97話「一つの仮説」
駿一は「まったく、人は見かけによらんもんだ」と梓に返しつつ、机の引き出しの中を見ていく。
「机の中は、男子も女子も変わらんな。図画工作で使う彫刻刀だの筆だの、原稿用紙やノートの予備だの……お、髪染めスプレーがある」
「そっか、冬城さん、髪、染めてるもんね」
「八割優等生で、二割不良って感じだな。俺の想像とは真逆の比率だぜ」
「あはは、僕もそれ、思った。だけど、ここが冬城さんの部屋だってことは、きっとその比率が本当の冬城さんなんだろうね」
駿一と瑞輝は机を中心に探しているが、これといって目ぼしいものは見ていない。殆どが、女子高生としてはありきたりなものだし、ちょっと変わったものがあっても、呪いに使われるようなものは見つからない。
「パソコンの類も無さそうですねぇ」
「ああ、そういえば見当たらないや。なんか違和感があると思ったら、それかぁ。パソコンが無いと、なんか違和感を感じちゃうんですよね、僕。僕は結構パソコン使う方だと思うんですけど、あれで一日暇を潰したりする時もあるから、僕の部屋って、どこか、目立つ所に必ずパソコンが見えてて」
「私も、職業柄、インターネット検索をよく利用するので似たようなものですね」
「俺も、心霊やらお守りに関しては、結構な量をネットで情報を仕入れてる。今どき、部屋にパソコンが無いってのも、逆に珍しいのかもな」
「ええ……そこなんですよね」
梓はゆっくりと頷きながら、もう一度、部屋の隅々まで、ぐるりと一周見渡した。
「鞄も無いです。少なくとも冬城さんは、この部屋には居ないですけど……」
「鞄……この部屋に、来てもいないってことかよ」
「ええ……でも、この家に居ないということではないですよ。むしろ、この家に居る確率の方が高くなってきました」
「この家には居る……?」
「どういうことなんだ、瑞輝さん」
「この部屋には、呪いのことに関しては、全くもって形跡がありません」
「も、もしかして冬城さんは犯人じゃないってこと?」
「いえ……この部屋に呪いの形跡が無い事と、真っ先にこの部屋に逃げ込んでない事。この二つが合わさったおかげで、一つの仮説を導き出せました」
「仮説……?」
「何か分かったってこと?」
「はい。不自然なほどに無駄な物が無い、この部屋。そして、冬城さんの鞄は無く、この部屋には来ていない」
「その二つの条件で、何か分かったってことか……」
「ああ、そうか……冬城さん、この部屋で呪いの儀式をしてたわけじゃないんだ。だから、他の場所に居るはずだから、別の所、探さないと」
「そう、私も瑞輝さんと同じ意見です。二つの条件は、両方とも、呪いの儀式が自分の部屋ではなく、別の所で行われていたと考えると筋が通るんです。この部屋へと来ていないのは、呪いを行使するために、自分の部屋ではなく、直に呪いの儀式用の部屋へと向かったため。そして、この部屋に無駄な物が殆ど無いのは、ここではなく、他の部屋で儀式をしていたからです。
「なるほどな……確かに、二つの事を合わせると真実味も増すな……」
駿一も腕組みをして納得した。
「この部屋のどこかに、何かしら、儀式用の道具が隠されてないかというのも考えながら、隠し場所として怪しい所も探してみたですけど……見つからなかったですね」
「なるほど、呪いは人には見せられんよな、普通」
「もう一回、探してみようか。僕達もその事を考えながら」
「そうだな、三人それぞれの視点から探した方がいい」
瑞輝と駿一、そして梓ももう一回、呪いが隠してあると思しき場所を、一通り探った。が、やはり結果は同じで、呪いに使われたであろう道具が発見されることはなかった。
「瑞輝、そっちは見つかったか?」
「ううん……全然。無いのかも……」
「やっぱり、この部屋には無いと考えるのが妥当でしょうね。他を探すです」
「他……か……」
「他にありそうな所といえば……どこだろう?」
「ひとまず一階に降りるです。二階は探し尽したですから」
「そうですね。弟さんの部屋にもありそうにないし、だったら一回を探した方がいいかも」
「決まりだな。降りよう」
三人はそれぞれ納得すると、やはり梓を先頭に階段を下りていった。
「ええと……」
階段を下りきった梓が辺りを見回す。玄関から外へ出るか、正面にある居間へと向かうか、それとも他の二本の通路のうち、どこかを行くか……。
「こっち、行ってみましょうか」
梓が階段から一番近い、階段の隣から入れる通路を指さした。まだ、この家を出るのは早いので、外には行かない。だとすれば、二つの通路のうちのどちらかか、または居間に行くことになるが、どれを選んでも、大して変わりは無いだろう。梓は一番手近なところから行くことにした。
「ああ、ここは違いそうですね」
「そうだな。洗濯機置き場に、風呂、それにトイレか。風呂トイレ別ってのは、アパート暮らしの憧れだな」
駿一のアパートはユニットバスなので、こういった風呂とトイレが別の部屋だという造りは、少々羨ましい。
「ああ、そういったのって、未だによく聞きますね。日本人には本当に合ってないんでしょうね」
梓は職業柄、アパートやマンションの住人と話す機会も多い。その住民たちは八割、場合によっては九割が、ユニットバスは良くないという事を言っている。
「……目ぼしいものは無さそうですね。浴槽も普通ですし。いわば家族の共同スペースだし、冬城さんの個人的な物は無さそうですね」
梓は、軽く探ってみた感じだと、呪いに関する物は無さそうなので、また玄関へと引き返すことにした。
「一階は、一旦、全体的に軽く探してみて、どこを重点的に探すか目星を付けましょう」
梓がそう言いながら、もう一方の通路に入っていく。こちらは寝室に繋がっていた。
三人は寝室も軽く探し、居間へと行く。
「……なあ、梓さん」
居間はどの辺りを探そうと、梓が周りを見渡し始めた時、駿一が険しい顔をして、梓に話を切り出した。
「一つ聞いていいか?」
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