38話「ポルターガイスト」

「エミナさん……」

 瑞輝はエミナに何かしらプレゼントを買おうと、近くの商店街へ繰り出す予定だった。が、ふと、その道のりの途中にある個人商店の前で足が止まった。

 瑞輝が、店の入り口付近にある、古びた冷蔵庫に目が留まった。コンビ二にあるような、扉が無いタイプではなく、ガラス製の透明な扉を横にスライドさせて開けるタイプの冷蔵庫だ。扉以外の部分には、赤と白のカラーで派手にペイントが施されている。飲料メーカーの宣伝のためだろう。

 そんな、どことなくレトロな冷蔵庫に、この夏真っ盛りの時期には何が入っているのか、瑞輝は知っている。


「……」

 ふらりと体が動き、瑞輝はいつの間にか店の中へと入っていた。

「ラムネ……か……」

 冷蔵庫の中の半分を占めているのは瓶ラムネだ。この時期、この店で一番の売れ筋は瓶ラムネで、他の飲料はまとめてもう半分のスペースに押し込められている。それだけ売れ行きが良いのだろう。


 思えば、ラムネも一種のガラス細工だ。飲み口はプラスチックだが、それ以外の部分は、ほぼガラスで出来ていて、改めて、まじまじと見ると、全体的に見ても奇妙な形をしている。瓶の中ほどにはビー玉が入っていて、それを止める仕掛けも施されている。よくよく考えてみれば、何故、こういった形になったのか謎である。こんな奇妙な物、あっちの世界にはありそうにないし、今回はこれにしてもいいかもしれない。

 エミナさんにプレゼントしたウサギのネックレスも好評だったが、今回は、逆に奇をてらってみようか。


 瑞輝は腹を決めて、冷蔵庫の扉を開けた。冷蔵庫の中の冷気が放出され、瑞輝の体全体に冷たい空気が触れる。この商店には偶に来るが、この感触は、この時期にはありがたい。


「……ええと」

 とはいえ、いつまでも開けていたら怒られるだろうから、瑞輝はささっとラムネの瓶三本を手に取ると、冷蔵庫の扉を閉め、レジへと向かい、それを買い上げた。


 支払いを済ませた瑞輝は、袋の中からラムネを一本取り出して、家の方へと戻ることにした。取り出した一本のラムネを、専用の開栓道具で押す。最近のラムネは、気を付ければそれほど泡が出ない作りになっているみたいなので、手軽に開栓することができる。

 このラムネは冷えているうちに飲むとして、後の二つは家の冷蔵庫で冷やしておいて、後でエミナさんと飲もう。瑞輝はそんな事を考えながら、ラムネをごくりと一口飲む。口の中に爽やかな甘さが広がり、パチパチとした炭酸の手応えが喉を滑る。


「おいし……」

 瑞輝は自宅への帰途につきながら、ラムネをチビチビ飲んでいく。


「……!?」

 ラムネを半分ほど飲み干した時だ。瑞輝は、自分の体に違和感を感じた。誰かに押さえつけられているみたいだ。


「えっ……?」

 金縛り……とでもいうのだろうか。立ちながら、身動きが取れないくらいに四方八方から壁を押し付けられているような感じだ。


「う……うわぁぁっ!」

 瑞輝の視界が突然、慌ただしく揺さぶられた。


「……うはっ!」

 瑞輝は突然、肩から体を地面に打ち疲れ、思わず喘いだ。

「う……」

 良くは分からないが、転んでしまったのかもしれない。瑞輝はそう思って、強烈にアスファルトに打ち付けてしまった肩をさすりながら、立ち上がろうとした。しかし、そのそばから、また急に体に違和感を感じる。


