8話「異世界でバトルドレスを着て魔法を練習」

「母なる光の力よ、我が前に集い敵を燃やし尽くせ……ホーリーフレア!」

「母なる光の力よ、我が前に集い敵を燃やし尽くせ……ホーリーフレア!」


 瑞輝とエミナは同時にホーリーフレアを唱えた。

 ホーリーフレアは二人の前方に飛んでいくと、河原に転がっている石を吹き飛ばし、焦がした。

 あちらの世界では桃井ももい瑞輝みずきとして過ごしている瑞輝の桃色の髪と、エミナの栗色の髪が、ホーリーフレアの衝撃で発生した風になびき、乱れる。

 同時に、二人の服も、風になびいてヒラヒラと舞っている。

 瑞輝もエミナも、こうやって魔法の練習をしている時は、バトルドレスといわれる、主に魔法使い用の服装をしている。

 バトルドレスはその名の通り、戦闘用のドレスだ。魔力を纏った装備であり、また、普通のドレスよりも動きやすく、また、肌に精霊力を取り込みやすいいように、スカートの丈は短く、袖も短くなっている。オフショルダーの場合も多い。

 同じグレードの金属の甲冑に比べると防御力は落ちるが、オリハルコンの鎧と同等の防御力のバトルドレスも存在する。

 また、魔法防御においては金属の甲冑よりも優れていて、重量も軽い。そのため魔法を使わない人も、スピード重視の装備として用いることもある。

 実用性以外の面でもバトルドレスの方を選ぶ人は多い。武骨な甲冑よりも、バトルドレスの方がかわいいし綺麗だ。

 ドレスに似た風貌ながら、カラフルなボタン、色々な宝石、リボンにおいても、蝶結びは勿論、長いリボンをそのまま垂らすように仕立てている装飾もあり、多種多様だ。

 そのため、女性は特に、バトルドレスを好む傾向にあるのだ。エミナや瑞輝も、その例に漏れない。


「わ……一つ上位のを唱えただけでも、結構持ってかれるなー」

 瑞輝は驚いた。いや、以前の状態が異常なのだろうが、自分の中の、かなりの魔力が消費されている。乱発はできなさそうだ。

「うん。でも、これが普通なんだよ。龍の加護を受けた状態なんて、相当熟練した魔法使いでもなれないよ」


 瑞輝は過去に龍の加護を受けて、強大な相手と戦った事がある。その時は、最高位の魔法だって使えたのだが……その時の力は、主に龍の加護の影響があったからこそ発揮できた。つまり、神様のような力を持ったドラゴンに、能力上昇の補助をされなければ出せないものだ。加えて、その戦いの影響によって魔力は失いかけ、今も完全には回復していない。魔力の喪失は、エミナの方が酷かったのだが……。さすがはエミナさんだと、瑞輝は感心した。

 感心する瑞輝をよそに、エミナは、割とけろっとしている。瑞輝よりも沢山の魔力を失ったのに、もうこれほど力を取り戻しているということだ。


「そっかぁ、そうだよねぇ」

 瑞輝は魔力を喪失したことを少し勿体無かったと思ったが、すぐに考え直した。あの時はあれしか選択肢が無かったのだから仕方がない。死ぬよりはマシだ。背に腹はかえられない。


「エミナさんは、これで本調子なの?」

「うーん……瑞輝ちゃんと初めて会う以前と同じくらいか、少し劣るくらいかな。でも、多分、こうやって感触を取り戻していけば、龍の加護無しの状態くらいにはなれると思う」

「そうなんだ、エミナさんは、前からこんなに魔法を使えたのかぁ」

 あの時は分からなかったが、こうやって練習して、龍の加護や強力なバトルドレス無しの状態で魔法を多用してみると、エミナさんの魔法の資質は、さすが勇者のそれだ。瑞輝は感嘆している。


「魔力も殆ど空っぽになっちゃったし、そろそろ終わりにしようか」

「そうだね。あー、疲れた」


 二人は川から少し離れ、落鳳樹らくほうじゅの木の下で休むことにした。

「よっこいしょ……ああー、たまに体を動かすと疲れるなぁ」


 瑞輝は最近、土日にたまに、こういった魔法の練習をするようになったが、それ以外の時はほぼ体を動かしていない。そのせいか、今日のように魔法の練習をすると、翌日筋肉痛が酷い。

「でも、気持ちいい」

 体を撫でる爽やかな風が気持ちいい。この辺りまで来ると草も生えていて、天然の絨毯になって柔らかく体を包み込んでくれて、それも心地よい。


「葉が色づいてきたわ」

「あ、ほんとだね、これが真っ赤になるのかぁ」


 ミズキは、エミナがこの間、教えてくれたことを思い出した。この木は落鳳樹。落鳳樹の葉は日が経つごとに赤く色づき、やがて真っ赤になっていく。そして、その葉は真っ赤なまま散るのだ。

