恋愛投資アプリ

 暇を潰すためにスマホでネットを見ていると、気になる広告が目に飛び込んできて思わずタップしてしまった。


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 恋愛投資アプリ〈ラブインベスター〉について。


 ラブインベスターは、恋愛をしたいけどお金が無い〈恋愛戦士)と、誰かの恋愛を応援したい〈恋愛投資家〉とのマッチングアプリです。

 恋愛戦士希望の方は、プロフィールやアピールポイントを登録して、良き投資家が現れるのを待ちましょう。


 恋愛投資家希望の方は、登録済みリストから投資したい恋愛戦士を選ぶ所から全てが始まります。

 応援したいな、と思える恋愛戦士を見つけたら、早速投資してみましょう!

 アプリ内通貨〈ラブベス〉を購入(1ラブベス=1円+手数料)することで、100ラブベス単位で気軽に投資することが出来ます。

 最終的に、投資先の恋愛戦士が見事恋愛成就となった暁には、投資額に応じて恋愛戦士が設定した配当金が分配されます。


 また、恋愛投資家には配当金以外にも様々な特典があり、例えば恋愛戦士が目当ての相手とデートすることになった際には『デート決定』、『デート中』、『手をつなぐ!』、『キスする!』、『エッチ開始!』等々の〈恋愛通知〉がリアルタイムで届きます。

 さらに、もし相手とゴールインとなった際には、オプションにより結婚式に招待されるなんてことも……。

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 なるほど。

 こんなサービスがあるなんて初めて知ったが、中々面白そうじゃないか。


 私自身はとっくに結婚し、夫婦仲も良く、仕事も順調でそろそろ子供が欲しいねといった話がでるほど、とても幸せな生活を送っている。

 ただ、1つだけ贅沢を言えば、少し刺激が足りないかな……と思わなくも無かった。

 かと言って、不倫をするつもりはサラサラ無いし、ギャンブルにのめり込んで自らの首を絞めるなんてことをする気も無い。


 となると、この恋愛投資とやらは今の私にぴったりのサービスなんじゃないか?

 まんまと広告にはめられた感は否めないが、それよりも好奇心が上回り、早速ダウンロードしてみた。


 基本情報を入力して会員登録完了。

 早速、恋愛戦士のリストに目を通してみる。


「世の中には、こんなに恋愛したい人で溢れてるのか……!」


 思わずそう呟いてしまうほど、恋愛戦士の数は膨大だった。

 若者の恋愛離れが進んでるだのなんだのって騒いでるが、金銭面がネックになってるという点がその根底にあるんじゃないか……と思えるぐらい、若き戦士たちによる魂の叫びが渦巻いていた。

 いや、よく見ると若者だけでなく、私と同世代か、さらにもっと上の〈老戦士〉の姿ももチラホラある。

 そう考えると、自分は本当に幸せな部類なんだな……と、恵まれた現状に感謝しつつ、恋愛したくても出来ずにいる恋愛戦士を応援したくてウズウズしてきた。


 ただ、とにかく数が多すぎて決められない……ん?

 ひたすらリストをスクロールしていた私の指がピタッと止まった。


『恋愛戦士:コウジ。一言PR:助けないでください!』


 なんだこれは?

 自分から登録しておいて、助けないでくださいとかおかしなヤツだな……なんて思いつつ、まんまと詳細画面に進んでしまった。


 コウジは20代のフリーター。

 実家が貧しかったため大学に行けず、高校卒業後すぐに就職するも、その会社が倒産。

 職を転々とし、現在はフリーターとしてギリギリの生活を送っているんだとか。

 それゆえ、今までほとんど女性と付き合ったことが無く、これから一生ひとりで生きていくのかも知れないんじゃないか、そんな言い知れぬ恐怖に襲われ、ラブインベスターに登録したらしい。

 でも、いざ登録したら登録したで、誰かにお金を貰って自分が楽しむなんてことしても良いのか……と思い悩み、あの一言PRを書くに至った……と、わざわざその理由まで記されていた。

 ただ、学生の時に好きになった女子とのエピソードなど、こんな所に書く必要があるのかと思えるほど熱く語られていて、恋愛……いや、幸せに対する強い想いひしひしと伝わってきて、自然と応援してあげたい気持ちが湧いてきた。


 早速クレジットカードを使ってアプリ内通貨〈ラブベス〉を購入し、恋愛戦士コウジを〈お気に入り登録〉するのと同時に、2000ラブベス投資した。

 程なく、『投資してくれてありがとうございます!』と、コウジからアプリ内メールが届いた。

 恋愛投資家の特典として、投資した恋愛戦士にアドバイスメールを送ることができるらしい。

 私は別に恋愛上級者でも何でも無い。

 素敵な相手が見つかり、結ばれることが出来たのは幸運だったからに他ならない。

 ただ、1つだけ言えることがあるとすれば……。


『誠意を持って接すれば、きっと想いが伝わるはず。頑張って!』


 ただ一言、それだけを入力して送信した。




 ──数日後。

 スマホに1件の通知が届いた。


『恋愛戦士コウジ:デート決定!』


 ……おお!

