46話「四季織梓」
「私、臆病な性格で……今でも臆病なんですけど、子供の頃は、幽霊とか、怪異にも免疫が無くて……それどころか、お化けとか、そういうの怖くて、大の苦手だったんです」
「へぇ」
瑞輝が意外そうに声を漏らした。
「でも、両親は、それでも私にお祓いを教えてくれたんです」
「それで、好きになったんですか?」
「もっと嫌いになりました」
梓が困ったような微笑みを浮かべる。
「あはは」
「好きになるわけないですよ。普段は優しい両親が、お祓いのことを教える時だけ、急に厳しくなるんですよ。稽古の時間が嫌で嫌で仕方なかったですよ」
梓が眉をひそめながら被りを振る。
「だから、家業とはいえお祓いの仕事も嫌だった時期がありました……というか、つい最近までは嫌がっていたのかもしれないですね」
「つい最近まで……ですか……」
「はい。お祓いは危険な仕事で、一歩間違えたら自分が死んでしまう仕事です。だから、いつも命懸けで……それが一生涯の仕事になるというメリットはあるんですけど、選択の自由は無いので、それも嫌でした。それに、他の同年代の女の人は、遊んだり、習い事をしたりするのに時間を使えるのに、何で私だけ、こんな怖くて危険な仕事をやるんだろうって、そんな不条理な気持ちに、毎日なってました」
「不条理……」
「はい。物心ついた時にはお祓いをしていたので、学校と家業の両立で忙しかったですけど、どうにか人並みには色々な事を見聞きして……パティシエになりたいな、なんて思った時もあったんです。それも、結構本気で」
梓が手に持った爪楊枝をくるくると回転させた。爪楊枝に刺さった桃の一かけも、同じようにくるくると回る。
「でも……家業を継ぐことに限っては、私の意見は親には通らなくて……一番不条理を感じたのは、その時かもしれないですね。でも、それ以外の時には本当に優しくて、それからは家族みんなでケーキ作りをしたり、お菓子作りの体験会みたいな所にも連れていってもらったです」
「ふうん……」
「ただ……やっぱり家業は辛くて、いつまで経ってもうまく祓えなかったりして……ああ、それは今もそうですね。あの死神に対して、私で太刀打ちできるのかって、最近は考えてます。こんな感じで、どこまで行ってもイタチごっこで、危険は常に纏わりついているんです」
「……」
危険は常に纏わりついている。確かに当たり前だが……色々な事件を解決して、その噂は教室内でも聞いている瑞輝にとって、その言葉は、どこか意外だった。頼りになると評判の梓さんも、実は綱渡りなのか。そう思った瞬間、瑞輝は梓に儚さのようなものを感じた。
「昔に比べれば心霊には慣れたですけど、それでもやっぱり怖い時には怖いんです。だから時々、この仕事が嫌になる時もあるです」
「そうなんですか……」
「でも……それでも除霊されて喜んでいる人の笑顔を見るのは嬉しいですし……それは祓われる霊にとっても同じなんですよね」
「え……祓われる……霊……」
「はい。霊だって、心が苦しくて……苦し過ぎるから、生きている人にまで影響を及ぼすくらい、存在が増強されてしまうんです」
「……」
「そんな霊にとって、お祓いすることは救済なんです」
「救済……でも、霊にとっては、お祓いされずに自分の思ったことをやった方がいいんじゃないんですか?」
「ええ。普通はそう思うですよね。でも、霊だって元は人間なので……妖怪とか、人間とは生き物としての常識が違う存在とは違うですから。苦しいからこそ人に危害を及ぼすんです。生きている人だってそうでしょ、腹が立ったら、他人を殴りたくなる衝動に駆られる人も居るし、口で罵声や怒号を浴びせる人も居ます」
「ああ……」
「だから、霊にとっても、一時的な苦痛は味わうかもしれないですけど、そういった負の感情を抑えて苦しみから解放し、普通な状態に戻してあげる。それがお祓いなんです。急を要していたりする場合には、強制的に浄化してしまう場合もあるですけど、それも、こちらにとっても危険が伴い、霊にとっても、苦痛が倍増する、ちょっと荒っぽい手段ではるですけど、苦しみを取り除くという面では同じなんです。お祓いって、生きている人と同時に、心霊も救っているんです」
「そうなんですか……」
瑞輝の頭に吉田が浮かんだ。そういえば吉田君も苦しんでいた。そして、吉田君は僕を狙っているようだ。吉田君に、僕の魔法を当てた時、吉田君は、更に苦しんだ。だから僕は、二発目の魔法を撃つことに抵抗を感じたのだ。しかし……もしその時の苦痛が一時的なものだとしたら……吉田君を、吉田君が何らかの理由で狙う僕自身が、強制的にでも浄化したら……吉田君にとっては、それが最上の救済になり得るのだろうか。
「生きている人も救うことができるけれど、死んだ人も同時に救える。だから、後に残るのは救われた人だけなんですよね、殆どの場合は」
「なるほど……確かにそうかも……」
「だから……
「梓さん……そうなんだ……」
そう、瑞輝は、どうしようもない宿命に身を任せていけば、その中で強制的に……つまり、それも宿命の一部なのかもしれないし、早い、遅いの違いさえあるが……自分の中での折り合いがつくことは、実体験として分かっていた。異世界に居た時のことを思い出して、そう思った。
「僕は……梓さん、もう一つ、質問いいですか?」
「どうぞ」
梓がにっこりと微笑んだ。
「あの……さっきの吉田君の霊も、強制的に祓われたら救済されるんでしょうか。なんか、とても痛そうに見えたんです。セイントボルトが……魔法がぶつかったら」
「怨霊の場合、強制的に祓う以外の選択肢は選びづらいですね。一言で言えば、暴走状態ですから。自我も殆ど失い、暴れまわる為だけにそこにある存在になってしまってるんです。あまりに深い何かの念によって。だから……霊が納得して成仏することは少ないし、また、強制的に祓う一時の苦痛も、それほど問題にはならないです。怨霊になってしまった時から、本人の味わう苦痛は多いですから」
「苦痛……」
「主に精神的なものですが、肉体の枷が緩くなった霊の状態では、それは身体的な苦痛でもあるでしょうね。その苦痛は、強制的に祓う時の苦痛に比べたら少ないですが、それほど大差は無いです。とすれば……怨霊の状態で常に感じることになってしまった持続的な苦痛と、それを少し上回る一時的な苦痛とどちらがいいかとなると……どうです?」
「そりゃあ……ちょっと大きな苦痛を感じても、その後は苦痛から解放されるんだし、強制的にでも祓われた方が……」
「ですよね。そういうことです。結構簡単な選択なんですよ。道理が分かれば」
「そう……ですか……」
瑞輝の気持ちが揺れ動く。梓さんの話を聞く限り、僕が祓った方がいいのではないかと。瑞輝の頭のもやもやが、少し晴れたようで、少し濃くなってもいた。
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