金桃太郎

 昔々あるところに、それはそれは仲の悪いお爺さんとお婆さんが居ました。

 お爺さんは面倒くさそうに山へ芝刈りに、お婆さんは愚痴をこぼしながら川へ洗濯に行きました。


 お婆さんが川でお爺さんの汚い着物を鬼の形相で洗濯し続けていると、川上から金色に輝く桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました。


「あらまあ、なんてこと! これで人生大逆転だわ!」


 お婆さんはためらうことなく洗濯物を川へ投げ捨て、代わりに大きな金色の桃を両手で抱えて家に持ち帰りました。


「これだけ大きな金の塊を町に行って売れば、このさき死ぬまで遊んで暮らすことが──」


 お婆さんが慌てて身支度していると、突然ガラガラと家のドアが開きました。


「ぎゃっ! あっ、お、お爺さん……」

「ん? どうしたんじゃ?」


 お婆さんはギョッとした顔になり、必死に金の桃を隠そうとしています。

 

「いや、えっと、いつも山へ芝刈りに行く時はもう少し帰りが遅かったような……」

「ああ、そうじゃ。でもな、なーんか虫の知らせがあってのう。すぐに帰らなきゃいけないような気がしてすぐに帰ってきたんじゃよ……あっ! ああっ!!」


 お爺さんは部屋の奥に置かれた大きな金色の桃の存在に気づき、口をあんぐり開けたままゆっくり近づいて行きました。


「婆さんや、こ、これはなんなんじゃ……!?」

「何って、桃じゃよ桃。それ以上でもそれ以下でもない、ただの桃じゃよ」

「そうかい。それじゃ、ちょっと小腹も減ったし皮を剥いて食べようかのう……って、騙されんぞい! こんな大きくて金ピカに光る桃が、ただの桃なわけ無かろうて! さては婆さん、ワシが帰って来る前に急いでこれを町に売りに行こうとしてたんじゃ……」

「……チッ。無駄に鋭いジイさんだこと。バレちゃあしょうがない。さっさと2つに割って半分こにしましょ」


 お婆さんは冷たい川の水よりクールな眼差しで言い放つと、台所から包丁を持ってきて桃の割れ目に刃を当てました。

 お爺さんは金桃の存在を隠して独り占めしようとしていたお婆さんに不信感を抱きつつも、これほど大きな金の塊なら半分であっても相当の価値があるぞというワクワク感の方が上回っていました。


「えいっ! えいやっ!」


 お婆さんの気合と共に包丁の刃が桃の割れ目に食い込むと、巨大な金の桃は綺麗にパカッと半分に割れました。


「おぎゃー! おぎゃぎゃー!」


 何と言うことでしょう。

 金桃の中から立派な男の子の赤ちゃんが姿を現し、元気な泣き声を上げました。


「おお! 婆さんや!」

「おお! 爺さんや!」


 ずっと子供が欲しくて欲しくてたまらなかったのに、残念ながら授かることが出来なかった2人は、可愛い赤ちゃんの姿を見た瞬間、互いに憎しみ合っていた気持ちを綺麗さっぱり忘れてしまいました。


