76話「切り裂き老婆」
「ええと、これは『切り裂き老婆』っていう、どっちかというと呪いというよりは現象に近いものなんだけど……」
こたつの上の、「切り裂き老婆」の事が書かれたサイトが印刷してある紙を見ながら、杏香が続ける。
「結局、人為的なものではなかった場合ですね」
「そ、誰かの意思で意図的にやってる以外の可能性も、まだ残ってるからね。そっちの方は積極的には調べてないけど、たまたま見つかったものについては、有力なものは取り置いておいたのよ。で、その中で、現象として有力なのはこれかなって」
「なるほどなるほど……」
「ええと、『切り裂き老婆』は大きな鎌を持ってるの。それで、髪は白髪で、凄く長いの」
「その容姿は怪物と似てますね。多少の差異はあっても、噂によるズレの範囲だと思います」
「それはあるわね。で、一回目は鎌で、二回目はハサミで首を落として回ってるんだって」
「そのあたりは、少し違いますか……」
「ええ。後は、日が落ちた後に現れて、鎌とハサミで二回、首を斬り落として、どこへともなく去っていく……」
「現象としては合ってますね。ハサミは気になりますけど……ハサミがどれくらい鋭いかは分からないですが、鎌と遜色無い鋭さだとすれば辻褄は合います。怪物がハサミを持っている姿の目撃情報が無いのも辻褄が合いそうです。目撃回数が少ないために、たまたま鎌を持っている姿だけしか見ていないか、本当は二回とも鎌で斬っていたのか……これも少々の差でしかないでしょうね」
「これも、可能性はかなり高いってことね」
「有力な呪いの情報が集めやすくなってるのかもですね。さすがに大詰めになってきた感じがするです」
「実感として、この頃は情報集めやすいなって、あたしも思うわ」
「杏香さんのおかげです。一人でこれだけ情報を集められるって、いくら情報を集めやすくなったといっても、なかなか出来ることじゃないです」
「そう? ま……何かあったら、また協力するから」
「頼りにしてます。それで、まだあるみたいですけど。そのクリアケースの中身、まだまだありそうですし」
梓がちらりと、杏香の手元に置いてある、クリアケースに視線を送った。
「うん、これはちょっと胡散臭いというか、こじつけみたいな所があるから信用出来るかどうか分からないけど……」
「『羊の殺し歌』と『切り裂き老婆』よりは有力ではない。ということですか」
「うん……その二つが怪しいから、まず先に見せておこうと思って。で、ここからは次点ってところだけど、どうする?」
「見ますよ。この二つを見る限り、かなり実際の呪いに肉薄しているように見えるですから。次点とはいっても、他のサイトも参考になりそうです」
「そうなの? じゃあ、やっぱり他のも梓に見てもらわないとかな」
杏香がごそごそとクリアケースに入った紙束の残りを全て取り出して、コタツの端に置いた。梓はその紙の枚数を、十数枚くらいあるかと見立てた。
「ええと……これは……」
杏香が、その紙に印刷されたウェブサイトの情報を、一つ一つ解説していく。その殆どが人を殺す呪いのことだ。儀式が根幹にある呪いと、呪詛が根幹にある呪いとは半分半分といったところだが、「切り裂き老婆」のような「現象」と取れるようなものも、たまにあった。
そのウェブサイトの情報の殆どが、杏香が最初に見せた「羊の殺し歌」と「切り裂き老婆」に比べると、今回、使われた呪いとするには類似性に乏しいものだった。とはいえ、今までに調べた呪いの類と比べると、遥かに類似性が高いものばかりだ。梓はその事を目の当たりにして、いよいよ事件の真相に近付いてきたと実感した。
そんな中、梓の心を、一つの呪いの解説が惹きつけた。
「あら、それは……」
杏香の解説を聞いている途中、梓は杏香が解説している呪いに、ふと心当たりを覚えた。
「ん……? なんか気付いたことある?」
「はい。もしかして……」
梓が注意深く、杏香がコタツの上に置いた、ウェブサイトが印刷された紙の一枚を、隅々まで覗き見た。
「ブードゥー……の儀式に似てるですね」
「ブードゥー?」
「ええ、ここには書いてないですけど……」
梓がもう一度、紙のウェブサイトの情報を、ざっくりと見る。
「ブードゥーの……豊穣のまじないに近いんじゃないでしょうか」
「豊穣? 何で豊穣? 平和的に見えるし、呪いじゃなさそうだけど……」
「それは分からないですけど……ただ、稲を刈るのは鎌ですよね」
杏香は、梓の言ったことを聞いて、一瞬ぽかんと口を開けてしまった。しかし、すぐに梓の意図を察した。稲を刈るのも鎌、首を刈るのも鎌で同じだから共通点になるということだろう。
「まあ……こじつければ、そうなるけどさ」
「杏香さんは、豊穣のまじないが、あんなに凶悪な呪いになる事はあり得ないって思ってるですか」
「そりゃあ……どう見たって首を刈る鎌と稲を刈る鎌じゃあ……」
「このまじないが現役で使われていた当時は、その鎌によって稲を刈っていたかもしれないですし、シンボルのようなものとして存在していた可能性もあるです」
「……というと?」
「豊穣のまじないの誕生から今までの長い歴史の中で、豊穣のまじないが姿を変えた可能性もあります」
「姿が変わる? まじないの?」
「そうです。もっと近代で、この豊穣のまじないを元にして作られた呪いがあるとしたら、条件や効果、その他もろもろのものが、このまじないと似てても不自然じゃないです」
「そんなのがあるのね……」
「今はすっかり影に隠れてますけど、まじないや呪いの類は、結構近い時代まで開発され続けていたですからね」
「そうなの……でも、変化形ということは、この情報も役に立ちそうにないわね」
「いえ……これ、パッと見た感じだと、かなり有力に思えます。このレベルの誤差ならば、現状の証拠から逆算していけば、かなり詳しいことが分かるのでは……」
「ううん……梓みたいなプロの観点からは、そう見えるのかぁ……じゃあ、やっぱり全部見てもらう必要があるか……じゃあ、ひとまずこの、ブードゥーの呪いかもしれないのについてね。このサイトはブードゥーの呪いについて詳しく書いてあるんだけど、これはその中の一つよ」
杏香はこたつの上の紙に指を滑らせながら、ブードゥーの呪いについての説明を始めた。
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