8 龍殺しに感謝の気持ちを込めて

 食べかけのチョコバーの処理に困って頭を悩ませていたところ、ゲストルームの扉を叩く音がした。

 コンコン、ギィ。


「コウタロウさまー。お食事の支度ができましたので、お嬢さまが食堂へお連れする様にと仰って……クンクン」


 ベッドに広げた装備を片付けていると、鼻をヒクつかせながら巨乳を揺らしてレムリルが入ってくる。

 もしかしてジョビジョバの件かと船坂は思ったが……

 狐耳獣人らしく、彼女は目敏くチョコバーの存在を嗅ぎつけた様だ。

 あ、そっち? と胸を撫で下ろした。


「何ですかこの甘ったるい匂いを発しているモノは?!」

「あーチョコバーか、食べ物だよ。食事前だと言われたし、大味過ぎたから食べ切れなかったんだ」

「食べ物なのですか?! 甘いという事はお菓子でしょうか、美味しそうですね!!!」


 目の色を変えたレムリルが、小さな丸テーブルに放置されていたチョコバーを取り上げた。


「……欲しいならいる?」

「いただいても、いいんですか?!!」

「あ、うん。俺の食べかけでよければご自由にどうぞ……」

「甘いお菓子と言えば、お嬢さまでもなかなか食べれない贅沢品なんですよ! それを使用人のわたしにくださるなんて、コウタロウさまは女神様のお遣わしになった守護聖人ですか?!!!」


 大袈裟に驚いて見せたレムリルは、そのまま船坂の方へ身を乗り出して巨乳を押し付けんばかりに喜んだ。


「別に大したものじゃないから気にしないでくれ。どうぞ召し上がれ」

「ありがとうございます! いただきますっ」


 レムリルは大喜びで、船坂のかじりかけのハーシーのチョコ口に運んだ。

 サクリとひと口運んだあとに感動の顔を浮かべる。

 その後は勢いよくサクサクと立て続けに口を動かして、モグモグサクサク。


「おーいしー! こんな美味しいものをいただけるなんて、レムリルは幸せ者です」

「そ、そうかよかったな……」

「そうだお嬢さまにもぜひ食べていただかないと、罰が当たりそうですねっ」


 予想以上の反応で幸せ満面の笑みを浮かべたレムリルに、船坂は装備品の中をゴソゴソと探る。

 確かフィールドバッグの中にもう一本チョコバーがあったはずだ。

 こんなに喜んでもらえるのなら、新品を差し出した方がいいかもしれない。


「まだ封を切っていないのがあるから、これを持っていきなさい」

「ありがとうございます。お嬢さまにはこちらをお渡しして、じゃあじゃあ、わたしは残りも食べちゃっていいんですね?!」


 ふたりで分ける配分は好きにするといいぞ。

 そんな返事を返しながら船坂は食堂へ向かうために、レッグホルスターに拳銃を収めながら、ライフル二挺を担いで外に出た。


「あんなに喜んでもらえるとは予想外だったな」

「はい、とても甘くて美味しかったです!」

「でもあれは軍用の非常食だから、俺はやっぱり手料理の方が幸せになれるけどな」


 船坂は今年で二九歳の童貞だ。

 しつこい様だが童貞なので、母親と姉が作った以外の手料理には縁が無かった。

 自宅でたまに自炊する事もあったが、野菜を切って炒めるついでに指先も包丁で痛める程度の腕前だ。

 年頃の女性が作る手料理に飢えているお年頃である。


「本当ですかあ? わたしもお嬢さまも、守護聖人さまをおもてなししなくっちゃいけないと思って、腕によりをかけて頑張ったんですよ!」

「そうか、じゃあお昼ごはんが楽しみだな」

「はいっ。先ほどいただいた、ちょっこばー、みたいには甘くて頬っぺたが落ちそうにはなりませんが、期待していてください!」


 こうして洋館の食堂に連れてこられた船坂の前には、テーブル一杯の豪華な料理が並べられていた。

 焼きたてのパン、紅いトロみのあるスープはスラブ料理のボルシチみたいなものだろうか。

 それに香草で巻いた蒸し魚があったり、小麦で包み焼いた肉料理があったり。

 昼間からだというのに高級そうなぶどう酒のボトルが用意されていて、ワイングラスもふたつ。


「さあ、コウタロウさま。こちらにお掛けになってくださいねっ」

「悪いな。というか俺は客人なんだから、アイリーンと並んで食べるのはちょっとおかしいんじゃないか……?」


 満面の笑みでエスコートする美少女エルフは、テーブルの上座に位置する向かい合わせの椅子へ船坂を案内しようとした。


「龍殺しの英雄さまなのですから、何もご遠慮なさる必要はありませんっ。さあこちらに、さあ」

「ありがとう。龍殺しだからな……」


 龍殺しの実感はあまりないのだが、船坂は勧められるままに椅子へ着席した。

 見ればアイリーンも避難民を誘導する際に着ていたものとは違って、オシャレな普段着用のドレスみたいなものに着替えていた。

 ちょっと不似合いな甲冑姿もかわいらしかったが、こちらが本来のアイリーンなのだろうか。

 いいね!