「よしっ、良いことを思いついたぞ! 桃から生まれた桃太郎! どうじゃ、この子の名前!」

「お爺さん、この金桃をよく見なさいな。桃の形こそしているけど、素材は完全に金じゃ。金一色じゃ。だから、この子の名前は金太郎! 金から生まれた金太郎じゃ!」


 お婆さんはそれで決まりとばかりに、「よしよし、金太郎や」と呟きながら両手で赤ちゃんを持ち上げました。


「お婆さん、その名前はダメじゃ! かぶっとるんじゃ、丸かぶりじゃ!」

「丸かぶり? はて、どういうことだかさっぱり分からん。爺さん、頭の方は大丈夫かいな?」

「失礼な! ワシの頭はいたって正常じゃ! とにかく、金太郎だけはダメじゃ。桃太郎で良いでは無いか!」

「なんて横暴だこと! こうなったら意地でも金太郎! わたしゃ金太郎と名付けるよ!」

「いいや、桃太郎じゃ! 誰が何と言おうと桃太郎じゃ!」

「そこまで言うなら……」

「そうじゃな……戦争じゃ! 老夫婦戦争の勃発じゃ!!」


 こうして、“名称未定太郎”が「オギャー、オギャー!」と悲しく泣き続ける中、お爺さんは山へ戦仲間を探しに、お婆さんは川へ戦友を見つけに行きました。


 しばらくすると、山の動物たちを引き連れたお爺さんが家の前まで戻ってきました。

 少し遅れて、川辺の動物たちを引き連れたお婆さんも戻ってきました。


「婆さんや、本当に良いんじゃな? 引き下がるなら今のうちじゃよ?」

「爺さんや、その言葉、そっくりそのまま返すよ」


 2人の視線がバチバチとぶつかり合った瞬間、ついに戦の火蓋が切って落とされましたた。

 体が大きいパワータイプの多い山の動物たちは、ゆっくりと婆さん軍に襲いかかりました。

 体は小さいもののすばしっこいスピード特化型の多い川辺の動物たちは、爺さん軍の攻撃を俊敏にかわし続けました。


「やるな……!」

「そっちこそ……!」


 お爺さんとお婆さんは、これはとても長い戦になるぞ……と、揃って直感しました。




 ──十数年後。

 お爺さんとお婆さんは、まだ家の前で争いを続けていました。


「そ、そろそろ降参したらどうじゃ!」

「そっちこそ、謝るなら今のうち!」


 2人はすっかり疲弊……するどころか、長い戦が良い運動となって、綺麗に引き締まった健康体を手に入れていました。

 各軍団の動物たちは戦の中で運命の相手と出会い、子供を授かり、その数は数倍に膨れあがっていました。

 そして、この戦のきっかけとなった“名称未定太郎”は……。


「お爺さん、お婆さん、もうやめて下さい! ぼくのために争わないで下さい! 名前なんて何でも良いですから! それより家族3人で仲良く暮らしたいんですから!」


 そこそこ立派に育った名称未定太郎は、お爺さんお婆さんの戦を止めるために懇願する毎日を送っていました。

 鬼ヶ島がどうのこうのというちょっと気になる噂を耳にしてもスルーしてしまうほど、名称未定太郎にとって一番の願いは2人が仲直りしてくれることでした。

 しかし、健康体を手に入れて血気盛んなお爺さんとお婆さんは、名称未定太郎の願いを聞き入れてはくれません。


「桃太郎や、もうすぐ終わるから大人しく待ってるんじゃよ」

「金太郎や、もう少しの所までお爺さんを追い詰めてるから、あとちょっとだけ待っていておくれ」


 2人からかけられる言葉はそんなものばかり。

 ため息も尽きかけた名称未定太郎は、思いきってある提案をしてみました。


「お爺さん、お婆さん聞いて下さい! もういっそのこと、ぼくの名前は『太郎』だけで良いです! それなら、2人の願いを同時に叶えることが──」

「ダメじゃダメじゃ! それじゃダメなんじゃ!」

「そうじゃそうじゃ! そんなシンプル過ぎる名前じゃ、後生まで語り継がれないんじゃ!」


 名称未定太郎による起死回生のアイデアは、この時ばかりは一心同体のお爺さんとお婆さんによって綺麗さっぱり一蹴されてしまいました。

 そして、2人の戦いはまだまだ続くのです……。




 一方、鬼たちはと言うと……。

 実は、鬼ヶ島を出て人間の村を偵察しに来た鬼が最初に見たのが、激しい争いを繰り広げるお爺さんとお婆さんの姿でした。

 偵察鬼が島に戻り次第、鬼の軍勢は大挙して人間たちを襲いに行く予定……だったのですが……。


「やべぇぞ、やべぇぞ。一番か弱いはずのジジイとババアは自らをムキムキに鍛え上げ、動物たちの精鋭部隊を創設し、日々もの凄い訓練をしやがってんだ! その先に人間の若者が居るなんて考えたら……」

「それはやべぇ! 恐ろしすぎて想像したくもねぇ!」

「ああ、やべぇなおい! いいよもう、やめとこやめとこ!」

「そうだそうだ! オレ、この島が大好きだし、ヘンにちょっかい出して人間を怒らせて、この島まで奪われたらもう生きていく意味を見失っちゃいそうだ!」

「うんうん、やめとこやめとこ」

「やめとこやめとこ……」


 こうして鬼たちは人間たちを襲いに行くのをやめて、いつまでも鬼ヶ島の中で平和に暮らしましたとさ。

 めでたしめでたし……。


〈おしまい〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る