45 邪教徒の陣地に潜入するミッション

 船坂たちは急ぐ必要があった。

 邪神教団に囚われの身となった女性の存在と、チルチル村に邪教徒の偵察部隊が現れたという事実である。

 どちらも見過ごせば手遅れになる事は間違いない。


 まだ生きているとは言っても、どうやら生贄の女性は憔悴しきっているらしく体力的に限界がある可能性があった。

 それに、チルチル村も偵察部隊を撃退した事実が発覚すればより強力な軍勢が差し向けられる可能性がある。


「その両方を一挙に解決する方法は、邪教徒どもが大混乱に陥る攻撃をこちらから仕掛ける必要があるだろう」


 シルビアは、その場に集まった一同の顔を見回す様にして淡々と事実を述べた。

 白馬美従に囲まれたコーソンサーは黙って長耳を傾けているし、船坂の戦闘服の袖をギュっと握ったようじょも、熱心にコクコクと頷いて見せる。

 レムリルも自分でその点を目撃してきただけに、事の重大さを理解しているのか真剣そのものだ。


「であるならば、ただちに行動を起こす必要があるが、奇襲は効果的に行わなければならない。われわれ遊撃部隊の戦力が限られている以上は、できる手段も限られているという事になるが」

「具体的にはどういう風にシルビアは考えているのだ。まあ、俺の白馬美従は倍する敵でも恐れを知らないレディたちだがな?」

「フン、陽動作戦で敵の注意を引き付けている間に、本陣に接近してその邪教徒の生贄となっている女を救い出すしかないだろう」

「言うは易しだが、それは誰がやるのだ」


 貴族軍人のふたり、シルビアとコーソンサーが軍事的な見地から可能性を探りはじめる。

 魔法も使える美少女軽騎兵を陽動に利用するというのは船坂にもよく理解できた。

 騎兵の攪乱戦術とチルチル猟兵の伏兵で、一時的に数倍の敵を翻弄する事はまったく難しい事ではない。


「ただしそれが可能なのは相互の連携と、後は敵に包囲されないという大前提があっての事だぞ。全滅覚悟で敵に命がけの突撃チャージをしろと命じられるのは拒否する」

「そんな事はわかってる! 派手な攻撃をするだけなら、ぐれねぇどらんちゃぁ、を最初に使えば敵の注意を引き付けられるから、そこに突撃を敢行して一気に敵をかく乱するという方法はありのはずだ。おい筋肉モリモリ、強力な女神様の祝福を受けた武器は――」


 美中年に指摘されて憤慨しつつ困り顔を浮かべたシルビアが、船坂に助けを求めようとしたところ、


「コーソンサーさまをお守りするのであれば、命は惜しくありません!」

「コーソンサーさまのご命令なら当然です!」

「やる気満々、です!」

「それでいいと思いますっ」


 白馬美従の取り巻きが、会話を遮る様にやる気満々の合唱をはじめたではないか。

 美少女たちに絶対服従と命令順守を誓わせている美中年。

 ちょっと羨ましい様な、メロメロ具合がやり過ぎに感じる様な。

 そんなない交ぜになった感情が船坂の中に発露して、直後にシルビアと顔を見合わせた。


「何だ、羨ましいのか」

「べ、別に。俺は仲間と対等な信頼関係ができたほうが幸せだし。たまには喧嘩するのもオプションで希望します。その後の仲直りイベントが重要なのであって……」

「わけのわからない事を言うなッ。強力な攻撃で敵を大混乱にさえできれば、生贄を助け出す事も難しくないのだが」


 シルビアの言葉を聞いて、チート級の現代兵器の中で何か該当するものが無いかと船坂は思案した。


 単純にその時に思い浮かんだのは、このファンタジー世界に船坂が放り出されて直後に使ったエンジェルドラゴンの存在である。

 ガンシップと呼ばれる火力支援機は、戦術輸送航空機C-130をベースに強力な大砲や機関砲を装備した空飛ぶ化け物である。


 無線で呼びかければ攻撃の支援要請が出来るのか?

