56話「破魔の薙刀」
「はぁっ……!」
――ブンッ!
薙刀が宙を斬り、空気を切り裂く鋭い音が響く。
梓は弓の練習場で練習していた。普段は境内の庭で練習をしているのだが、その時は先端に布を被せた木製の薙刀を使っているので、もし人に当たっても大きな怪我はしないようになっている。
しかし、今は違う。薙刀の上下それぞれの先端には、本物の刃が使われていて、実際に切れる。
上下に刃の付いている薙刀は、通常の薙刀と違い、扱いを間違えると自分の体を傷付けてしまうので、扱いが難しい。そのため、梓は滅多に真剣の薙刀を使った練習はしないのだが、今日は相手が相手だ。感触をより実戦に近づけたいので、今日は真剣の薙刀を使っている。
「……はっ! はぁっ!」
梓が上下の刃を振り降ろし、振り上げ、時には横に振り、数個の畳巻きを何回も斬りつける。
数本の畳巻きは、梓の振る薙刀によって斬られ、どんどんと短くなっていく。
「ふぅ……」
最後には、全ての畳巻きの殆どの部分を斬り落とした梓は、静かに息を吐き出した。地面には短く切られた無数の畳巻きが散乱している。
「物理的なのはまずまずですか……でも、並ですよね……」
人間離れした怪物に勝てるかといったら、今の状態では心もとない。梓はそう思わずにはいられなかった。
「すぅー……」
悠が徐に、ゆっくりと息を吸い、薙刀の刃に意識を集中させると、薙刀の刃は白く輝き始めた。
梓にとって、物に破魔の力を乗せることは難しいことではなく、呼吸をするようにスムーズに出来る。
梓が、既に使用済みとなった畳巻きを見据える。畳巻きは、梓の薙刀によって斬られて短くなっているが、梓には、その短くなった部分に別の何かが見えている。
それは実体のない存在で、まじないによって出来たものだ。畳巻きには、予め、まじないをかけた水を染み込ませてあり、畳巻きの跡に、無害なまじないの力が残るようになっている。この無害な力は、物理的な干渉が出来ないが、破魔の力ならば干渉することができる仕組みになっている。
つまり、この無害な力を、破魔の力を乗せた薙刀で斬れば、破魔の力の効果が、どの程度発揮されたのかが分かり易いというわけだ。
「……はっ!」
梓が薙刀で、無害な力を斬りつけた。普通の人には素振りをしているようにしかみえないが、無害な力が見える梓は、その切れ方に確かな手ごたえを感じている。
「はっ! はっ!」
梓がリズム良く無害な力を切り裂いていく。切り裂かれた無害な力は地面に落ちることはない、その姿に切れ目が入っただけだ。
「ふぅー……的に対しては、納得のいく結果ではありますけど……」
梓が、薙刀によってぶつ切りになった無害な力をじっくりと観察する。
「ただ乗せるだけなら問題無くスムーズに出来ますし……破魔の力が乗った状態だと、直接手に持つ薙刀でも、多少、霊的な重みが加わって扱いにくくはなりますけど……見る限りだと、振り回した時も、狙いはぶれてないみたいですし……上手く調整されてはいるみたいですね」
梓が軽く頷く。しかし、まだ完全に納得したわけではない。
「止まった的を斬るのは簡単ですけど……」
相手は無害なまじないの力ではなく、呪いだ。しかも、かなり強力な部類である。呪いというものは、本来、対になる解除方法が存在する。それを使えば、殆どの呪いは、解除する者にはノーリスクで解除できる。しかし、呪いを真っ向から破魔の力で断ち切ることは、かなり強引な手段だ。
強引な手段に付き纏うのは、危険さだ。呪いという、形式によって強力な効果を発揮する性質を持つ存在に対して、梓は形式を踏まずに、真っ向から対決しようとしている。
また、直接の相手となるのは、呪いから生み出された化け物だ。その化け物は、人間の身体能力を遥かに上回っている。畳巻きや、それに染み込ませたまじないのように止まった的ではない。梓が呪いに危害を加える存在だと分かった瞬間に、人間を凌駕する身体能力によって梓との距離を縮め、大鎌を軽く振り回して、文字通り、梓の首を狙ってくるだろう。
「チャンスは一度……」
呪いは、最初は梓に敵意を抱かないはずだ。梓が破魔の力で呪いを除去しようとしているなどとは、呪いの方は認識していないはずだからだ。それが、梓にとって、一番の勝機だろう。
「……」
梓は沈黙し、素振りを始めた。心は穏やかではない。こうやって思考を巡らせること自体が、梓が怪物との差を縮めることが出来ずに追い詰められていることを証明している。そう梓が感じているからだ。
呪いに真っ向勝負を挑むこと自体、呪いの強力さを、己の力が凌駕していなければならないという無茶なことなのだが……呪いが現れる傾向を掴めたのなら、この先の被害者は減らせる。そのための無茶ならば、する価値はあるだろう。
「はぁー……気が重いですけど……」
梓が薙刀を斜め右上に掲げ、器用に、風車のようにクルクルと回転させる。
「んっ!」
梓がシュッと、回転させていた薙刀を構えた。
「……」
梓が、構えた先を見据える。そこにあるのは大部分を斬り落とされて短くなった畳巻きだが、梓には無害なまじないの力も見えている。しかし、梓が本当に見据えている者は別にあった。
怪物。巻き角が生え、威圧的な大鎌を掲げている大柄な怪物だ。梓は明日、それと対峙しなければならないかもしれない。
「……ここに来て考えても仕方ないですね。もう一回やった方がいいです」
梓が人差し指と中指をピンと伸ばして印を切り、前に突き出すと、未だゆらゆらと揺れていた無害なまじないは消えた。
「さ、もう一回もう一回」
梓は、練習で動く範囲の外に、まだいくつか積み重ねておいてある畳巻きの所へと歩いていった。
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