さよなら、もう一つの地球

 一ヶ月後、地球は真っ二つに割れてしまうらしい。


 それはデマでも妄言でも無く、確かな真実。

 世界中の有名な大学、研究機関が共同で検証作業を進めた結果、99.99%の確率でそれが実現すると公式に発表したので、残念ながら間違いないだろう。


 急遽開かれた記者会見では、どういう要因で割れてしまうのかについて3時間ぐらいかけて説明していたが、素人の僕には何の事かさっぱりわからなかった。

 ただ、TVのニュースでは僕みたいな頭の悪い人間でも理解出来るように、記者会見の内容から特に重要な3つの点について要約してくれていた。


 1つ目は、割れてしまった2つの地球はそれぞれ、人類が生きていける状態をキープできるという点。

 地球人全員死亡、という悲劇にはならないということらしい。


 2つ目は、半分になった地球のうち1つは今より少しだけ太陽に近づき、もう1つは今より少しだけ太陽から離れるという点。

 平均気温で言うと、それぞれ2度ずつ変わるらしい。

 なんだ、たったそれだけ……と、思ってしまうが、そのせいで死に絶える生物が出てくるほどだ、と専門家が熱く語っていた。


 3つ目は、僕の住むこの日本は、地球分割の亀裂部分に位置してるという点。

 つまり、地球が2つに割れるとき、同時に日本も2つに分割されてしまうんだって。

 とにかく、地球分割後の断面を塞ぐ作業や、温暖化・寒冷化に関する対策など小難しいことに関しては頭の良い人たちがなんとかしてくれるらしい。

 だから、僕ら一般市民がすべきことはただ1つ。

 2つの地球の内、今後どっちで生きていくかを決めるということ。



 ──それから3週間後。

 つまり、地球分割がもう1週間後まで迫っていた。

 周りの様子やネットの情報を見る限り、ほとんどの人がどっちの地球にするかもう決めているみたいだった。

 当然と言えば当然だが、大半の人たちが今住んでる場所に居続けることを選択した。


 ただ、中には「寒いのが苦手だから、熱い地球側の町に引っ越すわ」という人や「人生やり直したいからあえて向こうに行く」という人なんかも居て、引っ越し渋滞が発生していて結構大変らしい。


 僕はと言えば……まだ決断できていなかった。

 いま住んでる町は、生まれた時からずっと住んでる地元で、友達や家族もいる。

 それだけ考えれば、この熱い地球側に位置する町の一択なのだが、それを決断できない大切な存在が僕の気持ちを迷わせていた。


 それは、遠くの町にすむ女の子。

 遠距離恋愛……だったら、迷わずそっちを選んでるところなんだけど、残念ながら恋人と言える段階までは進んでいなかった。


 元々、高校の時のクラスメイトで、性別は違うけどお互いに一番の親友だと言えるほど凄く仲が良かった。

 僕が地元の大学に進学し、彼女が都会の大学に進学して離ればなれになっても、頻繁に連絡を取り合っていたし、少し長めの休みがあるごとに、僕が彼女の住んでる町に遊びに行ったり、彼女がこっちに遊びにきたりしていた。


 友達として仲良くしている時間が長すぎて、僕は彼女のことが大好きなのに、それは友達としてなのかそれ以上なのか、自分でもよく分からなかった。

 だからこそ、こんなギリギリになってもまだ、僕は地元側の地球に残るか、彼女の側の地球に移るか決められずにいた。


 いっそ、夏か冬、どっちか特別好きな季節があれば、熱い側の地元に残るか、寒い側に移るか決めることができたかもしれないが、残念ながら僕が好きなのは春と秋で、決断材料にはならなかった。

 あー、もう頭がパンクしそう。

 ベッドの上でひたすら悩み続けていたら、いつの間にか夜が明けていた。



 ──地球分割まであと3日。

 分割前日には、全世界の一般市民は移動が制限され、それから数週間は基本的に自宅待機が命じられているため、実質今日がどちらの地球を選択するかの最終期限だった。


 僕は、相変わらず迷い続けていた……昨日まで。

 眠れない夜が続き、寝不足がピークを迎えた昨夜、ベッドに入ると死んだように眠ることができた。


 そして、今朝。

 窓から差し込む強い日射しに照らされて目を覚ました瞬間。僕は自分の中にある一番大切な気持ちに気付いた。

 そして僕は……



 ──地球分割から数年後。

 轟音と共に真っ二つに割れた地球は、科学者たちが予想したとおり、1つは少しだけ太陽に近づいた場所に、もう一つは少しだけ太陽から離れた場所に移動した上で、絶妙なバランスを保ってそれぞれの場所をキープした。


「うー、さむっ。しかし、よく真っ二つに割れて半球状になったのに、普通に自転とかできてるもんだな」


 僕は自宅のベランダに立ち、隣に寄り添う女性に向かって言った。


「うん、どうして問題無く動いてるかっていうと……って、嘘。私も全然わかんない」


 凍え死にそうな夜の風にブルブル震えながら、彼女はフフッと笑った。

 夜空を見上げると、半月が明るく輝いていた──いや、今日は新月。

 そう、あれは離ればなれになったもう一つの地球。

 そこにはきっと、家族や友達が元気に暮らしているはずだ。

 噂によると、2つの地球間を行き来するスペースシャトルが開発中らしいが、実際に運用されるのは10年後だとか20年後だとか。


 淋しくないと言ったら嘘になるが、幸せじゃないと言ったらそれは嘘だ。

 なぜながら、僕の隣には、連距離友人だったあの彼女が居てくれるから。

 地球が半分になったとしても、愛する人と一緒にいる幸せは全然半分になんかならないって分かってるから。

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