94話「広い庭で」
「広い庭ですね。玄関に着くまでに、結構歩くです」
梓は冬城を探しながら、冬城家の庭も注意深く観察している。今回は呪い自体を強引に祓わなければいけないくらい事態が切迫しているので、呪いを破魔の力で強引に浄化したり、こうして犯人であろう冬城の自宅に忍び込んだりしないといけない。しかし、呪いを使うのは人間であり、呪いによる被害を引き起こすのは、人の心なのだ。
呪いの力は闇の力。人が闇に堕ちていくからには、相応の原因があるはずだ。その原因さえ解決できれば、こうやって強硬な手段を取る必要も無くなる。そして、そのために大事な要素となるのは、呪いを使う人の内面だ。
梓は、今も冬城をどうにか説得することで、この連続殺人を阻止したいと思っている。なので、冬城の自宅を調べられる機会は貴重だ。冬城の心に闇を落としている原因の手掛かりは、冬城の馴染み深い所。つまり、生まれてからずっと住んでいるこの家の中に、豊富に眠っているだろうからだ。心の闇の原因さえ分かれば、冬城を説得するために役立つ手掛かりを見つけられるかもしれない。無論、事態は切迫しているので、それでも駄目なら……力による解決をするほか無いが……。
「ううん……この感じだと、結構裕福そうな家庭ですよね」
梓が、駿一と瑞輝、二人に意見を聞いた。
「ん……俺はアパート暮らしだからな、感覚がずれてるかもしれんが、庭は凄いな。こんな広い庭で、これだけ手入れが行き届いているんだから、庭師の一人でも雇ってるんだろうし、結構な金持ちなんじゃねーか?」
「建物も凄いと思うよ。家自体の敷地の面積も広そうだし」
「うんうん、やっぱりそう思うですよね」
駿一と瑞輝、それぞれの意見に、梓は納得し、頷いた。梓自身は生まれた時から神社に住んでいるので、他の人とは多少、感覚がずれていることを意識している。なので、二人の意見を聞こうと思ったのだ。今までの経験から、それなりの感覚は持ち合わせているとは思うが……それでも、普通の人の感覚とはズレは生じているはずだ。なので、身近に聞ける人が居る時は聞いて、感覚のズレを直すようにしている。
「あれとか、結構お金持ちの家庭じゃなければ無いよね」
瑞輝が指さしたのは、頑丈そうな蔵だ。
「蔵ですか……確かに、倉庫ならまだしも、蔵がある家は珍しいですよね」
梓が頷く。これがズレの顕現だ。梓は時に、普通の人なら目立って見えるところも見逃してしまうことがある。今の場合、蔵の存在を見逃していた。
梓の神社にも蔵があり、しかも、その蔵が、ここにある蔵よりも一回り大きいからだろう。
「他には離れもありますね。何に使うんでしょうね」
恐らく家族が住む場所であろう、大きな家が一棟ある他に、平屋の小さな家が、隅の方に一棟あるのに梓が気付いた。
「物置? にしてはしっかりし過ぎてる気がするがな……」
「ま、まさ、ああそこで呪いを……!?」
瑞輝に緊張が走る。
「いえ……多分、違うです。呪いをするなら、あんな目立った場所でするはずがないです」
「ああ……そ、そうですよね」
「呪いの儀式に使う場所が、自分の部屋だとは限らない……か……」
「かといって、蔵を呪いの儀式で使うというのも考えづらいです。ものが沢山しまってあるだろうと思うので、中は狭いでしょう」
「そうか……」
「やっぱり、家からだよね……」
「そうですね」
三人は、玄関に向かって、来客を誘導するように敷き詰められている石畳の上を歩き続けている。玄関と門の、丁度、中間地点に差し掛かった時、梓はぐるりと庭全体を見渡した。綺麗な庭だ。
広々としていて、所々には様々な花や木が植えられている。芝生や石畳も全景を考えて作られているようだ。豪邸とは言えないまでも、裕福そうな雰囲気が、この庭からは漂っている。
「さ……家の中を調べるです」
梓が慎重に、ドアノブを掴む。庭には何もなかったが、この家に入る誰しもが握るドアノブ。呪いを仕掛けるなら、ここに仕掛けられている可能性は高い。
「鍵、かかってねえかな?」
「分からないですね。でも、今、この家に住んでいるのは、彼女一人ですからね」
「……うん?」
ここに住んでいるのは冬城一人。そのことを知らなかった駿一が、首を傾げたのと同時に、梓は玄関のドアを開けた。
「あ……開いた!?」
瑞輝が驚いた。そして、不安にもなった。戸締りはどうしたんだ。もしかして、空来さんと同じく、冬城さんも利用されている名じゃないのか。色々な考えが、瑞輝の脳裏によぎる。
「……」
梓が徐に指を宙に滑らせ、玄関扉の横にあるスイッチを押した。
――ピンポーン。
玄関チャイムが鳴る。
「……! あ、梓さん……!」
「すいませーん! 冬城さんのお宅ですよねー!」
チャイムを鳴らしただけでなく、梓は大声で、冬城を呼んだ。
「うーん……居ないみたいですね」
「梓さん……いいの? 冬城さん、逃げるかも……」
「大丈夫ですよ。冬城さんは、呪いが使えるこの場所から、迂闊に動けませんから。でも、これではっきりしたですね。冬城さんは、少なくとも、ここに居るから玄関の扉を開けていたわけではないと」
「ああ……そういうことなのか。梓さんも食えねーな」
「ええ? 何? どういうこと、駿一君?」
「チャイムが鳴っても、自分の名前を言われても、出てこれねー事情があるってことだ」
「ああ……そっか……冬城さん……」
やはり冬城さんが犯人なのか。瑞輝の頭は梓がチャイムを鳴らした理由が分かってすっきりしたと同時に、曇りもした。冬城が犯人だという証拠が、また一つ重ねられてしまったからだ。
事件と何も関わりが無いのなら、普通に玄関へと来て迎え入れるはずだ。しかし、そんな様子はどこにもなく、家の中はしんと静まり返っている。
「相当動揺しているのでしょうか。それとも、私達を招き入れるためでしょうか……」
梓が、慎重に、家の中へと一歩を踏み出す。
「……さ、何か証拠になるものを探しましょう」
「……そうですね」
瑞輝には分かっていた。何故、梓は主語を言わなかったのかが。そう、主語は当然犯人。そして……その犯人に、冬城が完全になったからだ。梓は、今の行動を、二回目の警告として行った。そして、冬城はそれに応えなかった。
恐らく、梓さんは瑞輝さんを完全に犯人とは見ていない。瑞輝はそう思った。そして……この行動で、瑞輝には分かった。少なくとも、この家の中では冬城さんを犯人だと思って行動するべきだ。そうしないと、呪いによってやられるのだと。
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