57話「怪物の大鎌」

「ふあぁーぁ……」

 梓があくびをする。梓は高校生が下校し始めた時から、ずっと昨日考えた四つの場所をうろついているが、死神の気配はまだ無い。


「一人でずーっと見回るって、結構大変なんですよね。常に気を張ってないといけないから、普通にお出かけしてるのとは違いますし……」

 日はすっかり沈み、辺りはすっかり暗くなっている。梓が見回っている所は、賑わっている所とは、多少、外れている。が、それでも時折、看板のネオンや自販機の光を目にする。

 賑やかな場所から外れた所に設置されている自販機に、梓はどこか、寂しさを感じた。


「梓よ、警察には協力してもらわんのか?」

「してないですよ。だって、警察に何が出来るです? 杉村さんが殺された時、近くには薬莢も落ちていて、杉村さんの銃からは硝煙反応も出ました。杉村さんは銃で応戦したですけど、呪いには効かなかったってことです」

「む……そう言われると、左様にござるな。相手は霊体……と申すか、呪いの類であったな」

「ええ、そうなんです。杉村さんは、あのまま放っておけば怨霊になるところだったです。それくらい強い思い入れを持った杉村さんですが、こうなったです。普通の警察だったら、銃を使うかどうかも……」

 梓は杉村の執念を思い出し、銃を使うかどうかを考えようとしたが、それが無駄な事だと思い直した。


「どちらにせよ、銃では効果は無いので結果は同じですが……」

「うむ。いずれにせよ、警察では歯が立たんということにござるな」

「そういうことです。だから、ここからは、私と杏香さんで対応するしかないです」

「ああ、杏香殿が来ているのであったな」

「はい。杏香さんの手が空いてる時だけですけど、私のカバーできない部分……隣町の出現ポイントは、杏香さんが見張る事になったです」

「ほお、左様か左様か。杏香殿なら、それなりに対応手段は持っておろうから、心配は無用であろうな」

「それは、その時々の状況によりけりみたいです。ほら、杏香さんって銃みたいなの、使うじゃないですか」

「いかにも」

「まあ、みたいなのじゃなくて銃なんですけど、あれ、思いきり銃刀法違反なんで、迂闊には使えないんですよね。この辺りに持ち込めるかどうかも怪しいものですし」

「なんと、では如何にしているのだ、杏香殿は」

「ええ……なので、武器が全く使えない場合も考えて、私が行くまで時間を稼げる程度の呪いよけの道具を、杏香さんには持っていてもらってます」

「ほう、なるほどのう。左様であれば安心だが……こちらにとっては難儀な事よのう」

「ですね。本物の霊能者の数が、もっと増えてくれればいいんですけど、そうもいきませんから……でも、今日はもう無さそうですね。だいぶ、夜も深くなってきましたし」

「左様だな」

「杏香さんに連絡しましょうか。今日はもう……」

 梓が、杏香に電話を入れようと、ポケットからスマートフォンを取り出そうとした時、音が鳴った。

「……あら?」

 梓は一瞬、スマートフォンから鈴の音が聞こえてきたかのように錯覚してしまったが、この鈴の音は、スマートフォンから発せられているのではない。

「ほう……来たか……」


 梓と丿卜に緊張が走る。梓が腰に付けている響き鈴ひびきすずが鳴ったのだ。響き鈴ひびきすずは、仕掛けた場所に呪いが現れた時に鳴るようにしてある。そして、響き鈴ひびきすずは、この町の四つのポイントにそれぞれ仕掛けられていて、梓の腰にも四つの響き鈴ひびきすずが結び付けられている。

 響き鈴ひびきすずはそれぞれ送る側と受ける側に分かれていて、対になっている。


「これは……二番目の地点ですね」

 昨日丸を付けたうちの一つのポイント、それも、ここからそう離れてはいない所で呪いが発生した。響き鈴ひびきすずの反応から、梓はそのことを読み取り、駆け出した。






「はっ……! はっ……!」

 梓が息を切らしながら、全速力で受け側の響き鈴ひびきすずの所へと向かう。

 ――響き鈴ひびきすずの所まで、あともう少しだ。そう思った梓は、手に持っている薙刀を包む布を縛っている紐をほどいた。紫色の布がはだけ、その中から、上下の先端両方に刃を持つ、梓の薙刀が姿を現した。


「あの響き鈴ひびきすずが鳴ったということは、多分、あの先に……」

 梓が薙刀を構えて、意識を薙刀の刃に集中させる。すると薙刀の両先端の刃が、白く光り輝いた。


 薙刀に破魔の力が宿ったことを確認した梓は、相変わらず全力疾走しながら薙刀を構えた。

「ふぅー……」

 全力疾走で息が切れている梓だったが、相手はすぐ先の脇道を曲がった所に居るだろう。

 脇道へと曲がり、相手となる怪物を見つけた瞬間に、怪物と、怪物のターゲット、そして、周辺の地形を瞬間的に見定めて、ターゲットも梓自身も安全な最短時間で怪物に詰め寄り、一撃で怪物を斬り伏せる。それを早くやればやるほど、梓の勝率は上がるだろう。これからは、一瞬の勝負になる。


「居ました……!」

 曲がり角を曲がった瞬間、梓の緊張が頂点に達する。怪物は目の前に居る。梓から五メートルとしない距離だろう。怪物は後ろを向いていて、見えるのは、その特徴的な角と、紫色をしたボロボロのマント、そして、大鎌だけだ。

 後ろを向いているということは、ターゲットはその向こうに居ると見るのが自然だ。そして、梓から怪物まで、遮るものは無い。ならば……。


「……!」

 梓が怪物との間合いを考慮しつつ、走る勢いを調節する。そして、薙刀を大きく振りかぶると、半ば跳躍するような大きな歩幅で、怪物との距離を一気に詰める。


「はぁぁ!」

 薙刀での一撃が充分に届く距離まで間合いを詰めた梓は、既に破魔の力が宿っている白く輝く刃を持った薙刀を怪物に振り降ろした。


 ――シュッ!

 薙刀で何かを切った手応えは無い。しかし……。


 ――ガギオォォォ!

 怪物の方は、明確に何かを感じて、悲痛な叫び声を上げている。破魔の力の効果があった証拠だ。怪物は、破魔の力によって切り裂かれ、苦痛を感じて叫び声を上げたのだ。

 梓はその怪物の様子から、怪物が呪いの類で、破魔の力は有効だと悟った。しかし、同時に梓は焦った。仕留めきれていない。


「……!」


 梓が急いで後ろに飛び退き、距離を取ろうとする。しかし、怪物が即座に後ろを向いて、大鎌を振るった。


「う……ぐ……!」

 梓の体は切り裂かれ、そこからは大量の鮮血が、夜の冷え切ったアスファルトの上に撒き散らされた。

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