44 特定異世界拉致被害者

「コウタロウさまぁ、敵の本陣はあの林をふたつ超えた向こう側。カラカリルの北門正面より一〇〇〇歩の辺りに陣取った場所ですよー!」


 船坂たちと合流した狐耳少女のレムリルが、開口一番に報告した内容がそれだった。

 ちょうどチルチル村の渓谷を抜けて、カラカリル包囲網を発見した彼女である。

 そこから得意の潜入スキルを活用しながら、大きくいったん包囲軍の陣形内部に入り込んで、カラカリルの街を迂回して反対側へ出た。


「思ったよりも警備が手薄だったので、移動するのは楽チンでしたよ~」

「ふむ。やはり常勝を続けてきただけに、連中は油断していたのかも知れんな」

「そのまま本陣の位置を確認できたので、また大きく迂回する様にして林の方に退避したんですが。途中でパトロール中の兵隊さんに見つかっちゃって。てへペロ」


 どうやら南側とは違い、船坂たちが奇襲攻撃を行ったカラカリル北側は警備体制にも緊張感があった。

 そのために次の奇襲攻撃を警戒して、複数のパトロールチームが出動していたらしい。

 私見を述べたシルビアを見やりながら、レムリルは言葉を続ける。


「Mー4カービンを使って敵を蹴散らしながら逃げてきたんですけれど―。カービンは音がすっごいから、それで次々に敵が集まって来ちゃって……」

「逃走に専念するか、敵の排除に専念するか迷ったのか。こういう場合は女神様の祝福を受けた武器は音が課題だな」

「サプレッサー付きならよかったんだが、何を触ったらそうなるのかわからん。今度調べて新しい武器を探すか……」

「ちょうどわたしたちが奇襲攻撃をした事で、警戒モードになっているところをレムリルが移動してきたか」


 バツの悪い顔をしたシルビアと船坂は、互いに顔を合わせて救出したレムリルに声をかけたのだが。


「悪いことをしたねレムリル。ごめんね」

「いえいえー。でもコウタロウさまの一撃で助けられたのも事実ですし!」


 敵が警戒モードを高めた理由は船坂にもシルビアにも理解できた。


 特に白馬美従の騎兵隊は少数とは言ってもその機動力が厄介だ。

 戦域が全体的に森林地帯であれば、騎兵は機動力を奪われるので使い道が無い。

 そのかわりカラカリル北部は平原が広がっていて、ところどころに丘陵と林が点在しているという地形だった。

 そして逃げ込んだ先まで追いかけると、チルチル村の猟兵が伏撃していてつるべ射ちにされてしまうわけである。


「しらみつぶしにするために、あちこちに複数のパトロール隊がいたのは事実ですねー。ああでも、この警戒網はたぶん、カラカリルの南側でも広がっているかも知れません!」

「それはどうして?」


 元気よく報告をしてくれるレムリルに船坂が質問すると、


「実はチルチルの村で募集兵のみなさんの訓練が終わったんですよ! ぶーときゃんぷでしたっけ」

「ブートキャンプか。ひとまずAK-47の扱いは覚えたという事かな?」

「そうです! からしにこふ、は使いやすい武器ですからね」


 チラリと射撃が苦手なシルビアを見やりながら、レムリルが応答した。

 そしてその訓練が完了した頃合いに、どうやらカラカリル周辺を偵察するために送り出されたという、邪教徒の偵察部隊がやって来たのだとか。


「恐怖の館を使って訓練しようという話を、アイリーンお嬢さまとしていたんです。そしたら街道に沿って侵入してきた敵の報告があって」

「あそこの渓谷で撃退したというわけか」

「はいそうですねー。同じ場所で迎え撃ったので、意外と簡単に撃退する事ができました!」


 稜線を超えて侵入された場合は手の打ち様がなかったが、街道を進んできた場合は以前の経験が生かせる。


「アイリーンお嬢さまが、コウタロウさまが以前やった様なやり方で敵の偵察チームをやっつけました」

「全滅できたのか?」

「たぶんだいじょうぶだと思いますけど、それを確認するためにわたしが里から出てきたんですよねー」


 敵も馬鹿ではないだろう。

 仮に敵の偵察兵を全滅できたとしても、チルチル送り出した友軍が帰ってこなければ全滅したと理解するだろう。


「そうなってしまってからでは遅いと思うので、アイリーンお嬢さまが農民の兵隊さんを率いて南から援軍に向かう予定をしています!」

「うむむ。カラカリルに籠った領主連合軍が反応薄となれば、先に周辺のまだ残っている敵を叩き潰そうと考えるのは軍学の常道だ。お嬢さまに日々レクチャーをしておいた甲斐があったというものだなッ」


 バルンと大きな胸を揺さぶって白銀の女騎士が自慢気にそう言った。

 すると船坂は目のやり場に困りながら言葉を拾うのである。


「このままじゃいずれにしてもアイリーンさんが危険にさらされるという事か。何か手を打って俺たちの方に敵を引き付ける方法を考えなければ……」


 どうする、シルビア。

 そんな風に改めて思考を巡らせながら船坂が白銀の騎士に視線を向けたところ。

 ふと何かを思い出した様にレムリルが口を開いたのである。


「あとそれから、」

「ん? まだ何かあったのかレムリル」

「敵の本陣の中に、邪教徒の生贄がいたのです! エルフでもゴブリンでもなく、どちらかというとコウタロウさまが着ているような不思議な格好でしたのでご報告しておこうと!」


 色は船坂がチルチルのみんなに支給した様な迷彩柄の戦闘服ではなかったけれど、


「これと同じで、こういう形の襟があって、前でボタン止めする様な福でした。あとピッチリした不思議なスカート?」

「スーツみたいな形状なのかな? それとタイトスカートか?」


 このファンタジー世界にはなさそうな格好のスーツにタイトスカート。

 オフィス街のOLさんが身に着けていてもおかしくない、いかにも場違いな服装をレムリルの言葉から連想する船坂だ。

 首を捻りながらウンウン言っていると、敵の遺体処理を終わらせたコーソンサー卿が、白馬美従を伴ってこちらにやって来るのが見える。


「いけにえ、いけにえ。明らかにこの世界の人間じゃないという事は、異世界に連れ去られた特定拉致被害者という事か?」


 するとピースメイキングカンパニーのキャンペーンシナリオにあった、拉致被害者の救出奪還をするミッション。

 あれの目標となっていた人物なのかも知れないと船坂は重いったったのだ。


「俺以外に元の世界から拉致された人間がいるという事か」

「どうしたのだコウタロウどの。難しい顔をしているが敵の遺体は林の中に隠したぞ」


 ドヤ顔の美中年の顔を見て言葉を投げかけようとしたところ、


「さすがコーソンサーさまです!」

「コーソンサーさまは夜も迅速ですが、戦運びも迅速です!」

「すごく、早漏なのです……」

「そこも素敵です。いいと思います!」


 次々と美少女たちはコーソンサー卿を称えるのである。

 早漏なのを暴露されてしまって、ちょっと美中年が可哀想になる船坂だった。


「敵の捕虜なのか、俺の故郷の人間らしいひとが生贄として囚われているらしい」

「ほほう。そのレディは美人なのかな?」


 それでもブレないコーソンサー卿は、興味津々に質問を返してくる。

 すると狐耳少女はニッコリ笑って次の様に返事をするのだ。


「いけにえ生活で疲れた顔をしていたけれど、お化粧をすれば美人さんになると思いますよー」

「コウタロウどの、それは助けなければならんな!」


 まあ、そうなるな。

 船坂も生贄の正体が気になるので、その点については同意した。

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