96話「切り取られた呪い」

「これといって目ぼしいものは無かったが、どうよ、お二人さん」

 書斎を一通り見終えて、ドアの前へと戻ってきた三人のうち、駿一が切り出した。

「よく分からないや……でも、参考書とか、あったよ。ちょうど、僕達の学年で勉強してるような奴が」

「そうだな、ティムと双璧を張る番長の冬城には似合わねーが、参考書は冬城のだろうな」

「それか、冬城さんのために買っただけのものか……ですね」

「あー……冬城の奴ならあり得るなぁ。ティムほどじゃないが、あいつも脳味噌が筋肉で出来ているような奴だからな」

 本人の家だが、本人が居ないのをいいことに、駿一が言い放った。


「ふふふ……でも、そう見える冬城さんが、実は結構な勉強家で、策謀家だったっていうことですよ。人は時に、見かけによらないです」

 梓が、もう出ようと、手の平で扉を示した。そして、ドアを開けて、外へと出る。

「まったくだな」

 肩を竦めつつ、駿一が梓の後について部屋を出て、瑞輝も電気を消しつつ、書斎を後にした。


「ここまで大きな収穫無しですけど……次、いってみましょう」

 梓が向かいの扉のうち、左側の扉を開けた。

「ああ、ここは……」

 梓が、顔を少し曇らせつつ、部屋の中へと入った。

「……子供部屋か」

 梓に続き、部屋に入ったのは駿一だ。

「へぇ……そういえば冬城さん、兄弟居るんだっけ」

 最後に入った瑞輝が、物珍しそうに部屋をきょろきょろと見渡す。ブロック遊びをする遊具や、小さな自動車のフィギュア等が、所狭しと散らばっている。一人っ子の瑞輝には、その光景が珍しくもあり、懐かしくもあった。


「……さすがに、弟さんが何かを持っている可能性は少ないと思うですから、他の所を優先しましょう。隣、行くです」

 梓が踵を返して部屋を出た。駿一は、その時に、梓の瞳が若干潤んでいるような気がした。

「……梓さん?」

 瑞輝は、梓の声が、少し震えていると感じた。そのことについて、立ち止まって考えていると、先に部屋を出た駿一が手招きをしながら声をかけてきた。

「おい瑞輝、梓さんは、もう隣の部屋に入ったぞ。離れるのは危ねーぞ」

「ああ……うん……」

 自分の思考の中から、意識を急に現実に引き戻された瑞輝の体がびくりと動く。

 考えるのは後だ。今は冬城さんと呪いのことに意識を向けないといけない。今は素早く情報を集めて冬城さんを探さないといけないし、梓さんから離れるのは危険だ。瑞輝はかぶりを振って、思考を呪いのことへと切り替え、歩き出した。


「梓さん、ちょっと遅れちゃって……あっ……」

 隣の部屋へと入った瑞輝は、その部屋の光景を目にして言葉を途切れさせた。

 その部屋は、瑞輝がティムと同じくらい気性の荒いと思っていた冬城のイメージとはかけ離れていて、整理整頓がきっちりとされている綺麗な部屋だった。


「ほー、がさつそうな冬城の部屋にしては、随分と小奇麗になってるんだな。男みてーな女だから、男みてーな部屋かと思ってたが」

 駿一が、瑞輝の気持ちを代弁するかのように言った。


「普段から冬城さんを見てるクラスメートとしては、そう思うんでしょうね。私は普段の冬城さんは知らないですから。この綿密な連続殺人をして、呪いを注意深く解析して使いこなした人物の部屋としては、イメージ通りです」

 梓が、駿一と会話しながら、机の周辺を調べる。


「……でも、ちょっと味気無さ過ぎかもですね」

 部屋は、理路整然としているだけではない。少し、物が少な過ぎると、梓は洞察した。最低限、必要な物しか部屋には無いといった様子だ。呪いに関する書物が大量にあるのではと思っていた梓の予想は外れ、部屋には本棚は無く、机の上部にある、ちょっとした本立てスペースで済ませている様子だ。しかも、そこにも教科書の類と趣味の本しか置いていないようだ。そして、趣味の本といっても呪いに関するものは無さそうだ。


「『喧嘩殺法』『拳と拳で語り合う事は、現実的には可能なのか?』『初めての洗髪』……ここはあいつらしいな」

「他も全部、冬城さんらしいよ。ほら、学校でくれた奴以外にも、ドリルとかやってるみたいだし、これとか……」

 冬城が、本立てに立てられた本の中の一冊を手に取った。


「お、センター試験の問題集か。こんな時期からやってんのか」

「冬城さん、成績は学年トップだもん。こんなくらいやるんだろうね。あ、それに、これとか、多分、自習用のノートだよ」

 瑞輝が、問題集の隣にしまってあるノートを指さした。

「ノートは……人のだから中身は見ないけど、学校のとは別にしてあるし、自習用の参考書と一緒にしまってあるから、これ、自習用だと思うよ」

「なるほどな。確かに、優等生ではないが、成績は優秀だったな、冬城は。素行のインパクトが強過ぎて、そっちの方は、油断すると印象無くなるんだよなぁ」

「気持ちは分かるよ。だって、学校だと喧嘩してる姿しか目立たないもん。でも……趣味の本は十冊も無くて、マンガもゲーム機もなくて、結構な数の問題集があるって、やっぱり努力家だったんだね、冬城さん」

「まったく、人は見かけによらんもんだ」


「うーん……」

 梓が机を離れて部屋の中心へと移動し、部屋をぐるりと一周、眺めた。

 机の他にはちゃぶ台のように使うのであろうテーブルが部屋の中心に置いてあり、部屋の端にベッドがある。棚は数台あるが、大したものは入っていなかった。梓の見たところ、殆どが衣類だ。それと、帽子やコートを掛けるための、棒状のハンガー。そして、その他の衣類をしまうためのであろうクローゼットが、部屋の端に一ヶ所ある。それだけだ。呪いに使われる材料や、呪いに関する文献も無い。

「本当に、趣味の物は駿一さんが言ったのくらいしか無いですね。呪いに関するものは、全く無いです」

「こっちも、そういうのは見つかってないな……」

 梓は、棚やクローゼットの中を、一ヶ所一ヶ所丁寧に探索していったが、呪いに関係するものは、見つかる気配が無い。そう、まるでそれだけが、この部屋から切り取られたように存在していないと、梓は感じている。

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