「なんだ……」

 眩暈かとも考えたが、とてもそんな穏やかなものではなさそうだ。瑞輝の視界が、また目まぐるしく揺らぐ。

「うわ……うがあっ!」

 突如として後ろに吹き飛ばされた瑞輝は、今度は電柱に激しく背中をぶつけた。

 あまりの痛さに、瑞輝はそのまま地面に倒れ、唸った。

「う……ううっ……」

 瑞輝の鼻に、甘い匂いが香る。この匂いはラムネだ。急な事に驚いた瑞輝はラムネの瓶を手放し、ラムネの瓶は、落下の衝撃で割れてしまったのだろう。


「何……何……!?」

 瑞輝の体が、また宙に投げ出された。瑞輝はわけが分からずに、その衝撃に体を委ねるだけだ。

「ぐはっ!」

 今度は周りを囲む塀に、自らの体がぶつかる。

「あ……がはぁ……っ!」

 胸を強く打ち付けたせいで、息ができない。苦しい。一体何が……。

「あ……はぁっ……はぁっ……!」


 瑞輝は、更に何度も壁に打ち付けられるうちに、ようやく少し冷静な意識を取り戻してきたので、まだぐるぐると回っている視界を見て、どうにか周りの状況を確認しようとしている。

「何だ……これ……」

 周りに見える色には灰色が多い。その灰色は、恐らく塀だ。まわりは塀に囲まれた家ばかりだ。そして、その塀にはしかも、その家の出口も見当たらない。

「え……そうなのか……じゃあ……」

 体をぐるぐると引きずり回されながらも、何度も周りを見るが、塀には出入り口らしきものは見当たらない。木製であれ、鉄製であれ、門は近くには存在しないようだ。


「……あっ」

 瑞輝が気付く。ここは両脇を高い塀に囲まれて、視界が悪い。加えて塀からの出口も無く、恐らく人通りも少ないだろうということを。

「誰が……こんな……!」

 人っ気の無い道。誰かを待ち伏せて、何か大っぴらになってはまずいことをするのには最適な場所だ。ということは、相手はモンスター等の特別な存在ではなく人間なのではないか。瑞輝はそう思った瞬間、声を上げた。


「誰!? 何でこんなことを……ぐあっ!」

 瑞輝が咄嗟に頭を抱えて、頭が塀にぶつかるのを避けた。


「……くっ!」

 そこいら中に打ち付けた体は、どこもかしこも激しく痛むが、瑞輝はそんな体を無理矢理に動かして走った。どこへ向かうのか、どこへ向かっているのかは分からない。しかし、これが意思を持つ存在によるものなら、じっとしてたら、いいようにやられるだけだ。


「はぁ……はぁ……」

 良かった。どうやら捻挫や骨折はしていないようだ。痛みさえ我慢すれば走れる。瑞輝は安堵した。

「うあ……!」

 瑞輝は、突然、足をすくわれるような感触を感じた。そして、やはり次に来たのは視界の目まぐるしい揺れだ。瑞輝は今度は自分の体に何が起きたか理解出来た。体が宙に浮き、揺さぶられているのだ。そして――。


「うがっ!」

 瑞輝はアスファルトに叩きつけられながら、走る前に居た位置にまで戻された。


「やっぱり、誰か……」

 明確な意思を感じる。ここで待ち伏せした手前、ここから逃がすのは都合が悪いのだろう。一体誰が、どういった目的で、こんな事をしているのだろう。


「……!」

 ふと、瑞輝は何もない空間に、途方も無い悪意を感じた。

「何……」

 悪意があると思しき空間を、振り回されながらも、じっと目を凝らして見ているが……何かがあるようには見えない。ひょっとして、塀の向こう側に、誰かが居るのかとも思ったが、なんとなく違うと感じる。悪意は常に、瑞輝のすぐ近くに感じるからだ。


「誰……誰!?」

 少し高圧的に叫んでみる。すると、一瞬、悪意が揺れ動いた。そんな気がした。

「えっ……吉田……君……?」

 ふと、瑞輝の口から何故か吉田の名前が自然と発せられた。

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