巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

1話「呪詛連続殺人事件のはじまり」

「なんだこれは……?」

 目の前に居る、この化け物は何だ?

「……」

 私を見据えている。あまりの威圧感に足が竦む。

 こんな生物、存在するのか。それとも誰かのいたずらか。

 だとしたら着ぐるみか、それともホログラムのような投射機なのか。

 ……しかし、見れば見るほど奇妙だ。二足歩行だが、人間ではなさそうだ。いや、それどころか生物なのかも分からない。


「……!?」

 今、化け物が一歩踏み出したような気がした。

 下半身は、ボロボロのマントで包んであるので足は見えないが、そんな気がしたのだ。

「ああ……」

 なんということだ。あれはなにか良くないものに違いない。私の直感が、そう告げた。

 あの存在から離れよう。そう思って踵を返した時だ。

「うわあっ!」

 私の目の前に、身長二百センチはありそうな、大柄な人物が立ち塞がった。……そう、あの化け物は、いつの間にか私の目の前に居て、立ちはだかっている。

「だ……誰かぁぁ!」


 私はまた踵を返して走り出した。今度は先回りはされなかった。

 ふと、後ろを向くと、化け物がどんどん遠ざかっていく様子が見えた。

 良かった、逃げられる。そう思った瞬間だった。化け物は、空中を滑るように体をスライドさせて、凄いスピードでこちらへと向かってきた。

そして、手に持った鎌を……あろうことか、私に向かって振りかざした。

「や……やめ……!」


首に激痛が走り、目には鮮血が映る。私の血だ。わた――しは――。






「フン……フフフン……フン……」

 あずさは自宅でお茶出しの準備をしている。自宅といっても、梓の自宅は神社なので、梓は巫女服を着ている。

 巫女服は、梓の稼業であるオカルト便利屋のユニフォームのようになっているので、梓はほぼ一日中、赤と白の巫女服を身に着けているのだ。


「うん!」

 お盆の上には二つの小皿がある。それぞれの小皿の上には、カットした梨と二股のフォークが置いてある。茶碗も二つあり、その中には、ちゃんとお茶っ葉が入れてある。お湯の入ったポットは縁側に置いてあるので、持っていかなくても大丈夫だ。準備完了である。

 梓はお盆を持つと、杏香が居る縁側へと向かった。

 縁側には、外から差し込む日差しで髪が一層オレンジ色に見えている杏香きょうかの姿があった。


「お茶、入りましたよ」

「あ、悪いわね」

 杏香の髪は、風になびいてさらさらと揺らめいている。髪質はさらさらで、綺麗なウェーブの髪だ。オレンジ色に見える髪は、太陽の光に当たって、更にオレンジ色っぽく見える。

 梓は常々、その髪がどうしてこんな色なのか、不思議に思っているが……杏香本人が言うことには、生まれつきの地毛なのだそうだ。


「よいしょ」

 梓は杏香の隣に座って、お茶を入れた。

 そして、杏香と一緒に一口お茶を飲むと、本題に入った。

「それにしても死神とは、物々しいですね……」

 杏香は今日、梓へ仕事の依頼をするために来たらしい。最近、死神のような風貌の何者かによる連続殺人が行われているということだ。


「そう。警察はそう呼んでいるわ。被害者の連れが悲鳴を聞き付けると、そこにはたった今首を跳ねられた被害者と……」

「死神のような化け物ですか……」

「ええ……目撃証言は少ないし、いずれも去り際の一瞬を見ただけだから、それくらいしか手掛かりが無いけど……あと、これ」

「これは……」


 写真には、被害者の手が映っている。手の下には血だまりがあり、被害者の手は血だまりの外を指さしている。その指の先にはアルファベット「GO」と書かれている。

 この様子からすると、被害者が死に際に描いたものだろう。


「ダイイングメッセージともとれるみたいだけど、本当のところは分からないわね」

「死人に口無しですか……」

「そういうこと」

「文字は、筆記体みたいですね」

 文字はかなり乱れていて読みにくいが、なんとか読み取れる。死に際に急いで書いた様子がまざまざと現れている。

「ええ。急いで何かを伝えたかったのか、それとも単なる気まぐれか……若しくは、文字ではない何かか……」

「うーん……いずれにしても、なんともいえないですね。大部分は血で分からなくなってるし」

 GOのすぐ隣には血だまりができている。もしかすると、GOは何かの一部だとも考えられる。


「ええ。首を跳ねられてるから出血もかなりの量になってるわ。死に際に何か書いた事は間違いないんでしょうけど……大部分はそれに掻き消されてしまってる」

「と言うことは、他にもメッセージを残そうとした人が居た可能性はあるってことですか」

「そうだけど……書いたのも本人の血で塗り潰したのも本人の血じゃ、判別できないわ。梓は霊気とか、読めるんでしょ? 何か手掛かりは掴めないかしら」

「難しいですね。霊体は、余程の強い気持ちがない限りは、現世に残ることもないですから……ところで、本当に殺人事件という線は無いんですか?」

「いえ、無くもないわ。ただ、可能性は低いって。まあ……言い換えれば証拠が見つからないって事なんだけど……。鎌のようなもので切られたってのとか、微妙にだけど、殺人の周期のようなものが読み取れるってのはあるんだけどね。どちらも核心に至る証拠が全然出ないらしいの。警察ではお手上げな事件らしくて、あたしの所に舞い込んできたんだけどね、あたしが考えるに、心霊とか、呪術の類いとか……怪異系の事件かと思ってさ」

