神様、家賃払ってください
ここだけの話だが、親父から受け継いだこのアパートの205号室には神様が住んでいる。
道端で雨でずぶ濡れになっている老人に出会ったのは、今から数ヶ月前のこと。
顔見知りでも何でも無かったが、さすがに放っておくことは出来ないと声をかけてみた。
「あの、大丈夫ですか……?」
「ああ、ワシは大丈夫じゃ。ただ、ずっと住んでた祠が……祠が……ううう」
老人は泣きながら、近くの工事現場を指差した。
確かに、その辺りには古びた小さな祠があったのだが、大きな商業ビルを建てるために取り壊されることになった、という話を聞きかじったことを思い出した。
そんな祠に住んでたってことはホームレスってところかな……そんな目で老人を見ると、何か察したようにこう言ってきた。
「あっ、お主、いまワシのことをホームレスだと思ったじゃろ?」
「えっ? いやそんな……まぁ、はい」
気まずい空気を雨雲が察したのか、元々強かった雨足がさらに激しくなった。
「ほらやっぱり! 神様をホームレス扱いするなんてバチ当たりにもほどがあるぞい」
「ごめんなさい。髪もヒゲもモジャモジャ伸びきってる見た目からもてっきり……って、えっ!? 神様……??」
こりゃ、相当こじらせてるな……と、オレの頭の中はとにかく早くこの場から去ろうという思いで一杯になっていた。
「そうじゃ。あの祠に住んで、ずっと昔からこの町を見守って来たんじゃよ」
「あっ、はーい。あざーす。それじゃこのへんで──」
「待て待て待てーい! 疑ってるぅ~! お主めちゃくちゃ疑ってるぅ~!」
老人……いや“自称神様”は、大雨に打たれながら、変なテンションでオレの方に向かって指差しながら声を張り上げた。
いよいよヤバいぞこれ。
完全にイっちゃってるよ……。
「本当にすみません。急いでるもんで……」
「ほう、そうかそうか。あの、スカイブルーのやたら明るい色したアパートに帰るんじゃな」
「あっ、はい……えっ? なんでそれを??」
確かにウチのアパートは、紛れも無くやたら明るい色をしている。
親父が大家をしていたそのアパートの最上階の一室にオレたち家族は暮らしていた。
ガキの頃は、友達からよくその色についてイジられたもんで──。
「ふぉっふぉっふぉ! だから言ったじゃろ。ずっと、この町を見守って来た、とな。3丁目の角にあるコンビニ屋の娘っ子とは上手く行かなくて残念じゃったのう!」
「はぁっ!? それってもしかしてミサキのこと!?」
まさにそのガキの頃、一番仲良かった友達であり、一番アパートの色合いについてイジってきた張本人でもあるのだが、やたら沢山話したり遊んだりする内に好きになってしまい、告白しようとした矢先に転校してしまった女の子、それがミサキ。
そういや、あれから全く連絡を取ってないけど、どうしてっかな……。
「安心せい。ミサキは都会の方で元気にバリバリ仕事を頑張ってるぞい」
「そりゃ良かった……って、なぜそれを!?」
「神様ネットワークじゃよ。都会の方に住んでる神から教えて貰ったんじゃ。あの子、えらいべっぴんだったからのう。ワシも気になって気になって!」
おいおい神様、ゲスいなおい。
まあ、アイツが元気だって分かって良かった──。
「おーい、心の中、全部聞こえてるぞーい。神様に向かってゲスいとは……」
「うっ、ずりぃ! って、マジで神様なんだな……なんですね」
「ふぉっふぉっふぉ、タメ口でいいぞよ! 世界で一番フランクな神様を目指しておるもんでのう」
相変わらず雨でびしょびしょになりながら、神様は右手でピースしながらニッコリ笑った。
神様ってのは、実際に会うとこんな陽気なもんなのか?
見た目は完全にホームレスそのものだし……いや、家が無いっていう意味ではその通りか。
「なあ神様、うちのアパート、今ちょうど空き部屋があるんだけど、良かったら……」
「行くぞよ行くぞよ! ありがたく住まわせて貰うぞよ!! これでホームレス状態解消じゃ、ふぉっふぉっふぉ!」
「いや、ずっと住むつもり!? あくまでも、一時的に……」
「ふぉっふぉっふぉ! 良かった良かった、ふぉっふぉっふぉ!」
「ったく、しょうがねえなぁ……」
こうして、半ば強引に神様はウチのアパートに入居することが決まった。
まあ、なんだかんだ言って神様に恩を売っておけば、後々なにか良いことがあるかもな。
「それじゃ行こうか。ほらこれ──」
と、神様に傘を貸してあげようとしたその時。
あんなに大量の雨を降らせていた雲がスーッと消えて、眩しい程の日射しが照らし始めた。
「うそっ……もしかしてこれ!?」
「ふぉっふぉっふぉ! さあ、行くぞい!」
神様は当然のように、オレんちに向かって歩き始めた。
晴れ上がった空は、アパートの外壁と同じやたら明るい色をしていた……。
──そして現在。
ドンドンドンッ!
ドンドンドンッ!
「神様~、神様~、居るんでしょ? メーターこんなにガンガン回ってるんだから、居るの分かってるんだよ!」
ガチャッ。
205号室のドアがゆっくりと開き、申しわけ無さそうな顔をした神様が上目遣いでこっちを見た。
「ふぉっふぉっふぉ。一体なにごとじゃ?」
「いやいやいや。分かってるんでしょ? だからすぐに出なかったんでしょ?」
「……もう少し待ってくれんかのう? 人間のテレビやら動画やらが面白過ぎて──いや、神様としてのボランティア的な活動が忙しすぎて、なかなかお金を稼ぐことができないもんでのう」
いやもう本音がダダ漏れだし。
ったく、神様がこんなにぐうたらだったなんてガッカリだよ。
てっきり、お賽銭だかなんだかでガンガン稼いでるものかと思ってたのに……。
「ふぉっふぉっふぉ、こうなったら、神様パワーを見せてやろうかのう」
「えっ、マジ!」
「ふぉっふぉっふぉ! ちょっと右手を出してみい」
「お、おう……!」
オレは神様の言うとおり右手を広げて見せた。
「よーし、それを上に向けておくんじゃ……イヤーォ!!」
神様が気合を込めた瞬間、どこからともなく現れた紙切れが、ゆっくりオレの手の上に落ちてきた。
「こ、これは……1万円札!? す、すげーっ!!」
「ふぉっふぉっふぉ!」
「なにこれ? 一体どこから!?」
「ふぉっふぉっふぉ! 財布を開けてみるがいいぞよ」
「えっ、財布??」
オレは半信半疑のまま、ポケットから財布を取り出して中を確認してみた。
すると……。
「うわっ、無い! 間違い無く2万円入ってたはずなのに1万円しかない! ってことは、この1万円札は……」
「ふぉっふぉっふぉ!」
「すげー! 神様パワー恐るべし……って、これじゃ意味が──」
バタン、ガチャッ!
異常な早さでドアが閉まった。
「おい、神様! ちょっと神様、家賃払って!!」
〈了〉
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