27話「呪詛談義」

「なんつーか……どぎついわね」

 杏香が顔をしかめる。

「そうですね……あ、お茶、飲みます?」

 梓はこの重苦しい空気をどうにか軽くしたいと思い、急須を手に持った。

「頂くわ。私も気を落ち着けたい。このことが勘違いだと祈りたいけど……梓の事だから、何かしら根拠があるんでしょ? なんで人間が仕掛けてると思ったか、話してくれる?」

「はい……私の方でも色々と手掛かりを探してたんですけど、やっぱり一番大きな収穫は妖怪の里だったと思うです」

 梓がお茶をつぎながら話を進める。

「ああ、そういえば、その話、まだ詳しく聞いてなかったわね」

「はい。出来るだけ手短にお話しするです」

 梓は妖怪の里に入った事、そこで起こった色々な事を、出来るだけ簡潔に杏香に伝えた。


「へぇ、そんな事が……てか、そんな場所が本当にあるのね」

「妖怪は地域ごとに集落を作って、時にそこで暮らし、時に人里に降りてくるんだそうです。今では人間の方が個体数が圧倒的に多いので、ひっそりと暮らしている印象ですけど、昔からそうやって人間と共存してきたみたいですね。で、その集落の長がクレハという妖狐です」

「なるほどねぇ……妖怪は妖怪で、色々と事情があるわけね……会社も仕事も無いってわけでもないか……で、そのクレハってのは信用できるの? 妖狐なんでしょ?」

「ええ……クレハさんの性格から、私たちを惑わす映像を見せているのかとも思ったんですけど……長としての振る舞いから考えると、里の信頼をわざわざ貶めるようなことをするとは考えにくいです。少なくとも、長としてはちゃんと職務を全うしてるようだったです」

「梓の見た映像の信頼性は高い……か……」

「はい。そして、妖怪の仕業ではないとしたら、誰の仕業か」

「碌でもない結論に至りそうね。事件の起きた黄昏時……つまり夕方以降に、妖怪以外で活動が活発になる生き物……」


 杏香が深刻な顔をしながら、お茶を一口すすった。梓はそんな杏香の様子を見ながらこくりと頷き、話をつづけた。

「学校や仕事が終わった時間の人間……それが一番当てはまっている生き物です」

「なるほどね。学校や仕事から解放されて、自由になった人の活動時間……か……言われてみると、一番合致するじゃないの」

「ですよね……」


 梓の脳裏に瑞輝やティムの事が浮かぶ。あの二人も放課後、映画を見た後に襲われた。他の事件と同じく、夕方から夜にかけてだ。

 同じ人間がやったこと。そう思うと梓はため息をつかずにはいられなかった。


「気持ちは分かるわ。呪いだってことは、十中八九、この事件は人間によるもの。人間が誰かを呪わなければ、呪いは発動しないんだから」

「はい。人間が、ルールを満たして発動させるのが呪い……そして、無作為に不特定多数の人を選んで呪い殺しているということは……」

「愉快犯の可能性が、非常に高いわね。なんつーか……思ってたよりも、ずっと気が滅入る話だわ。警察に丸投げできるなら投げちゃいたいわね」

「ええ……でも、呪いの効果によるものとなると……」

「警察は動けない……か……あたし達よねぇ、結局」

「ですよねぇ……」

「でもまあ……警察にも働けるだけ働いてもらいましょう」

「……というと?」

「今まで警察はどうやって殺人を実行したのか、物理面を捜査してきた。犯人はどこからやってきて、どんな凶器を使って、どう殺し、どう逃げたのか……それが分からなければ、捜査範囲を絞ることができなかった。だけど、呪いのせいなら、この捜査は意味を持たない」

「ですね」

「だから犯人像を絞ることを中心に捜査するように切り替える。少なくとも、犯人は呪いに精通していて、殺人が起きた時間帯には自由な時間を過ごせる人物だってことだから。それに加えて殺人現場の位置に、何かの法則性が見出せないかも調べられるわね。呪詛の類だったら、付け入る隙はあるはずだわ」

「呪詛……」


 呪詛。呪って、また詛う。おどろおどろしい言葉だ。梓はうんざりした気持ちになった。


「ええ。ただ……警察が介入できるのは、あくまで補助的なことに限られるだろうけど」

「呪いに関係が薄いような捜査は可能ってことですね。あとは私達で、本格的に呪いの正体を突き止めて、それを除去すると……」

「連中、頭、固いから。苦労かけるわね」

「いえ、それが私の仕事ですから。呪いだと絞られて、やり易くはなりましたし」

「そういうもんなの?」

「はい、呪いには必ずルールが存在します。強力ならば、強力なほど、そのルールの縛りはきつくなるでしょう。そうなれば、そのルールを満たす過程で、どこかに手掛かりは残るはずですから」