 船坂は試しに無線機のスイッチを入れて、呼びかけてみる事にした。

 コールサインはゲーム内で設定された、タクスフォース・ジャンキー04だ。


「タクスフォース・ジャンキー04より、エンジェルドラゴン。タクスフォース・ジャンキーだ、エンジェルドラゴン聞こえるか?」

『…………』


 何も聞こえない、ただの空音が響いているだけの様だ。


「駄目だな。切り札になえりえるものはひとつあるが、肝心の助っ人が返事をしない」

「ままならんものだ。エンジェルドラゴンと言うと、貴様の話していたドラゴンを倒したという伝説の武器なのか」

「そうなんだが、強力な攻撃力と引き換えに、使用制限もゲーム設定にあったからな。今の俺にもそれが引き継がれているのかも知れない……」


 もしかするとピンチになると自動的に助けに入ってくるれるのかも知れない。

 しかし今はそれを確認する事も出来ないので、言葉を続ける事にした。


「俺のM-4カービンも置いて行けば、レムリルとシルビア、俺ので三つを同時に使って派手な一撃を使う事ができるはずだ」

「敵も第魔法使いによる攻撃と勘違いする必要があるな。よしそれで囮役は可能だ」

「それで人質の救出は誰がやるんだ? 囮役はチルチル猟兵ときみたち、混乱の拡大は白馬美従のみなさんとなると、残るのは俺とレムリルぐらいしかいないのだが……」

「さすがにわたしひとりでは、生贄のひとを救出するのはむずかしいでしょうねー」


 その場にいた全員が視線を泳がせた。

 もっとも危険度の高い任務であり、失敗すれば殺される事は間違いなしだ。

 シルビアは剣術に関しては自信を持っているので、いざ斬り結ぶとなれば果敢に戦うだろう。

 コーソンサー卿と白馬美従も、騎兵戦闘なら間違いなく後れを取らない。


「しかしひたすら戦闘と侵入救出任務は、似て非なるものだからな」


 ぽかんとした顔で船坂を見上げている狐耳少女のレムリルは、それができる技能をデフォルトでもっている。

 ただし見つかれば後がないという立場である以上、無茶な事をさせるわけにもいかない。


 全員の視線が自分に集まっている事に気が付いた船坂である。


「ならば貴様の出番ではないか筋肉モリモリ」

「や、やっぱりそうなるか……」

「女神様の祝福を受けているし、生贄として捕まっているのは同郷の者だろう。例の切り札のエンジェル何とかというのがイザという時に使えば、危機的状況でも助かるかもしれない」

「わかった、じゃあレムリルやユーリャたちの支援を受けながら、侵入する事にする」


 絞り出す様に船坂がそう答えると、狐耳少女とようじょが元気に返事をした。


「コウタロウさまをサポートすればいいんですねー。任せて下さい!」

「ユーリャ、頑張り、ます!」


     ◆


 船坂弘太郎は、ありったけの手榴弾を体に装備していた。

 それだけではなくありったけの予備武器や弾薬も無理やり体中に括り付けている。

 太陽が西に沈む時間になってから、単身で林の中から邪教徒の陣地へと少しずつ近付いているところだ。

 完全に空が暗くなったところで、杭を潜り抜けて敵陣地へと侵入を果たした。


『コウタロウさま、そのテントの右あたりに邪教徒のひとがいますよー。今ちょうど夜の祈りを捧げているので、今のうちに背後を移動してくださいっ』


 ヘッドセットから聞こえるのはレムリルの指示だた。

 少し離れた場所から双眼鏡を使って、船坂の侵入ルートをサポートしているのだ。

 夜明け前の白馬美従による攻勢を行う前に、できるだけ人質のいる場所に近づく必要があったからだ。


 対する返事は、コツコツとヘッドセットのマイクを二度叩く事。

 大きな声で回答するわけにはいかないので、船坂は侵入前の取り決めでそうする事にしていた。

 双眼鏡を覗き込んでいるレムリルの隣には、船坂のレミントン狙撃銃を預けているユーリャが、銃口をこちらに向けて、いざという時の支援射撃に備えているだろう。


『あ、そこで止まってください。草むらの中に隠れてッ!』

「?!」


 船坂は言われるままに地を這ってテントの陰に引っ込む。

 草むらの中に背中を預ける様に倒れて敵の気配をやり過ごそうとしていると、ガサガサと邪教徒の女らしき人物が姿を現したのである。


「まったく。おしっこぐらいゆっくりひとりでさせてくれというのに! わらわはひとりになりたいのだ……」


 少し幼さが残る様な女の声がみるみる近づいてくる。

 何が始まるのかと思えば、少女は眼の前でローブをつまみ上げて船坂のすぐ側でしゃがみ込んだのである。


 船坂幸太郎、ナイトビジョンを発動中の童貞である。

 この男、仰向けになってよく見える体制で、つるつるのゆで卵の様なの少女のお尻を、アイボールセンサーで激写したのである。


「引っ付き虫の様にわらわのそばを離れん信徒どもには、うんざりだ。嗚呼、可哀想なわらわ。だれか白馬に乗った天使さまが、わらわを助けに来てくださらんかな?」

「ぷぎゃ」


 白馬の天使さまというフレーズに、ついつい船坂は吹き出しそうになった。

 その距離はおよそ一メートルにも満たないのだ。

 笑いをこらえきれなければ、絶体絶命のピンチである!


「だ、誰だ! そこに誰かおるのか!」

「どっどうもー天使で~すッ」


 船坂は咄嗟の言い訳をした。

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