倒見たってバチは当たらねえってもんだ」


 仮に、その言葉が中途半端な人間の口から出たとあれば説得力に欠けたかも知れないが、彼は世界で5本の指に入るほど有能でスーパーな殺し屋〈ファントムスワン〉である。


「ブラボー! ファントムさんの言うとおり。今すぐストライキ決行だ!」


 口車に乗りやすいことで有名な殺し屋〈ヘルズウェザーコック〉が手を叩いて賛辞を送れば、


「私も賛成だ。助け合いの精神、良いじゃ無いか。命を奪う我々にとって不釣り合いであり、滑稽とも言えるが、闇の中は全てが裏返し。良いが悪くて、悪いが良い。そうだろ?」


 と、巧みな話術でターゲットを罠に陥れるトラップ殺人の名手〈ピットフォールファイアフライ〉がダメ押しした……かと思いきや。


「ちょっと待って! いくらオレたちがストライキを取り決めたところで、絶対に従わないヤツが出てくるんじゃないのか? なんせオレたちが居るのは裏の世界。誰もが足並みを揃えてちゃんと言うことを聞くって思う方が不自然だ。きっと、殺し屋不足を逆手に取って超高額な報酬を依頼者にふっかけようとする裏切り者が……」

「ん? お前は誰だ?」


 ブラッドジュピターが、反論する男の顔を不思議そうな目で見つめながら話を遮った。


「えっ? 失礼な。俺のコードネームは〈ラビットショルダーマイスターオイスタートースターデパンヤキスギターケドコレシカナイカラタベヨーカマヨウナーデモコゲテルトコロタベスギルトカラダニワルイッテキータコトアルシーオイシクモナイシーココハナミダヲノンデガマンスルートオモイキヤケッキョクタベター〉だ」


 そう。彼は世界で一番名前の長い殺し屋……だったのだが。


 バンッ!


 それは一瞬より短い一瞬の出来事。

 銃声と同時に硝煙の匂いが室内に立ちこめた。

 被弾したのはもちろん、ラビットショルダーマイスターオイスタートースターなんちゃら。

 発砲したのは……不明。

 このメンバーは殺し屋界のトップオブトップ。

 目にも見えぬ早撃ちなど朝飯前な者ばかりである。


「そいつの名前、誰か覚えてるか?」


 おもむろに、誰かが囁いた。


「いいや」

「さあね」

「どうでもいいな」

「適当に片付けといてやるよ」

「サンキュー。それじゃ近い内にストライキ決行ってことで」

「うん。了解」

「じゃあ解散」

「ああ、解散」


 こうして、あっという間に密室はもぬけの殻となった。

 もちろん、誰一人として指紋はおろか髪の毛一本も残している者は居ない。

 立つ鳥跡を濁さず。

 それは一流の殺し屋として、ほんの初歩の初歩に過ぎない……。




 ──それから1週間後。

 全世界の全ての殺し屋による一斉ストライキが決行された。

 とは言え、それを知るのは裏世界に生きる者、そして一部の要人たちだけである。


「フッ、上手いことやってくれたもんだな」


 某高級ホテルの最上階スイートルーム。

 スーツを着た初老の男は窓際に立ち、いつもと変わらぬ日常を送る庶民の様子を見下ろしながら呟いた。


「フフフ、私の立場を利用すれば容易い事……と、言ってきたのはアナタでしょ」


 漆黒のコートを身にまとった男が、右手に持ったブランデーグラスを揺らしながらニヤリと笑った。


「アナタ、なんて他人行儀な。旧知の仲じゃないか」

「まあね。だが、アナタは一国を背負う人間。言わば表の代表。そしてこっちは裏側を生きる人間。あの日のような呼び方で呼び合うことなど出来やしないよ」

「そうか……。では、君のことはちゃんとこう呼ぶよ。ありがとう、ブラッドジュピター。私の命を救ってくれて」

「どういたしまして。世界一の殺し屋に狙われた罪深きお偉いさん」


 そう言うと、二人はハハハと笑い合った。


 この後、そのお偉いさんは殺し屋ストライキの終了直前、忽然と姿を消した。

 そして、殺し屋たちの報酬は大きく跳ね上がることとなるが、一般庶民にとっては全くもって知る必要の無い情報である……。 

 

 

〈了〉

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