「ルールからの考察も出来るってことね……確かに呪いだったら怪しげな仕掛けとかは、呪いが実行された場所の周辺にあるはずだけど……これだけ犯行現場を漁ってたら一人くらいそれっぽいのを見つけてもいいと思うのよね。でも、それらしい証拠は発見されなかった。だから、あたしは呪いだって線は、それほど考えてなかったんだけど……うーん……」


 杏香は唸って悩んでいる。


「呪いが成立した瞬間に消えるタイプの仕掛けなのかもしれないですね。人形、刃物、記憶媒体……呪いが発動した後も残るような証拠がでないということは、それらを使わない方法か、手元に置いておいて遠隔で発動させるタイプか……」

「そっかそんな方法もあるわけか……ん? となると、どちらにせよ、方法は相当限られてくるから……逆にそこから糸口が見つかりそうね」

「はい。いよいよ大詰めになってくるです」


 人による呪いだということは、これほどの呪いを使いこなす犯人とも、なんらかの直接対決をしなければならないということだ。

 その対決は、もう間近かもしれない。

 希望が見え、梓の心は少し軽くなった気がしたが、入れ替わりに緊張が押し寄せてくる。


「証拠が残らないタイプだと、主に刻印とか呪詞じゅしでしょうか」

「刻印だとすると、犯人は刻印を刻むために、一度現場に行かないといけないってこと?」

「そうです。ただ、証拠がこれだけ見つかっていないということは、そこから手掛かりを見つけることは難しそうですね。何かに傷をつけて刻印を刻むタイプの場合、傷が証拠として残ってしまうわけで、さすがにこれまでに発見されないのは不自然です。なので、恐らく違うタイプ。何かに傷を付けずに刻印を書くタイプの線が濃厚ですね。直接書くにしろ、紙に書いて貼り付けるにしろ、燃えカスなどの痕跡が僅かに残ったりするですが……燃え方も呪いによって千差万別ですからね。大きな炎だったら燃えた形跡も残るかもしれないですけど、小さな炎だったら、それも無いです。その燃えカスも風で飛ばされたりしたら分からなくなるので、刻印による呪いなら、書くタイプの可能性が一番高いと思うです」

「となると、証拠は風で飛ばされた燃えカス……死亡推定時刻のちょい前から発見までの時間に風が吹いてるかどうかってところね。そこらへんからも何かが分かりそうだけど……呪詞はどうなの?」

「呪詞は考えにくいですね。本人に直接聞かせるとなると、殺人が起きた時刻にターゲットの近くに居ないといけない。普通の犯罪と同じくらいアリバイが証明されやすいです」

「つまり、警察が何の証拠も掴めないでいる今の状況だと、可能性は低いと」

「そういうことです。ただ……他の手段も含めて遠隔でやったとすると……」

「犯人に近寄るリスクは無くせるわね」

「はい。でも、やっぱりある程度犯人の近くに近づかないといけなかったり、犯人に何かしらの物……つまり、ターゲットだと分かるシンボルを持たせたりしないといけなかったりします」

「バレるリスクは意外と大きいわけね。ターゲットの持ち物は……調べなくてもいいか」

「ですね、不特定多数をターゲットにしている以上、その方法を使う意味は無いですし」

「そうね。辻褄の合わない持ち物を調べるのは、警察だってやってるだろうし」

「はい。あと大きく可能性を絞ることができるのは……呪いのルールを解析することですね。例えば代償の大きさとかでしょうか。リスクが小さければ小さいほど、自分が失う物は大きくなるというのは、呪いの基本的なルールですし」

「まあ……理には適ってるわね。より強力な呪いには、より強力な代償が必要になる……か……」

「はい。そして今回の場合、連続殺人です」

「つまり、犯人は相当な回数、呪いのルールに応じた代償を払っているってことね。となれば、強力な呪いなんて使えない」

「はい。先に本人が死んじゃうですからね」

「なるほどね」

「ただ……団体が行っているとなると話は別ですけど」

「団体か……え……それって……つまり」

「被害者の何人かは、その団体の人間ってことになるです」

「おおごとよ、それ。思ってたよりずっと。それってつまり、組織的なテロ……!」


 杏香の顔が、途端に険しくなる。


「考えたくはないですけど……」

「ええ……でも、あたしが考えるに、可能性は低そうだけどね。それなら被害者がこの程度だと、むしろ少な過ぎる」

「ああー、確かに、言われてみるとそうですね。少しホッとしたかも」

「無視はできないけどね。でも、愉快犯だと考えれば、この中途半端さにも納得がいくでしょ」

「そうですね……」


 組織的犯行にせよ、愉快犯にせよ、梓のどんよりと暗い気持ちは晴れない。この犯行には人の業が深く関わっているに違いない。梓はそんな雰囲気を肌に感じ、背筋を凍らせた。

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