42 ワンショット・キル!

 チルチル猟兵隊と白馬美従が邪神教団一万の軍勢に勝っている点は、彼らが小所帯ゆえに身軽で機動力がある点だった。

 その全員が移動に際しては馬を利用している。

 また、カラカリルの北部に広がる平野部には林と丘陵が点在している。

 一時後退をした彼らは、丘陵を盾にして林をいくつか走破しながら邪教徒の追手を上手くまいてしまった。


「後方に敵影なし! よしコウタロウ、いい具合に敵の引き離しに成功した様だなッ」

「しばらく小休止を挟んで、これからの善後策を協議する事にしよう。猟師のみなさんは丘の上で周辺警戒しつつ体を休ませてくれ」

「「「了解だぜ」」」


 白銀の騎士シルビアと目配せをした船坂は、ドラグノフ狙撃銃のスコープをアテにできるチルチル猟兵のみなさんに指示を飛ばした。

 相互に視界を確保する形で、丘の上に駆けて行った猟師たちが警戒につく。


 乗馬は思いの他体力を消耗するものなので、休めるときに体をしっかり休めておくのは基本だ。

 恐らく船坂も、ゲーム設定上の体力を持ち合わせていなければ、今頃は悲鳴を上げていたはずである。


「コウタロウさまっ。ユーリャもお手伝いするのっ」

「よし。おりこうさんようじょは、俺の護衛を頼むぞ」

「わかりました!」


 船坂のジャケット袖を引っ張ったゴブリンのようじょを見下ろして、船坂はわしわしとその頭を撫でる。

 すると、元気よくユーリャは返事をして、フフンと興奮気味に鼻を鳴らした。

 任務を与えられて、一人前の気分になったのではないだろうかと、船坂はそれを見て苦笑した。


「しかし敵も簡単には追撃を諦めはしないだろう。何しろ一万の軍勢を率いているのだから、追手をかける兵隊の数には困らないはずだ」


 岩の上に船坂が腰を下ろすと、背中を預けるかっこでその半分に尻を引っかけるシルビアである。

 首だけを振って、彼の言葉に白銀の騎士は私見を投げかける。


「とは言っても、敵の主力はあくまでも歩兵集団だからな。騎兵化した連中には限りがある。それに精鋭部隊を街の正面に貼り付ける以上は、追手の練度にも問題があるんじゃないだろうか。夜中に統率の取れた作戦行動をするためには、それなりに技量のある集団である必要がある」

「特に大軍だとそういう事も必要か……」


 シルビアによれば、組織的な夜間行軍にはそれなりに訓練を実施していなければ難しいというのだ。

 その点、チルチル猟兵や白馬美従には有利な部分があるという。


「元々チルチル村のそれぞれの里で生活している猟師どもは、獲物を追って夜間に行動する事もある。それに白馬美従は数こそ小粒ながら精鋭である事は間違いないからな」

「逆にこちらは夜間行動をするぶんには問題ないというわけだな?」

「ああ、コーソンサーのやつに確認すれば、夜襲計画を意見具申すれば太鼓判を押して了承するだろうな」


 ふとシルビアの送った視線の先にを見れば。

 船坂の眼に側近の美少女騎兵を連れてこちらに向かってくるコーソンサー卿の姿が飛び込んで来た。

 さすがはエルフ、耳聡いのか自信満々の笑みを浮かべながら船坂の前に立つではないか。


「今夜さっそく夜襲をかける算段を話していたのかい?」

「連中もカラカリルに到着したばかりで、疲労が蓄積している今夜なら効果があるだろうと考えているのだが、コーソンサーさんはどう思う」

「いいと思う。むしろ俺のハーレムは夜こそ活発だからね」


 意味深にそんな事を言うコーソンサー卿は、左右に控えている美少女部下に「な?」などと話題を振った。

 しなだれる様に美少女部下たちはコーソンサー卿に上目遣いをした。


 すると船坂とシルビアがほぼ同時に不快な顔をする。

 船坂が残念な気分になったのは、彼が童貞であるからだ。童貞だから嫉妬で歯噛みするのはしょうがないのだ。

 一方シルビアが不快になったのは、貴族軍人にあるまじきチャラさに対してだ。これで合戦場を駆ければ確かな指揮官だというのも不愉快なのかも知れない。


 しかし一番反応したのはようじょだった。

 ゴブリンのようじょは大人たちの顔を交互に見比べた後、船坂に体を預けてしなだれかかったのである!


