※ 大阪のおばちゃん——な、オカン

 オカンの声は、でかかった。とにもかくにも、かかった———


 親父が死んでから、二年もせんうちに死んでもた、オカン。

 生前、オカンは、親父のことを、味噌カスに言うてたけど、やっぱり連れ合いに先立たれると堪えたんかして、あれよ、ってうちに死んでもた。


 小生にとって、オカンを偲ぶとすれば、その声のでかさ、だけ(すまん、おかん)かもしれんね。

 昔、住んでいた家の近くには小さな郵便局があったのだけど、そこから我が家まではたぶん三百メートルくらいは離れてたと思う。


 小生が家でテレビを見ていたとしても、おかんが買いもんから帰ってきて丁度、郵便局あたりにさしかかった頃に隣近所のおばちゃんの誰かと、かならず立話をするんやけど——、その声が聞こえてくるのだ。


 いやいや、そんなアホなって言うでしょ? いや、ほんまですて、ほんまに聞こえるんですわ。どんだけ、でかい声なんや、ってくらいに、はっきり会話内容まで聞こえるんですよ。


 それって、ほんまは郵便局の前で喋ってたんじゃなくて、家の外、五、六メートルの地点での立ち話とちゃうのん? って今でも、小生はそうあって欲しかったと思っている。


 一度、おかんに訊いたことがあるのだ。


 ——おかん、さっき、富丘のおばちゃんと喋ってたやろ、どこでや?

 ——郵便局の前やけど、なんや、あんた傍におったんか


 ほら、やっぱり。


 オカンが立ち話、っていうか、この界隈のおばちゃん連中と井戸端やるときは昔っからあそこ、って決まってたやないか。商店街抜けて、ちょっと人気少なくなった、あそこは絶好の「井戸端」スポットやったやないか。


 ——家まで、声聞こえてたで、ちょっとかっこわるいやろッ

 ——うそ、いいなや。そんなアホなあるかいなッ


 嘘なら嘘であってほしいわ。子供のにもなれよ。


 ——牛島のおっちゃんの悪口言うてたやろ

 ——いやぁー、いややわぁー


 こっちがいややわ。


 そんな、おかん。大阪のおばはん——な、オカン。


 なに、思もて、生きてたんやろか。

 親父の愛想なさと、博打好きばっかりボヤいてた、おかん。

 それやったら、親父死んで、さっぱりしたんとちゃうのんかいな。


 親父が癌末期であと一ヶ月ももたんとヤブ医者が言うたとき


(そうですかー)の一言で、済ましたおかんみてて、ああぁ、さっぱりしたんやなと思もてたけど。


 おやじ、死んでもてから、すぐオカンもガタ来たよな?


 デカイ声で喋れんようになってたし。


 ああ、いま、あの郵便局て、まだあるんやろか……

 そんなことを、今朝がた、ちょっと、ふいに、思い出しましてん。

 


大阪のおばはんは、でかい声で喋れんようになったら、おしまい——って、こんな「大阪のおばちゃん、あるある」って、ある? (誰に聞くわけでもないですけど)


 あ、ごめん、おかん。

もういっこ、あったわ。おかんのことで思い出すこと。


豪快に笑い、豪快にでかい声で喋るおかんやったけど、何回か箪笥の隅に隠れて泣いてたよな。あれ、なんでなん? なんで、泣いてたんやろか。


 あの世で、親父と会えたか? それとも、ガン無視ですか?

 いま、思えば、けったいな夫婦やったな(笑) 知らんけど………


 


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