娘の彼氏は殺人鬼

 ついにこの日が来た。来てしまった。

 高校生になった娘が家に彼氏を連れてくるなんて……!

 小さかった頃はいつもオレの回りをグルグル回っていて、無邪気にとにかくグルグル回っていたアイツに彼氏が出来るなんて……。

 正直、イケメン過ぎてもイヤだし、不細工すぎてもイヤだし、チャラいなんて最悪だし、かといって無口でも最悪だし……っていかんいかん。ここは懐の広いところを見せておかないと。

 大切な我が娘が好きになった相手なんだから、どんな男が来ようが受け入れられる懐の広さを見せないと娘に嫌われるという最悪な事態にな──


「ただいまー! 彼氏連れてきたよー!」


 き、きたー!!

 ついに来てしまったこの時が……!

 お、お、落ち着けオレ……どんなヤツだろうが受け入れ──


 トントントンッ、ガチャ。


「パパ! ほら、これ私の彼氏! 初めての彼氏だよ!」


 ……ったく、我が娘よ。

 高校生になってもやっぱお前は無邪気なままだな……そんな軽いノリで彼氏を父親に紹介するなんて。

 なんだか色々悩んだりしてたのが馬鹿馬鹿しくなってき──


「ウヒィーッス! 娘さんの彼氏でーす! ウヒヒィ!!」


 ……ん?

 なんだこいつ……?

 ノリが気持ち悪い……っていうかそれ以前に血まみれ。

 全身血まみれなんだけど??


「あ、ああ初めまして。娘がお世話になってるみたいで……」

「あはは、パパったらなんか堅苦しすぎ! そんなんじゃ私の彼に殺されちゃうよ?」

「あ、そうかすまんすまん。殺されちゃたまらんもんな……って、ええ!? こ、殺されるって??」


 ど、どういうこと!?

 血まみれって、えっ、そういうこと??

 それゆえの血まみれ??


「あはは、この彼ってば殺人鬼なんだよね。こう見えて」

「ウヒィーッス! 殺人鬼やってまーす! ウヒヒィ!!」


 えっと……これは冗談か何かなのかな?

 分からん。今どきの若者のノリが分からすぎる……。


「ねえパパ。ここでクイズ! 私の彼は今まで何人殺してきたでしょーか?」


 そう言って、娘はニコニコ笑いながら「チッチッチッチ」と舌でタイマー音を鳴らし始めた。

 隣の彼はそのカウントに合わせて首を左に右に動かしている。

 ……地獄。簡単に言うと地獄。

 ノリがヤバイ。ヤバすぎる。

 我ながら、自分は同世代の中でも若者に寛容なオジさんであると自負していたが、これはさすがに……。


「ほら、5、4、3、……急いで急いで! 殺されちゃうよ!!!」

「はいっ?? じゃ、じゃあ……3人ぐらいかな?」

「ブッブー! 正解は384人でした!!」


 ……大量!

 人類史にのるほどのやつそれ!!


「残念パパ……不正解ってことは、彼氏に殺されちゃいまーす。ほら、やっちゃって!」

「ウヒィーッス! じゃあ、パパさんすんませんヤらせてもらいまーっす」


 と、血まみれの彼は一歩二歩とゆっくりオレの方に近づいて来た。

 よく見ると、その目は身震いさせられるほど冷酷。

 ま、まさか、本当に殺人鬼……!


「や、やめてくれー! ま、まだ死にたく無い……せっかく娘が大きくなって手がかからなくなってきたから、これからはママとゆっくり夫婦水入らずで旅行とか色々楽しみたかったのにぃぃぃ!!!」


 オレは恐怖のあまり目を瞑って断末魔の叫びを──


「あははっ! パパったらもう! 大丈夫。冗談冗談! ほら、目開けてって!」


 暗闇の中で、娘の明るい声が響いた。

 恐る恐る、ゆっくりと目を開けると、殺人鬼の彼は娘の隣に戻ってニコニコ笑っていた。

 

「な、なんだよまったく……ハハハ、大人をからかうもんじゃないぞ、ハハハ……ハハ!」


 安堵感からなのか、オレは笑わずには居られなくなった。

 悪い冗談に対して怒ると言うよりも、とにかくホッとした気持ちが勝っていたのだ。


「で、殺人鬼じゃないとすると、彼は一体なにをしてる人なんだい?」

「……えっ? パパなに言ってるの?」

「ん?? なにって、父親なら娘の彼がなにしてる人なのか気になって当然──」

「だから殺人鬼だって」

「ん?? それは冗談だって……」

「ううん。冗談なのはクイズに外れて殺すってやつだよ。殺人鬼は本当に決まってるじゃん。そんなの冗談で言うわけないじゃんもう、ははっ」


 無邪気に笑う娘。

 その目に嘘の曇りは一切無い。

 16年間一緒だからこそ分かる。娘の言っていることは真実。

 つまり、彼氏は本当に殺人鬼なのだろう。

 よし、分かった。受け入れる。受け入れようじゃないか!

 例えどんなヤツだとしても、娘が好きになった相手。

 殺人鬼だろうがなんだろうが、受け入れてやるよ!!

 ただし……


「なあ、さっきの384人っていうのも冗談なんだよな? 100歩譲って殺人鬼なのは良いとして、さすがにその数は……」

「あっ、ごめん間違えた、てへっ」

「そ、そうだよな! ハハッ、それならパパ良いよ! よく考えてみたら、娘の彼が殺人鬼なんてパターン早々無いだろうし、父親として鼻が高いとすら思えてきた──」

「うん、昨日も殺してきたから394人だったよ!」

「……やっぱり大量なんかーい! しかも昨日10人殺してきてるんかーい!」


 世の中には色んな人がいるよね~。

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