 葉を付けているうちは、まるで木が燃えているように見える落鳳樹だが、徐々に葉が落ちて、やがて落ちきった後には落鳳樹の根元が、一面燃えている光景に変わる。そして、やがて落鳳樹は次の葉を付け、それほど特徴の無い木に変わる。こうやって三度楽しめるのが落鳳樹だ。


「そういえば、エミナさんの世界にも紅葉ってあるんだね」

「紅葉?」

「そう。赤いベニに、木の葉のハって書いて紅葉」

 この世界、少なくともこの地方には春夏秋冬は無いが、落鳳樹のように、紅葉と同じような楽しみ方があるのは、どこか不思議な気分だ。


「へえ、名前からすると、落鳳樹の同じ感じなのかな? なんか、不思議」

 エミナも同じらしい。奇妙な一致は、人を不思議な気分にさせるのか。


「落鳳樹ほど派手じゃないけど、赤だったり黄色だったりに葉っぱの色が変わってね、それも綺麗なんだ」

 落鳳樹は、現代技術でいうところの写真にあたる魔法雑貨を介して見たことがあるが、本当に燃えているような赤だった。蛍光色のペンキでも塗ってあるのかと思うほどだ。

「黄色もあるんだ、面白いね、それ。赤と、黄色と、緑と、茶色と、四色もあるってことかぁ」

「茶色?」

「そ、枯れ葉の色だよ」

「ああ、そうか」

 そういえば、そうだ。瑞輝の頭の中では枯れ葉は除外されていたが、よくよく考えてみると枯れ葉の色も加えると四色になって、なんだかお得だ。

 違う世界なので当然かもしれないが、不意に瑞輝の感覚を否定されて、ふと、物事の根本から考え直すことができる。エミナと会いたいというのが、この世界に頻繁に行き来する一番の目的には違いないが、他にもそういう感覚を味わえるのも、ここの面白い所だ。


「あ、そうだ。ところでさ……」

 瑞輝はポケットから、エミナへのプレゼント用に買った、ウサギのガラス細工が入った袋を取り出した。その袋の中から更にガラス細工の本体を取り出す。

「これ、あっちの世界で買ったんだ」

「わ……かわいいー!」

 エミナが、ガラス細工に顔を寄せてまじまじと見始めた。

「ネックレスもあるんだよ」

 瑞輝は袋から更に、ウサギのガラス細工に紺色のヒモを付けたネックレスを取り出した。

「へぇ、そっちもいいね。尻尾の部分にヒモが付いてるんだ」

「ああ……そうかも」

 ウサギの後ろに平べったい部分があって、そこの穴にヒモが通されている。見かたによっては、確かに尻尾にも見える。

「白くて透き通ってて綺麗……赤い目も可愛いね。くりっとしてて」

 表面は透明だが、中心部は薄い白で色づけられている。目は、くりっとしているというか、点なのだが、赤いガラスが癒着されている。耳は楕円系の緑色のガラスだ。……緑色?

「かわいい雪ウサギだね、ありがとね」

「うん……雪ウサギだね、これ」

 これも今まで気付かなかったが……まあ、普通のウサギと大して変わらないだろう。こっちの方がかえってマスコット的にデフォルメされていていいかもしれない。

「ガラス細工、選んでよかったかも」


 エミナは、ネックレスの部分を持ってぶら下げながら、いろんな角度から覗き込んで見ている。結構、気に入っている様子だ。そういえば、これを買う帰りに、ばったりと駿一たちと出会った。瑞輝が、ついこの間のことを思い出す。正直、あっちの世界に帰って暫くは、あの時の幻を……駿一に責められ、殴られる幻を思い出して、ちょっと怖かったが……時が経つにつれて、それにも慣れた。

 エルダードラゴンが分析するには、幻は瑞輝の心の底の負の感情が見せたものらしい。瑞輝の正の感情と負の感情を巧みに刺激し、心を闇の側へと追い落とす罠だったのだそうだ。だとするならば、結局、駿一は変わっていないということだ。だったら、瑞輝の方が自然でいなければ、駿一に余計な気を使わせてしまうことになりかねない。

 気を付けないと……。瑞輝は心に決めた。


「……ミズキちゃん?」

「あ、うん?」

「ぼーっとしてた?」

「ああ……うん、ちょっと」

 瑞輝は駿一の事を考えていたので、エミナの声が聞こえていなかった。

「で、どうなの?」

「どうなのって……ごめん、そこから聞いてなかったみたい」

「これの値段、高かったんじゃないの?」

「ああ……心配ないよ。ガラスだし、そんなに高くなかったから」

「そう? ならいいけど」

 こうやって和やかに過ごせる時間。そして、あちらでの事も見つめ直せる時間。大切にしたいものだ。

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