77話「ブードゥーの儀式」

「ええと……この呪いには依代よりしろが必要で、それは魂の入る余地のある器なの。動物や人の形をしたものが相応しいんだって」

 杏香が、ウェブページの印刷された紙を指でなぞりながら、自分の中でも情報を噛み砕き、理解しながら解説をし始めた。

「次に、それに特殊な粉をお供えするみたい。作り方は簡単なようで難しいけど、死者の骨を砕いた粉末だって。で、後は祈るだけ。祈る時は目を閉じて、殺したい相手を思い浮かべるの」


 手順通りに解説し終わった杏香は、最後に釈然としない顔をした。

「……なんか、ちょっと手軽過ぎる気がするわね。死者の骨は手に入りにくいだろうけど、それさえ準備しちゃえば、これといって面倒なことは無いし……」

「だから、杏香さんは、この呪いの可能性は低いと踏んだんですね」

「そう。これなら誰でも出来そうじゃない? これが本当だったら、今頃怪物だらけよ」

「ええ、杏香さんの言うことはもっともですね。でも、このサイトの情報は、この呪いの知名度か、いかに無いかを表しているんです」

「知名度って……」

「恐らく、この呪いをそのまま実行しても、微弱な効果はあるでしょう。場合によっては、少し気分を害する程度のものだと思います」

「へぇ、一応、効果があるんだ」

「ええ。でも、それでは手間に見合わないですから、相手が少し気分を害するだけで大喜びするような心理状態に陥ってる人とか、興味本位で呪いをしようとする人とか……そういった、半ば、呪いなら何でもいいという人にとっての需要しかないでしょうね」

「だから、この呪いを実質的に役に立てる人は居ないということなのね」

「手間に比べてのリターンが少な過ぎますからね。ただ、この連続殺人の犯人は、その効果を最大限に引き出しているようです。その情報を、どこから仕入れたかは分からないんですけど……」

「ええと……ここに書かれてることだけしててもだめってこと?」

「効果が薄くて使い物にならないということですね。ただ、この効果を最大限に引き出した場合は、とても強い呪いになるでしょう」

「そうなの……でも、具体的にはどうすれば?」


「具体的にですか……じゃあ、手順に沿って説明するです。まず、最初に用意する、生き物の形をした依代ですけど、これは最低限では生き物を形どっていればいいですが、その生き物が……その生き物の地位が上……って言えば分かるでしょうか」

「ううんと……植物より動物、で、動物の中でもライオンとかシャチとかの方が上ってことかな?」

「概ね合ってます。でも、その理屈なら、何が一番上位かっていうと、最上位は……」

「……人間?」

「そうです。つまり、四足歩行ではなく、二足歩行のもの。顔があり、手が二本あるものですね」

「ブードゥー人形とか、言うもんね」

「あれも同じ原理ですね。一般的に人を依代にすれば、効果は強くなります。でも、更にその上もあります」

「更に……」

「ええ。つまり、人間よりも上位の存在。つまり、神性という存在です」

「神様……ってことか……」

「はい」

「ふぅん……」

 杏香が顎に手を当てて、改めてブードゥーに関するホームページが印刷されている紙を覗き込んだ。


「それと、この呪いに使う道具、もう一つあったですね」

「粉ね」

「そうです。その粉も、生き物の骨から出来たという条件はありますけど……」

「犯人は人骨を使ってるってことか」

「そうです。神様の骨……というのも実在はするとは思いますが、それはさすがに一般の人の手には渡らないでしょう。犯人は、それほど特別な人物じゃないでしょうから」

「まあ……可能性は低いわよね。梓の言う事が当たってれば、もっと被害はでかくなっていたでしょう。あくまで一般人の財力、一般人の行動範囲の範疇で動いてるって考えは、合ってると思う」

「可能性としては高いですよね。そして、最後に祈るだけ……なんですけど……」

「両方とも人間や神様の人形を使ったとして、それでもちょっと強過ぎるわけね」

「そうです。効果に対してのメリットが大き過ぎます。ターゲットは生きた人間で、それを死なす効果ですからね」

「うん、それは思うけど……でも、実際、それっぽい呪いなんでしょ?」

「はい。この条件で人が殺せる呪いはあるです。ただ……」

「ただ……?」

「それには犠牲が伴うはずです。今までの手順は、あくまで儀式の準備段階ですよね?」

「え? ああ……これかな……」

 杏香は紙に、もう一回目を落として内容を確認した。

「ええと……等しい犠牲を払って願いをかなえる危険な呪い。これもブードゥーがいかに危険な呪いかを物語っている……って書いてあるけど……」

 印刷されたウェブページの端、半ば注釈のように、締めくくりの言葉が書いてある。そして、その一文は、著しく具体性を欠いている。生物をかたどった、なんらかの依代と、専用の粉というのははっきりと分かっているが、この一文を読む限り、梓の言う通り、他のものも必要そうだ。


「このウェブページのスタンスでは、あくまで呪いの雰囲気に着眼点を置いて紹介してますからね。画像で呪いのおどろおどろしい感じを伝えてるわけです。なので、手段として一番肝心なところが端に寄せられてるですね」

「なるほど、確かにブードゥー教の紹介サイトだったわ。ブードゥーの、呪い屋邪悪なまじないが紹介されてるサイトだけど、小道具とか以外は、そんなに詳しくなかった」

「でしょうね。ブードゥーって、邪悪な呪いを扱う面が、どうしても表面に出てしまってますからね。このサイトを作った人も、ブードゥーの、そんなダークな面に魅力を感じて作ったんでしょう。だから、雰囲気のあるアイテム類の写真が一杯あるんでしょう。でも……私達は違うですよね?」

「そうね。雰囲気とかはどうでもよくて、あくまで手段として、この呪いを考えなくちゃだけど……その言い方だと、ここがキモだと踏んでるわけね、梓は」

「ええ……ブードゥー式の呪いが特別危険だというわけではないんですけど、この呪いは準備してからが本番だということです。この呪いの主な供物は、依代でも、粉でもないです。人を殺すのならば、それだけの対価……つまり、呪う側も、人を一人捧げないといけないです」

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