66話「解呪用魔法」

「聖なる雷土いかづちの力を以て、よこしまなる者へ裁きを……セイントボルト!」

 瑞輝がセイントボルトを唱えた。目標は、瑞輝の前にある、大きな岩に立て掛けてある木の板だ。セイントボルトは真っ直ぐに木の板に向かっていき、その中央付近に着弾した。


「うーん……」

 瑞輝が、セイントボルトが命中した板へと駆け寄り、唸った。


「あんまり良くないなぁ……」

 瑞輝が、まだ熱を帯びている板を持ち上げながら首を傾げる。

「結構ズレてるよね……」

 今、セイントボルトが命中して出来た新たな焦げは、板の中央よりも左にずれている。

「真ん中に当てられたのなんて、半分くらしかないんじゃないかな……」

 瑞輝が板をまじまじと見ながら呟いた。板には中心だけでなく、色々な所に無数の黒い焦げが付いている。


「てか、この板も、結構焦げてきちゃったな……」

 板は元々、薄茶色をしていたのだが、今は魔法を何度も打ち付けたせいで、すっかり全体的に黒く焦げてしまった。

 板は断魔材で出来ているのでちょっとやそっとの魔法では破壊されないが、それでも表面に焦げは出来る。大きな都市ならまだしも、ここ、レーヴェハイムは小さな町だ。断魔材は貴重なので、何回も使い回さないといけない。

 焦げも、洗えばある程度は落ちるのだが、それでも芯の部分まで焦げが及ぶこともあるので、洗って綺麗にするのにも限界がある。


「ふぅ……」

 今日は結構魔法が練習出来た。瑞輝はそう思いつつ、上を向いた。今日は曇天で、どす黒い雲が、町の中心の方角に浮かんでいるのが見える。天気については、この異世界も、現代世界も、物理法則はほぼ同じと考えていいらしい。そう考えると、そろそろ練習は切り上げた方が良さそうだ。


「あっ! 瑞輝ちゃん!」

 その黒い雲の方から走ってくるのはエミナだ。

「あ! エミナさん! なんか久しぶり!」

「久しぶりだね! 瑞輝ちゃん、最近、来ないから、ちょっと心配だったんだよ。もしかして、こっちに来れなくなっちゃったんじゃないかって」

 エミナが僅かに息を切らせながら瑞輝に走り寄ると、瑞輝の顔を見るなり笑みを浮かべた。

「ああ……そうだよね、ごめんね、何も言わずに……」

「いえ、謝るほどのことでもないけど……忙しかったの?」

「いや……別にそういうわけじゃなくて……」

「そうなの?」

「色々……あったから……」

「そう……なんか、大変そうに見えるけど……」

「あっちで色々と起きてるんだ。こっちで不思議な事が起こる分には慣れてるんだけど……いや、それでも、また必死で戦うことになったら嫌だけど……とにかく、あっちで戦わなくちゃいけない感じになっちゃって……」

「そうなの……そっちにも、狂暴なモンスターとかが居るんだ?」

「いやそういうわけじゃ……いや、同じようなもんかな。なんか、怪物が暴れてて……でも、怪物って、僕の居る世界じゃ、普通、居ないんだけど……その怪物は、実は強力な呪いみたいなんだ」

「ああ! それで光属性の魔法を練習してたんだ?」

「うん……呪いには、光属性が有効かと思って……」

「それなら、セイントボルトじゃない方がいいんじゃない? 本当に解呪用の魔法の方が」

「えっ、そんなのあるの!?」

「ええ。ディスペルカースって言って、呪いを解く時に使う魔法だよ。結構、難易度は高い魔法だけど……幸い、瑞輝ちゃんは光属性魔法を中心に練習してたから、もしかすると、案外早く使えるようになるかも」

「それも光属性魔法ってこと?」

「そ。……あっ」

 エミナが、自分の前に手を差し出しながら、上を向いた。瑞輝には、エミナがどうしてそんなリアクションをしたのか、すぐに分かった。瑞輝の額に、ぽつりと冷たい液体が落ちてきたからだ。


「雨だ……練習はここまでかな」

「ディスペルカースは攻撃用の魔法じゃないから、部屋の中でも出来るよ。シェールさんのお店に寄って練習の準備してから、私の部屋でやろ!」

「え、今から? もう結構疲れてるんだけど……でも……そうだね、折角、会えたんだしね。僕、今日は会えないかと思ってた。エミナさん、出かけてるっていうから」

「ごめんね、ちょっと、お使いに行ってたんだ。さ、本降りにならないうちに、私ん家、行こ!」

「うん」

 二人は小走りでシェールの経営する魔法雑貨店に行った。用を足して魔法雑貨店から出た時には、振っているかどうか分からないくらいだった雨も、はっきりと小雨だと分かるくらいには、雨脚が強まっていた。






「はぁ……なんとか濡れないで着いたね」

 服に付いた、僅かな雨粒を払いながら、瑞輝が言った。

「そうだね瑞輝ちゃん、急いで良かったね」

 二人は喋りながらエミナの部屋へと向かっていった。そして、エミナの部屋に入るなり、エミナはシェールの魔法雑貨店で手に入れた品物を、服のポケットから出した。


「あ、好きな所に座っていいよ」

 エミナは、瑞輝に一言言うと、机の引き出しから画鋲を取り出した。勿論、この世界にプラスチックは無く、針の部分は金属で出来ているものの、他の部分は木で出来ている。

 木の画鋲か……。瑞輝がエミナの持った画鋲を遠目に眺める。どうやって金属と木をくっつけているのだろうか。接着剤くらいはあるのだろうか。もしくは魔法の力なのだろうか。


 瑞輝には、木と金属を接着するものがどういうものかは分からないが、ただ、その画鋲には、どこか温かみがあった。

 ミズキが木の画鋲に興味を惹かれ、まじまじと観察する。この画鋲には技術的には後進的なイメージを抱いてしまう一方で、僕の方の世界では、逆に値打ちが出そうだとも思う。形は綺麗ではなく、全体的に粗削りなものの、機械で量産する形には無い、温かみのようなものを感じる。表面にニスは塗ってあるようなので、ちゃんと日持ちもするだろう。

 画鋲のフォルムからして、何らかの刃物によって、手で削ったのだろう。僕の方の世界なら、手作りの画鋲と釘打って売れば、それなりの客層での人気は出そうだ。


「瑞輝ちゃん、ここに魔法を打つんだよ」

「え? ああ、う、うん」

 瑞輝が慌てて返事をする。瑞輝が画鋲に対して色々と考えていた一方で、エミナは魔法の練習環境を構築していたらしい。瑞輝が気付いた時には、魔法練習の準備は万端になっていた。

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