微罪刑務所

 刑務官は腰にぶら下げた鍵束を手に取ると、青年の手錠を外した。

 

「ほら、ここだ。入りなさい」

 

 そう言われながら青年囚人は背中を押され、冷たい牢獄にぶち込まれた。

 中は10畳ぐらいのスペースで、彼と同じ白黒縞々ジャージを着た先客の囚人が3人。

 

「よぉ、新入り」

 

 年長と思しき囚人が声をかける。

 

「あっ、どうも」

 

 青年適当に挨拶する。

 

「ブァッハッハ。あんた、一体どんなヘマしちまったんだ?」

 

 青年と同世代風だが、彼より二回りほど大柄な体格の囚人が質問をぶつける。

 

「はぁ……ポテチの空き袋をプラスチックゴミとして出してしまったんです。洗わずに」


 青年囚人は、後悔のため息を吐きながら答えた。

 

「ほう、そりゃやらかしちまったな。ソレって猶予は何回なんだ?」

「2回です。気を付けてたつもりだったんですけどね……。女友達が家に遊びに来て、一緒にDVD観ながら食べ終わったポテチをそのまま捨てちゃったんです。浮かれてて……」

 

 青年囚人はがっくり肩を落とした。

 

「ちょっと待てよ」

 

 年長囚人が口を挟む。

 

「その女友達と、DVD見終わった後どうなったんだ?」

「……残念ながら、何ごともなく普通に帰って行きました」

 

 青年囚人は、ため息を吐きながら肩を落とすハイブリッド後悔。

 

「ヴァッハッハ。その子とうまくイッてりゃ、情状酌量で刑務所入りが免れたかもしれないのにな!」

 

 大柄囚人は言葉とは裏腹に、ざまぁみろの顔。

 

 ──そう、ここは微罪刑務所。

 強盗や殺人など大きな罪を犯した人間だけが刑務所に入り、細かい罪をいくら重ねてもその人間が刑務所に入らないなんてズルい。サッカーで言えば、イエローカードを何枚貰っても退場させられないのと同じじゃないか……という声に応えて作られた施設。

 青年の住むマンションの管理人が微罪警察に通報し、微罪裁判を経てこの微罪刑務所に収監された。

 

「ちなみに、皆さんはどんな罪なんです?」

 

 禁固1日の刑を下された青年は明日の朝には出所できるものの、一泊は共にしなければならない囚人仲間の事を少しでも知っておきたくて聞いてみた。

 

「ヴァッハッハ。オレは、連続試食した後なにも買わなかった罪だ。ちゃんと店を変えたりしてたんだけどな、防犯カメラに見つかっちまって」

 

 大柄囚人は豪快に笑いながら答えた。

 

「私は、駅のホームで白線の内側まで下がらぬ罪。つい、気が急いてしまってね」

 

 年長囚人は肩をすくめながら答えた。

 

「みなさん結構やらかしちゃってますね。刑期どのぐらいです?」

「オレは5日。でも明日仮出所できるんだってよ。ありがたい話だぜ」

「私は3日だったんだが、この牢獄に運ばれる途中で刑務官の足を踏んでしまってね。刑期を3週間伸ばされてしまったんだよ」

 

 年長囚人は、とほほな顔でさらに肩をすくめた。

 と、その時。

 

「甘いな……」

 

 今まで一言も喋らなかった怪しげな囚人が初めて言葉を発した。

 青年が来る前から一言も喋っていなかったのか、年長囚人と大柄囚人も驚いた顔をしている。

 

「……キミは一体どんな罪を犯したのかね?」

 

 意を決したように、年長囚人が問いかける。

 大柄囚人と青年囚人はゴクリと唾を飲み込んで答えを待つ。

 シーンと静まりかえる牢獄。

 緊張感のせいか、途方も無い時間が経過したように思われたが、実際は2分ほどの沈黙を破り、怪しげな囚人が口を開いた。

 

「無理矢理モノマネ強要罪……。ダメなんだ、やっちゃいけないと頭ではわかっているんだが、つい口が動いちまってよ……」

 

 その言葉に凍り付く3人。

 そして、一刻も早くこの恐ろしい囚人から逃れようと、鉄格子の向こうに見える刑務官に向かって助けを求めるが、当然聞き入れられる事は無い。

 

「あぁぁぁ、ダメだ、我慢できねぇ! おい、オマエ」

 

 餌食になったのは青年囚人だった。

 

「そうだな……よし、じゃあ綾野剛のモノマネ、いってみよう。ほら、早くほら」

 

 そして、猛烈なプレッシャーに負け、半泣き状態で綾野剛のモノマネをする青年囚人。

 ゴミの仕分けを怠った代償は、思いのほか大きなものとなった……。



〈了〉

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