「「「?!」」」

「コウタロウさまっ、ユーリャがこうすれば、悲しくない?」

「悲しくないです嬉しいです!」


 このロリコンめッ!

 そんな痛々しいシルビアの視線を感じながら苦笑を浮かべつつようじょを抱き上げる船坂。

 彼はこんな幼いユーリャにまで気を遣わせたのが申し訳なくて、高い高いをしながらその場の空気を紛らわせようと躍起になった。


「さすがに俺は、あの小さなレディをハーレムに迎え入れようとは思わない」

「と、当然の事を冷静ぶって言うんじゃないコーソンサー卿っ。筋肉ムキムキには失望した、やはりマッチョマンの変態だ?!」


 痛々しい視線から逃れる様に船坂がその場を立ち去ろうとしたところ、


「コウタロウの旦那! 丘の向こう側で複数の騎兵に追われている人影が見えますよっ」

「何っ、それはどこだ?!」


 いいタイミングで話題を反らせてくれたとばかり、船坂は抱っこしていたようじょを降ろして報告をした若い女猟師に視線を向けた。

 すぐにも緊張感が漂って、丘の上に駆けあがるコウタロウに続き、シルビアとコーソンサー主従もそれに従う。


「あれですあれ。林の中で散発的に攻撃音がしているからっ」

「攻撃音? それは魔法か何かか」

「いやあ。あれはこの、どらぐのふ、みたいな音がしていたから女神様の聖なる武器じゃないですかね」


 丘の上まで小走りすると、船坂は急いで双眼鏡で眼下の様子を目撃した。


「林の中だなコウタロウ。あの音は間違いなくカービン銃の音だぞ」

「すると俺たちの仲間って事か?!」


 アイリーンかレムリルか。

 本来はこの場にいないはずのチルチル村の人間が、ここカラカリルの主戦場に姿を現したという事になる。

 すぐにもその事を察知した船坂とシルビアは、ほぼ同時に無線通信のスイッチをオンにしたのである。


「レムリル、聞こえるか! 聞こえていたら返事をしてくれ!」


 マイクに向かって話しかけながら、アイコンタクトでコーソンサー卿に援護を要請する。

 すぐにも了承した彼は、美少女側近のひとりを走らせて、林の中を走って逃げているレムリルを救援する手はずを整えるのだった。


『こんにちはー、こんにちはー! コウタロウさまーっ聞こえてます! 背後に邪教徒の追手がいます! コウタロウさまはどこですか?!』

「すぐ近くの丘の上に待機してるところだ! 仲間と一緒だ! できるだけ直線ではなく、林を出たら丘を横に見ながら走ってくれるか?! こちらから援護射撃を行うっ」

『わかりましたー! 急いで林の外に出て逃げます。ひとりで逃げている時は林の中の方が都合が良かったので―』


 案外にも余裕がある狐耳少女の反応に安堵しながらも、船坂は二脚バイポットを降ろしながらレミントン狙撃銃を構えようとした。

 隣で双眼鏡を構えたシルビアが、観測手スポッターの役割を担ってくれる。


「見えたぞ。敵の数は八人だな、騎兵が三騎に徒歩が五人だ」

「やっかいなのは騎兵だな?」

「ああそうだ、距離は……いけるか?」

「……だいたい八〇〇メートルぐらいあるか。やってみるぜ」


 船坂がゴクリとつばを飲み込みながらスコープ越しに林の中を飛び出したレムリルを追った。

 その背後から、槍を構えた騎兵の姿が現れる。

 レムリルを追いかける距離は一〇〇メートルも無いだろう。

 林を出れば一気にその間隔は詰められるに違いない。


 八〇〇メートルは軍隊に所属するスナイパーにとっては平均的な狙撃の距離かもしれない。

 であるならば俺にも可能だと、自分は自分に言い聞かせるのだ。

 ゆっくりと息を吐きながら船坂はトリガーに指をかけ、


「よしやる」


 ダアン! という激しい射出音が響くと、バレルから飛び出したその弾丸は数秒の間隔を置いて槍を構えた騎馬の兵士に吸い込まれたのだ。


「コウタロウさま、すごい、です!」


 騎兵は振り回していた槍を放り出して馬から倒れる様に落馬した。

 必殺の一撃である!

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