93話「冬城家へ」

「……そのブードゥーだかクトゥルーだかの呪いを利用して、この連続殺人事件が起きたってわけか」

「自分の大切な人の命を捧げてまで、他の人を殺すなんて……」

 梓達が冬城の家を目指して、少し早いスピードで歩きながら話している。

 梓はこの時までに、今回の殺人事件に使われた呪いについての説明を、ほぼ終えていた。梓の説明を聞いた二人は戦慄し、理解し難いほどの殺人事件の真相に体を震え上がらせると同時に、深い悲しみに包まれた。


「ここで呪いルールについて纏めると……、まず、一人の大事な人を捧げることで、任意の一人を殺せること。それを阻止された場合、更に一人、自分の大事な人を代わりに捧げること。つまり、成功したか、失敗したかに関わらず、この呪いは二人の命を奪います」

 梓が、自分自身の頭の整理も兼ねて、今回の事件のことを、軽くまとめつつ、話し始めた。梓が呪いについてのまとめを話したのは、冬城が梓の行動、そして、梓自身を見て逃げ出したことを考えてだ。冬城が逃げ出したことで、人為的な呪いの可能性が、ほぼ百パーセントだと考えられるようになった。切り裂きばばあをはじめとした、現象と言えるような類のものではなくなったということだ。

 なので、梓はこれを、ブードゥーの豊穣の儀式から派生した、ジュブ=ニグラスの呪いによる出来事だと、ほぼ断定するようになった。


「あー、だから二人ずつなんだ。テレビのニュースでやってたよ、二人ずつが怪しいって。無理心中に見せかけている可能性があるとかどうとか……」

 瑞輝が、ニュース番組の解説を思い出して、話した。


「無理心中に見せかけるためではないですが、毎回二人ずつというのは特徴的なので、ニュースでも真っ先に指摘する点でしょうね。でも、誰も呪いに合わせて二人ずつ殺されていくなんて思わないでしょうし、根拠の掴めないことを、テレビではやりづらいでしょうから、ニュースで報道されることは、普通は考えられないでしょうね」

「そもそも、心霊現象なぞ真面目に報道する番組なんてありゃしねーがな」

 駿一が応える。


「でも、さっきは、それも梓さんが阻止したってことなんだろ? 瑞輝が冬城の大事な人で、怪物は瑞輝の命を狙ってたってのは」

「そうです。なので、少なくとも、あと二人、普通であれば犠牲者が出てもおかしくないですが……今のところ、そういう連絡は来てないです。ということは、考えられる原因は二つ。冬城さんが、何らかの方法で呪い返しを回避したか……場合によっては冬城さんも含めて、人知れず、どこかで誰かが死んでいるかです」

「物騒な話だが……」

 駿一が言いかけたところで、三人は、冬城の自宅の前へと到着した。三人の緊張が高まり、しばし、無言になる。


「……さて、どうするか」

 切り出したのは駿一だ。

「ええと、冬城さんを探せばいいんだよね?」

「それもそうですが……怪しそうな像とか、粉のようなものとか……それ以外にも、雰囲気だけでも、呪いの儀式を匂わせるような何かがあれば、知らせてほしいです」

「何でもか……ま、俺達にゃ判断つかないだろうから、そうするしかねーよな」


「あ、あの、梓さん、一つ気になることがあるんだけど……」

「何です? 小競り合いとかになった時は、聞く余裕が無いかもしれないですから、何でも早いうちに聞いていいですよ」

「うん……あの、聞いていいのかどうなのか分からないんだけど……ここ、冬城さんの家でしょ? 冬城さんは連続殺人犯かもしれないけど……ただ、勝手に入っていいのかなって……」

「……桃井、お前、この状況で……でも、確かに家宅侵入罪になるかもしれんが……梓さん?」

「そこは事後報告で、どうにかして済ましましょう」

「ええ? それでいいの?」

 少し怪しげな回答をした梓さんが不安なので、瑞輝が更に聞く。


「良くないですけど、この場合、仕方ないです。千載一遇のチャンスですし、放っておけば、更に被害は拡大するですから」

「ううん……ここで仕留められるかどうかの賭けってことになるよな、それ……」

 駿一の方も、意外と無茶をしているのだと気付いた。


「そうですね、冬城さんに逃げられたりした時用に、言い訳を考える必要もありそうですけど……」

 腕組みをし始めた梓を見かねて、駿一は事を進めるべく促した。

「梓さん、それはひとまず置いておこうぜ。今は冬城を逃がさないためにも、冬城を探すことを優先した方がいい」

「……駿一さんの言う通りですね。じゃあ……入るです」

 梓がこくりと頷いて、手を門に触れさせた。冷たい鉄の門扉の感触が、梓の手に伝わる。梓が門扉を、そっと押すと、門扉はそれに呼応するように、ゆっくりと開いていった。


「鍵はかかってねーのか」

「招き入れてる? 罠……じゃないよね?」

「この状態で、急ごしらえの罠を仕掛けるとは思えないですね。仕掛けてあったとしても大したことはないでしょう。冬城さんが仕掛けるのなら、呪いによるもの。なので、何日、何か月もかけて準備しなければ、強力な罠は作れないと思うです。もし仕掛けてあったとしても、それほど影響の無いものか……」

「……ものか?」

 梓が、途中で不自然に言葉を切ったので、何かあるのかと瑞輝が声をかける。

「……何か月もかけて、あらかじめ用意された罠があるかのどちらかです」

「……後者の場合は、怪物くらい強力なのも考えられるってことか」

「それ以上かもしれないです。でも……そうだとしても、それは最後の詰めをする時に、遅かれ早かれ突破しなければならない罠ですから」

「……つまり、どっちにしろ、今行くのが一番いいってことだよね……!」

 瑞輝に緊張が走り、体が強張る。


「……行きましょう。冬城さんを探すです」

 三人の先頭に立つ梓が、まず、冬城家の敷地に一歩を踏み入れた。そのまま、少しゆっくり目に歩く梓の後ろを、瑞輝と駿一は、恐怖と緊張を押し殺しながら付いていくのだった。

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