 やるじゃないかコウジ!

 詳細を開くと、前から気になっていた女性を映画に誘ったら、快くオッケーを貰えた、と書かれていた。


「デートは今度の1日か。ってことはもしかして……」


 毎月1日は映画の日ということで、たしか1000円ちょっとで映画を観ることができたはず。

 私の投資額が2000ラブベスってことは……。

 微力ながら、コウジの手助けが出来たような気がして嬉しかった。

 そして、デート頑張れよという気持ちを込めて、最初より少し多めのラブベスを投資した。




 ──デート当日。

 私自身も仕事が休みで、なおかつ妻が友達と女子会ということで、リビングのソファに腰を下ろし、まったりとDVDでも観ながら恋愛通知を待った。

 今頃、コウジも彼女と映画を観てんのかな……いや、そろそろ映画を見終わって、カフェなんかでコーヒーでも飲みながら感想を語り合ってるかも……なんて想像を膨らませていると、早速恋愛通知が届いた。


『恋愛戦士コウジ:手をつなぐ!』


 ……おお!

 やるじゃないかコウジ!

 いいぞいいぞ。

 たぶん、映画が相当面白かったんだろうな。

 それを一緒に観たことで気持ちが高揚し、2人の距離感が縮まって自然と手を……。


「いま何時だっけ?」


 ひとり呟きながらスマホの時計を見ると、もうすぐ3時といったところ。 

 窓の外もまだ明るい。

 もう少し遅ければ、一気にキスまで行ける可能性もあったのにな……まあ、とりあえず公園辺りに移動して、噴水でも見ながら会話に花を咲かせたり──。


『公園なう!』


 おお!

 私の妄想がコウジの行動とシンクロしてしまった……いや、違う。

 これは……。

 通知をタップすると、メッセージアプリが開いた。

 送信者は……妻!?

 公園なう、という言葉に続けて、のどかな休日の風景を切り取った写真が送られてきた。

 女子会……って、言ってたよな?

 それなのに公園……?

 い、いや、別に女子会を公園でやっちゃいけないなんて決まりは無いけど、あまりにもタイミングが……。

 コウジがデートしてる相手ってもしや……ま、まさか!

 そんなわけ……。

 言い知れぬモヤモヤ感に襲われながら、内容が全く頭に入らない状態で映画を観ていると、新たな通知が届いた。


『恋愛戦士コウジ:告白成功!』


 ……おお!

 やったなコウジ!

 ……って、素直に喜べないんだけど!!

 なにこのモヤモヤ……そして高鳴る鼓動。

 もしかして、自分の妻との恋愛を応援し続けてたなんてこと──。


『カラオケなう!』


 今度は妻からのメッセージ。

 まさか、一緒に歌ってるのは……ドキドキしながらタップすると、カラオケボックスで大盛り上がりの写真が表示された。

 そこには、愛しの妻、そして女友達の姿がハッキリと映っていた。

 ……よしっ!!

 よしよしよしっ!!

 思わず立ち上がり、全力でガッツポーズしまくった。

 だって、こんなに嬉しいことは無い。

 疑惑が晴れた上、コウジの告白が成功したのだから!

 するとさらに通知が届く。


『恋愛戦士コウジ:キスする!』


 ……おおおおおお!!

 コ、コウジ!!

 オマエ、ここぞとばかりに攻めまくってるなおい!!

 いいぞ、行け行け!

 恋愛はタイミングと勢いだ!

 そのままどんどん突き進め!!

 ……と、さらに通知。


『恋愛戦士コウジ:エッチ開始!』


 ……き、きた!

 コウジ……やったな!

 色んな意味でやったな!

 ここまで苦労したもんな……うん。

 嬉しい……投資家として、これほど嬉しいことは無いよ。

 ただ、ちゃんと愛情を持って優しく──。


『恋愛戦士コウジ:殴られる』


 ……えっ? 

 おいおい、なにしてんだコウジ!?

 まさか、抵抗してる彼女に無理矢理──。


『恋愛戦士コウジ:蹴られる』


 ……はいっ?


『恋愛戦士コウジ:殴られる』


 ……ちょ、ちょっと……。


『恋愛戦士コウジ:蹴られる』

『恋愛戦士コウジ:殴られる』

『恋愛戦士コウジ:首を絞められる』


 ……いやいや!

 これ、事件でしょ!?

 コウジが悪いにしろ何にしろ、とにかくこれはマズい!


 私は急いで、アプリのメニューから『運営へのお問い合わせ』を開き、緊急連絡先として書かれていた番号に電話をかけた。

 すると……。


「はい、すぐにお調べします」

「い、急いでください!!」

「──あっ、分かりました」

「えっ? な、なにが??」

「当該ユーザーが登録時に入力した〈性的嗜好〉の欄、これは非公開となっているのですが、そこに『めっちゃドMですっ! 叩かれるの大好き!』と書かれていますね。恐らく、そういうことかと……」


 ……コウジよ、そういうことか。

 なら、ついに巡り会えたんだな。

 運命の相手……最高の女王様に……。

 


 

〈了〉

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