26話「呪いを用いた大量殺人」

「はぁ……」

 梓は顔をコタツの上に擦りつけながら、ため息を漏らした。手はコタツの上にだらりと投げ出されていて、巫女服は少しはだけている。

「大丈夫か、梓や」

「丿卜さん……なんだか、気が滅入りますね」


 梓が顔をコタツの上に突っ伏したまま、もごもごと喋る。

「うん?」

「うー……」

 梓が、コタツの上にずっと突っ伏していた顔を、ようやくゆっくりと起こした。


「連続殺人犯の手によって、ティムちゃんだけじゃなく、杉村さんまで……しかも、瑞輝さんが居なかったら、被害者はもっと増えていた。瑞輝さんが魔法でティムちゃんを守らなければ、今頃はティムちゃんも亡くなっていたかもしれない……」

「ふむぅ……」

「それに、杉村さんの霊……」


 あのショッキングな光景は、梓の脳裏にいつまでも焼き付いている。梓が殺人現場の近くに着いた時、梓は今まで以上に異様な雰囲気を、その現場の周囲から感じていた。それは今までとは質の違ったもので、梓はその雰囲気を感じ取った時から慎重に足を進めたのだが……。

 その雰囲気の原因は杉村だったのだ。霊となった杉村が、自身が殺害された殺人現場で暴れていた。


「ああ、あやつの霊は残っておったな。相当に口惜しかったのだろうな」

「でしょうね……それにしても、あんな姿で……」

「うむ。しかし、杉村の霊は何も言わなんだ。ただ何やら叫んでいるだけで……梓?」

「杉村さんは、口惜しさと怒りで満たされて……首を切られた苦痛を感じながら怨霊になりかけていました」


 そう、殺人現場を支配していたのは杉村の口惜しさだった。その怒りや悲しみの入り混じった慟哭は梓の感情に強烈に働きかけ、梓はその場で立ちすくんで耳を覆い、暫く動けなかった。梓は十七歳ではあるが、その経験は並の霊能者とは比較にならない。除霊に関しては、今まで様々な霊を見聞きし、祓ってきたスペシャリストだ。そんな梓が杉村の霊が発する憤り、嘆き、そして無念さに圧倒され、暫く動けなかった。それほどまでに杉村の、この事件に対する執念が凄まじかったのだ。


「ああ。だから、さっさと送ってしまったのであったな」

「はい……あれではあまりに悲惨でしたから。杉村さん……死に際に必死に残した手掛かり、無駄にはしないです」

 杉村の、この事件を解決しようという思いは怨霊になりかけるほどに凄まじいという事を、梓は杉村の霊を通して感じてしまった。

「無論だ。頭は固うて憎らしき輩であったが、それだけに志は立派であった。この男の無念、晴らせてくれようぞ!」

「いいですね、丿卜さんは。メンタル強くて……」


 それは梓にとっての励みにもなったが、同時に強い重圧になっていた。それは殺人現場の強烈な光景と相まって梓の精神を蝕んでいる。そのせいで、梓は最近、よく眠れていない。

「私なんて……はぁ……なんかもう、耐えられないです……」

 梓はその精神の病みの原因を自覚している。が、自覚しているからといって気が休まるものでもない。むしろ、あの殺人現場が頻繁にフラッシュバックしてきて気が狂いそうだ。

 梓はまたコタツに頭を突っ伏そうと思ったが、鳴り響くチャイムがそれを止めた。

「あら……お客さんでしょうか。あまり重い依頼じゃないといいんですけど……」

 梓は、場合によっては依頼を断ろうとも思いつつ、玄関へと歩いていった。


「あ、梓ー!」

「ああ、杏香さんでしたか」

「よっ! ……どしたの? なんかやつれてない? 目も赤いし……」

「ええ……ちょっと気分が滅入ってて……」

「そっか……まあ……気持ちは分かるわ。杉村のことは残念だったし……お友達も巻き込まれたんだって?」

「そうなんです。不幸って重なるものですね」

「気の毒に……じゃ、出直そっかな、梓の気分が落ち着いたら電話してよ」

「あ、いいですよ。そんな大げさなことしなくても」

「そう? だいぶ参ってるように見えるから……」

「参ってないっていったら嘘になるですけど、そんなこと、いってられないですから。さ、上がってください」

「うん……無理しなくていいのよ?」

「無理なんてしてないですよ。さ、上がって奥で話すです」

「そう? じゃあ……お邪魔します」


 梓は杏香を引き連れて、さっきの部屋に戻った。梓は部屋に入るなり、杏香にコタツの対面を進め、杏香がそこに座ると自分も杏香の対面に座った。

「あ、コタツはついてないのね……って、この暑い時期につけるわけないか」

「そりゃまあ、まだまだ暑いですから」

「そういえば、いつも置いてあるわね。てか、片づけないの? コタツ」

「掘りごたつだから、片づけないですよ。足も延ばせるし、テーブル代わりにいいでしょ?」

「確かにね。さて、本題に入るけど……今回、他とちょっと変わったところがあったの。それがどういう意味を持つのかは、まだ分からないけど」

「変わった箇所はあったけど、証拠としての価値はまだ無いってことですね」

「ええ。証拠というにはちょっと弱いけど……解析次第ね」

「そうなんですか。何があったんです?」

「杉村の手の平なんだけどね」

「杉村さんですか……」


 杉村さんの執念が、この事件を解決するための数少ない証拠に繋がった。梓はそう思わずにはいられなかった。

「妙な傷があったの」

 杏香がポケットから写真を取り出して、梓に見せた。

「これは……かなり深いです。骨まで達していても不思議じゃないですね」

 杉村の手には、深い傷がいくつもあった。

「しかも、かなり鋭利なもので切り裂かれてるです」

 まるで鋭いナイフで切り裂かれたような傷だ。

「たまたま怪我しただけでは、こんなに沢山の傷は出来ないでしょうね」

 手の平には細くて、深くて、鋭い。そんな傷がいくつも出来ることは、偶然とは考えにくい。


「ええ。だから、例の怪物にやられたのかもって。ただ、それだと他の殺人には無い理由が説明できないわ」

「ええ。そうですね……って、杏香さん、怪物って言い切るんですね」

「最近の新たな情報を見聞きしてね、もう人間の出来る範囲は越えてるかなって」

「だから、怪物ですか」

「容姿もそうらしいしね。そう呼んだ方がしっくりくるのよ」

「そうですか。でも……」

「でも?」

「私の気が滅入ってる原因の一つなんですけどね」

「杉村の事?」

「いえ……もっと別の事も悩みの種なんです。この事件、人間が起こしてる可能性が高いということが……」

「人間が……?」

「はい。不特定多数の人がやられてるわけですから、呪いの類ではない可能性が高いんですが……いえ、高かったんです」

「高かった……つまり、呪いだと?」

「はい……」


 杏香は梓の僅かな表情の変化を読み取った。梓は苦虫を噛み潰したような気持ちでいる。

「考えたくなかったですけど、これは人による、呪いを用いた大量殺人です」

「梓……」

 梓が意を決して口に出した言葉をきっかけに、部屋を重苦しい空気が支配し始めた。

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