「うーん……少なくとも、不特定多数の人がやられてるわけですよね。となると、呪いの類という線は薄くなるですけど……かといって、心霊事件にしても、霊の目的が読めないですし……」

「この間みたいに、ひとりかくれんぼとかの心霊遊びのせいってことはないの?」

 梓は暫し考えた。こっくりさんや、ひとりかくれんぼに代表される心霊遊びは、確かに、一歩間違うと危険な霊を降霊させたり、誰かが取り憑かれてしまったりする危険があって、実際、事故も起きている。


「心霊遊びの間違いで、これほどの大人数が被害に遭うという事もあり得はしますけど……考えづらいですね。それだったら、呪いの方も考えられます。呪いの類も暴発すると、思いもよらない事が起こりますからね。心霊面でも呪いの面でも考えられないこともないですが、でも……」

「でも?」

「人間に出来ない犯行でもないです。首を切ってまわる連続殺人犯なんて、やっぱり考えづらいですけどね」

「うん……だから、警察も最初は捜査してたんだけどね。でも、捜査は難航してて、このままじゃ迷宮入りしそうだって。まあ、だからあたしの所に話が来たんだけどね」

「なるほど」

「難航してる原因は、一つは切断部が鋭すぎる事。刃物と、それを扱う人、どっちも相当、質が高くてね、とても人間業とは思えないって」

「なるほど……そんな事ができる人は限られてますね」

「ええ。状況証拠から見当がつく範囲の人には、そういった人は居ないし……で、もう一つ。証拠があまりにも残されていないって事」

「証拠ですか」

「凶器とか、指紋とか……DNA鑑定に使えるような類のものも、一切残されていないの」

「そうですか……でも、逆に言えば、質の高い刃物を持っていて、刃物を使う腕もあり、証拠を残さないくらい用意周到な人が居れば、霊能や呪術関係ではないって事ですね」

「ええ。ほぼ不可能だけど」

「んー……今回は色々と絞れないですね。他に何か証拠はないんですか?」

「そうね……どっちも証拠とはいえないような事だけど……少しだけ法則性があるの」

「法則性?」

「殺人は必ず二人づつ、近い期間に行われているの。場合によっては、短い期間に連続で四人なんてこともあるけど……それがどうしてなのかは、ちょっと分からないけどね。犯人の拘りなのか、止むに止まれぬ事情があるのか……。それから、夕方以降に集中して行われているってことかな。だけど、やっぱり、それが分かったところで何の手掛かりにもならないんだけどね」

「んー……それはむしろ、犯人を絞り込むために、警察側に有用な情報に見えますけど……それが分かったからって特には手掛かりにはならないってことですか」

「そ。どっちも犯人を絞るには荒い情報なのよ。今回は、犯行の動機も見えないから、その分容疑者の母数も多いし……決定的な証拠も見つかってないしね」

「なるほど……だから、普通の犯罪じゃなく、人間以外が起こした事だと……」

「そ。正確に言えば、人間以外か、それに準ずる……人間離れした力を持つ人間ね。だから、役割分担きっちりして捜査しようかと思って」

「ほーほー」

「警察は物理的に、梓は心霊的に、あたしはまあ……その他とか、その間とかってところね」

「結局、いつもの役割分担じゃないですか」

「そう言われると、そうかも」

「まあ、そこはいいでしょう。うーんー……てことは、まずは私も現場に行く必要がありますね」

「それがいいかもね。写真や資料だけじゃ分からない事とかもあるだろうし」

「じゃ……お昼を食べたら行ってみましょうか。ね、丿卜へつうらさん」

「御意だ梓。心霊が関係せぬのなら、某が役立てるかわ分からぬがな」

 丿卜が答えた。勿論、杏香には聞こえていない。丿卜は、梓に憑いた背後霊だからだ。


「あ、丿卜さん、近くに居るんだ」

「はい。時々ふらっとどこかに行くですけど、基本的に背後霊なので」

「なるほどねー、こんにちは、丿卜さん」

 杏香がきょろきょろしながら丿卜を呼ぶ。丿卜が見えないので、周り全体に対して顔を向けているのだろう。

 ここらへんの、いい加減だか律儀だか分からないところが、いかにも杏香っぽい。

「む、こんにちはで御座る。相も変わらず達者なようで、何よりに御座る」

「む、こんにちはで御座る。相も変わらず達者なようで、何よりに御座る。ですって」

 梓がそのまま杏香に伝える。声もちょっと低くして似せてみた。

「相変わらずもののふねー。毎度毎度、好奇心そそられるわ。……さて、じゃ、あたしはこれで。あたしはあたして、色々と調べたいこともあるしね」

「そうですか、じゃ、私達も準備しましょうかね」

「うむ。そうしよう」

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