「どれでもお好きなものから、お食べになってくださいねっ」


 アイリーンがそう言って、その背後に立ったレムリルと一緒に期待で一杯の顔を浮かべて船坂を凝視していた。

 ゴクリ、これは早く食べて感想を聞かせてくれというアピールだろうか。


「じゃあまず小麦粉の包み焼きを……」

「「ゴクリ……」」

「おおっ、フォークを入れただけで肉汁がビューっ溢れてくる。いただきます!」


 美味い!

 噛みしめて肉汁が口一杯に広がったところで思わず頬っぺたが落ちそうになった。

 コンビニ飯以外の温かい飯は、船坂にとって久々の昼食だった。

 職場の近くに飲食店が無いので、彼はいつも職場でレンチンしたコンビニ飯かカップ麺なのだ。

 

 続けて丸いパンを千切って口に運ぶと、こちらは小麦粉の甘味が広がった。

 ボルシチの様なものも、果たしてボルシチそのものだった。材料や調味料など厳密には違うものなのかもしれないが、とにかく美味い!


「パンもフワフワ、ボルシチも暖まる味で、肉はたまらなく美味い! 最高だっ」


 美女と贅沢な手料理に囲まれて、船坂は幸せいっぱいの気分になった。

 そんな反応を見たアイリーンとレムリルも、胸をなでおろしているではないか。

 ふたりのお胸がそのタイミングで良く揺れた。

 いいね!


「よかったですねアイリーンお嬢さま。コウタロウさまが美味しいって言ってくださいました」

「でも、わたしが作った猪肉の小麦粉包み焼きが一番高評価だったはずです」

「お嬢さまはお肉を小麦粉で包んで、オーブンに入れただけじゃないですかやだー」

「シーッ、コウタロウさまに聞こえるじゃないですかっ」


 モリモリと口を動かしながら贅沢な手料理を食べていると、ふたりのヒソヒソ話が船坂に聞こえてくる。

 本人たちは隠しているつもりなのだろうが丸聞こえだった。

 苦笑を浮かべた彼は、口の中身を飲み込んでからアイリーンにフォローを入れておく事にした。


「料理の腕も大切だが、やっぱり気持ちのこもった食べ物は美味しくかんじるものだからな」

「はい! その通りですよね。コウタロウさまがいなければ、わたしは避難民ともども今頃はドラゴンの餌食になっていたと思います。命の恩人であるコウタロウさまに感謝の気持ちを込めて、料理が美味しくなるおまじないをかけましたから!」

「あ、ありがとう。とてもその気持ちが伝わってくる、優しい味わいだった」


 船坂がそう返事をすると、ニッコリ微笑を浮かべたアイリーンも食事を始める。


「聞きましたかレムリル、守護聖人さまには全ておわかりだったのです」

「でもわたしもお嬢さまの命の恩人ですから、感謝の気持ちを込めて頑張ったんですよ?」

「まあ、でも今回は引き分けという事にしておきましょう、うふふ」

「もーお嬢さまったら」


 ふたりがおかしな風に言い争いをしていたものだから、話題を変えるために船坂が切り出す。

 料理がおいしくなるおまじないといえば、


「俺の住んでいる国にはメイドが使う面白い言葉があってね、」

「どの様なものでしょうか、コウタロウさま?」

「わたしも同じメイドとして、後学のためにぜひ聞きたいですねー」


 美味しくなあれ、萌え萌えキュン♪


「料理の仕上げをする時に、このおまじないを口にするんだけど。ははっ」


 メイドと言っても秋葉原の辺りにいるアルバイトの女の子で、レムリルみたいな本物の住み込み女給さんではない。

 ほんの軽い雑談程度に言ったのだが、ふたりの食いつきは凄かった。


「萌え萌えキュン、ですか?」

「こうやって両手でハートをつくって、美味しくなあれ、萌え萌えキュン♪」


 ふたりが船坂の真似をして萌え萌えポーズをやったものだから、彼は戦死しそうになった。

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