45話「家業」

「そうですか、あの人は吉田さんていうですか……」

 梓が病院のベッドに寝ている瑞輝に向かって言った。


「はい。最初の方に話した通り、いつもは朝とかに絡んできたりする人で……」

 瑞輝は吉田の怨霊に襲われた後、百井は駿一と梓の手によって最寄りの病院へと運び込まれ、すぐに治療が施されて、少しの間、入院することになった。

 入院といっても、内臓の損傷は無く、ティムほど重症では無かった。しかし、内出血や骨折、捻挫は酷かったので、それなりに大掛かりな治療は必要だった。運ばれてきた時の昏睡具合や体全体の怪我の具合から、ごく短期間の入院となった。


 瑞輝は女の子の姿のまま病院に運ばれたが、そこは梓がなんとか誤魔化してくれたらしかった。梓が言うには、こういったことの処理は慣れているということだったので、瑞輝の方も、安心して、この病院に入院できているというわけだ。


 当然、女の子の姿のままなので、入院してからは、誰かが見舞いに来るわけでもなかったので、瑞輝は暫くこの病室で一人で居た。少し寂しい気はするが、瑞輝は一人の方が落ち着く性格なので、意外にリラックスして過ごすことができた。最初は女の子の姿を、この世界で見られるのは落ち着かないし不安だが、それも今は、だいぶ無くなってきた。


 そんな中で、梓が瑞輝に会いに来てくれた。美味しそうな桃も持ってきてくれた。梓は病室に来て、二言三言話したところでビニール袋から桃を取り出すと、それを小さなナイフで剥きはじめたのだ。

 食事は普通に取っていいと言われているので、瑞輝の方も、それを拒むことはなかった。

 そして、今もその桃を二人で食べながら話をしている真っ最中だ。梓は、お皿の上の桃が無くなりそうになったら桃を補充して、自らも、瑞輝と同じくちびちびと、美味しそうに桃を口へと運んでいる。


「でも、あの吉田君が、あんなことになるなんて……」

 瑞輝は未だにショックを隠しきれない。吉田が死んだという事もショックだったが、自分の前に現れた、あの存在……瑞輝には、あれを考えれば考えるほど吉田そのものにしか思えなくなってきて、今、梓にその事を話した結果、梓の意見も同じだった。

 あれは、やっぱり吉田君なんだ。瑞輝の心は更に重くなった。吉田は恐らく、梓に祓われるだろうと思っている瑞輝だが、同時に自分で光魔法によっても祓えることが、瑞輝の心を更に重くしていた。選択に迫られている。瑞輝にとっては嫌な感覚だ。


「何か、心当たりはあるですか? 何か、その吉田さんにとって衝撃的な事があったりとか、印象深いこととか……」

「衝撃的……」

「心当たり、あるですか?」

「い、いえ……」

 瑞輝は梓に吉田のことを話していた。吉田が悠を殺したことは、言っていない。それ以外のことは、概ね話したが……これに限っては、とても言いづらいことなので、未だに話す踏ん切りがつかない。


「……」

 瑞輝が気まずくうつむく。自分の両足にギブスが付けられ、包帯がぐるぐる巻きに巻かれているのが布団の下にイメージできる。

 瑞輝を診てくれた先生の言葉も脳裏に浮かぶ。結構な大怪我なのだが、先生が言うには、標準的な治癒速度よりも、かなり早いペースで回復していっているらしい。

 この調子ならば今週中には退院できるのだそうだ。もし、そうなれば、今週末にはエミナさんに会えそうだ。と瑞輝は一瞬思ったが、すぐに顔を濁らせた。


 瑞輝は、今週はエミナに会うかどうか迷っていた。

 毎週毎週、エミナに会うことを楽しみにしていた瑞輝だが、何故だか今の気分は少し違って、漠然とはしているが、向こうの世界に行く気分ではなかった。瑞輝はその理由を考えたが分からず、瑞輝は心の中で、こんな姿を見せたらエミナさんは心配するだろうし……今週は、あっちに行くのはやめておいた方がいいのではないかと考え、ひとまず納得していた。


「……」

「あの……桃井さん?」

 悠が、片手に桃のついたつまようじを持ちながら、瑞輝の顔を覗き込んだ。

「あ……ごめんなさい、少しボーっとしてて……」

 何故、あっちの世界に行くことが億劫になったのか。その思いは度々、瑞輝の頭の中に、濃い霧を立ち込ませている。

「疲れたのだったら、また後で話すです」

「いえ……違うんです……あの、梓さんって、何でそういうこと、やってるんですか?」

「何で……?」

「その……目的っていうか……梓さんにも学校もあるし、オカルト関係以外に他に色々ある中で、なんで霊を祓ったりとかやり始めたのかなって……」


「ああ、そういうことですか。なんか、悩んでそうですね。でも……私のは、ちょっと参考にはならないかもですが……」

「え……?」

「私の場合、家業みたいなものですからね、目的っていうのも……」

 梓の場合は家業を継ぐ必要があった。なので、ほぼ強制と言ってよく、やり始めた理由は無いに等しいのだ。


「そうですか……」

 家業。それは、半ば運命づけられたものとも取れる。瑞輝は考えた。

 僕が吉田君をどうするかは、僕自身が決められる。極端な例でいうなら、また吉田君が襲ってきた時、反撃して消滅させてしまうこともできるし、逆にまた反撃せずに、こうやって結構な重傷を負うこともできる。お祓いが家業である梓さんも気にしているし、放っておいても梓さんがお祓いしてくれそうでもある。

 嫌なら梓さんに任せられる自分と、梓さんとは立場が違いそうだ。そして、家業として宿命づけられたというわけでもなく、人に任せられる事柄のおかげで、なまじ選択肢があるせいで、むしろ、こうやって悩んでいるのではないか。そう思った。

 そして……そういった悩みが、こんなに苦しいのかと、ため息が出そうな気持ちにもなった。

 昔から色々と悩みがちで、その度に、こういった重くて苦しい気持ちになることがあるという事は、自分でも自覚している。今回も、その例に漏れていないということなのだろう。

 そして、それは時に、更に激しい苦しみを生むことがある。そう思う度に、恐怖が込み上げてくる……。


「でも……」

 ふと、思い悩む瑞輝に、梓は更に続けた。

「今は、こういうオカルト便利屋をやっていて良かったと思います」

 梓がニッコリと笑う。瑞輝は思わずその顔を覗き見た。

 家業を続けるのは結構な負担だが……それを続けていくことに、何の不安も無い。瑞輝は梓の顔を見て、そう言わんばかりだという印象を受けた。

「最初は……嫌だったんです。その時は、ほんの子供の時でしたけど……」

 梓が上を向き、遠くを見るような目をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る