笑っちゃウイルス
高等裁判所724号法廷で、世間を賑わした事件の被告に対して判決が下されようとしていた。
倍率280倍というプレミア傍聴券を引き当てた傍聴人たちの間にも、重い緊張感が漂っている。
被告人の男はやつれきった顔で、その時を待っている。
そして、ついに裁判長が口を開いた。
「──以上、被告人が犯した罪は非常に重いものであり、へへっ」
ん? なんだ今の……という空気が法廷内に瞬間流れた。
「被告人を死刑に処……ク、ククク」
おい、完全に笑ったぞ今……と、傍聴席の誰もが思った。
「失礼。えっと、被告人を……って、これはもう言いましたんで、えっと死刑に処……死刑に……プッ、ププププ……ヒーヒッヒッヒ……ぶふぁっ……あっ、あ、もう我慢できない……ハーッハッハッハ!! ヒー、ヒー、苦しい苦しい、やめてやめて~、ウヒウヒ……ヒーヒッヒッッヒ……」
笑いと悶えを繰り返す裁判長。
凍り付く法廷。
「──えー、一旦休廷! 一旦休廷します! 傍聴人の方は直ちに退廷してください!!」
裁判所の職員が慌てて叫ぶ。
なんだなんだ……と、ざわつきながら法廷を出て行く傍聴人の中に、某テレビ局の女子アナウンサーが居た。
「あっ、いけない、死刑判決の速報伝えにいかなきゃ……」
そう呟くと、我に返ったように走り出した。
そして、裁判所前で待機している自局カメラに向かって駆け寄り、
「判決が出ました! 判決が出ました!」
と、興奮気味にまくし立てる。
「死刑! 死刑です!! 死刑です……って、プ、プスプスプス……ヒーッヒッヒ! アハ……アハハハハ……アハハハハハ! うっひゃっひゃ、死刑とかウケるんですけど、アーッハッハ、く~、死刑とか、く~」
腹を抱えて大笑いする女子アナの姿が、日本中のテレビで流れた。
話題になった事件の判決ということで、仕事中の人たちも一旦手を休めてその放送を見ていた。
某一部上場企業に勤める岩島部長もその1人。
鬼の岩島の異名を持ち、彼が笑った顔を見た者は誰も居なかった。
「なんなんだ、このアナウンサーは。けしからん、人の生き死にが関わっているというのに、この……この……ていたらく~っくっくっく、イヒヒ……イヒヒヒ~、うーっっひゃっひゃっひゃ、ゲーラゲラゲラゲラ、ゲーラゲラゲラゲラ」
オフィス内に響き渡る異様な笑い声。
顔を引きつらせる部下たち。
「ちょっとなにアレ。岩島部長がおかしくなっちゃたぁ~っはっはっは! ヒーヒーヒー……ウヒヒヒヒヒ~……キャーッキャッキャッキャッキャ……キーッキキキキ……」
「どうしたのマミ……って、アハ、アハハハハ! ウヒャヒャヒャ、ウヒャヒャヒャヒャ」
「オマエらふざけ……ふざけ……ふざけーっけっけっけ! キャッキャキャッキャ」
と、笑いの渦は瞬く間に会社中に広がり、もはや仕事どころでは無くなってしまった。
それは、あの放送が流れた全国各地で起きていた。
──数時間後。
内閣官房長官が緊急会見を開く事態にまで発展した。
「えー、日本中で突如巻き起こっている事象についてですが、緊急招集した有識者の意見を総合するに、一種のウイルスが原因では無いかとのことです。詳しい事に関してはこれから研究していく……していって……していかなけれぶぁ~っはっはっは! ウヒヒヒヒヒヒヒ、かーっかっかっか、んんんんんん、ぼぼぼぼぼぼうぼうぼうぼう、ちょちょちょちょちょちょ、うーううーううーううー、かーっっかっかっか、んんんんん」
笑いながら身もだえる官房長官の衝撃映像は日本のみならず、世界中に配信された。
テレビやネット動画を見た人たちが腹を抱えて笑い、その様子を見た周りの人間たちも狂ったように笑い出し、人類史上最強とも言える強力なウイルスはありえない速度で世界中の人々に感染していった。
ただし、症状はただとにかく笑ってしまう、それだけだった。
どんなに辛い状況であっても、いがみ合っていても、笑いはじめるとそんな事はどうでもよくなってとにかく楽しい気分になった。
そう考えると、それはウイルスじゃなくてある意味、薬のようなものだったんじゃないか……ないかしら……とか……ウヒ……ウヒヒヒヒ……ウヒ、ヒャーッハッハッハ、ハッハッハッハッハッハ……
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