Track #09 Out of the Silent Planet
Cote de Sommernacht-Fee
ここは彼女の個人研究室らしい。勝手知ったるところだと感じる。だが、どうも様子が滑稽だ。本棚から何かを引っ張り出しては、放り投げ、またどこからか資料を持ってくる。その後はまた放り投げ、頭を抱え込む。しばらくは隠れて様子を伺うのが面白かったが、彼女の表情を見ていると少し気の毒になって来た。私が介入するのはルール違反かマナー違反にあたる。だが、ルールもマナーも読んだ事が無いので突撃することにした。
「私の助言で治せるものがありますかね?」
「んなっ!?」
彼女は私の登場に驚き後ずさり。床に散らばった資料で足を滑らせ、背後の本棚に頭をぶつけた。
痛みに悶え、私に向かって指を差し口を開けているが、言葉が何も出てこない。私はくるくる回ったり、ひらひら舞ったりして空間を満たす。徐々に彼女は落ち着き始めた。
「はぁ……はぁ……つけて来たの?」
「そういうことです」
彼女は椅子に座って私と話し始めた。まあ、付き合いも長くなりましたからね。
明確な言葉では語らないが、ウィックの助けとなるものを探ろうと異世界の情報に手を出し始めたようだ。明確な禁止事項は存在していないが、これを扱うには相当厳重な審査を突破しなければならない。彼女はそれをやってのけた。手段は問わなかったそうだ。
それはどうにかなったものの、肝心の研究の方も困難を極めることとなった。どうにか絵の類なら推測も可能だが、文字の類はさっぱりわからない。日々少しずつ手探りで進むしかなかった。それでも彼女はこの施設では非常に優秀だった。その結果周りからの信頼も厚くなったそうだ。
「こう、いくつか見つけたんだけど……ウィックの言っていたこととの類似が見えた。だから、ここにヒントが無いかと……」
「ふぅむ……」
私はその資料の幾つかを眺めてみた。なるほど、何が書いてあるかさっぱりわからない。これは大変な作業だ。床に散らばったものを片づけるのを手伝いながら絵の類について、あれこれと語ってみたが、彼女はあきれるばかりだ。私に罵り言葉を向け、作業に戻る。うむ、効果はあったな。
だが、あるものに目が留まった。
「これは……?」
「ああ、これか? どうにか最初のページの文字の一部はわかったんだ。何しろ欠けた部分も多いからな。おそらく著者名にあたるのは
ドクター、ナンバー・ファイヴ
ではないかと思うんだが……?」
なるほど、妙なものだ。確かに私には分からない文字だ。欠けている部分も多い。だが、なぜか私には何が書いてあるのかがわかった。
著者名は "Dr. Nothing Luv" だ。
ナミアは "Dr No V" を解読して解釈したのだろう。なかなか優秀な女だ。
それにしても……これはいったい……?
「これのタイトルのようなものはありますかね?」
「ああ、それはおそらく……これだ」
そう言って別の紙を渡される。タイトルは……"A Phantom of the Air"
「空気の中の幻……?」
「読めるのか!?」
彼女も何らかの解読を試みていたようだ。意味が多少解っていたのかもしれない。
「えー、どうも、そのようです。不思議ですね。これに関しては何かの縁を感じる。どうやら、別の世界にも私の様な存在か、もしくはかかわりを持つ存在もいたのかもしれない。それがこの世界に流れ着いたようですね。片側だけ焼いた卵焼きのようなもんですかね?」
私の言葉の意味は大して解っていないようだが、彼女は興奮し、様々な資料を私に見せた。今回だけ特別サービスということで解読を手伝う事になり、彼女と共に資料を読み漁ることになったわけです。
―――――
『ありのまま』とは、どういうことか?
世の中には重要なことが相反するものであることが多い。私もそれに戸惑ってきた。今も戸惑っている。
いくつか心に残っているものをあげると、
本当に大事なことは口にしなければ伝わらない。
本当に大事なことは胸に閉まっておくものだ。
信じていれば救われる。
全てを疑え。
目に見えるものが本物だと思うな。
目の前の事をしっかり見つめろ。
きれいはきたない。
きたないはきれい。
―――
「おお、やはりこの著者とは気が合いそうだ!」
「いいから、先へ進め!」
―――
ありのままの自分を受け入れろ。
今のままじゃダメだと思うなら、自分を変えるんだ。
などなど、である。
つまりどういうことか。私にもさっぱりわからない。
―――
「ウィックと似た性格のようですな」
「それで……それだけなのか?」
「ああ、まだ続きはありますよ」
―――
だが、いくつか解ったことがある。これは両方とも真理である。
私がやっている手法は自分で感じた場合のことを周りの物事に当てはめて考えてみるということだが、両方の状態を知ると周りの状況も理解しやすくなったのだ。
私の悩みの一つは字が下手だということだ。
これについて、上記のいくつかを当てはめることが出来た。それと、私のヴィジョンについても類似が見えたのだ。
―――
「ヴィジョンって何の事?」
「まあ、幻の一つじゃないですかね? ファントムがやや形を持った物体だとすると、ヴィジョンはややぼやけた情景とか?」
―――
字が下手だと、自分でも嫌になる。どうにかしなければ、と焦る。するとさらに上手く行かなくなる。この繰り返しなのだ。
だが、ある時点で私は字が下手でも即座には死なないとわかった。その辺りから『字が下手でもいいや』と思う事が出来るようになった。非常にまれにだが。
徐々にそれが力を持った。これがヒントとなった。その上で考えるとこうだ。
行為について嫌な思いを持つと、体の筋肉が緊張して強張る。
体の動作が不安定になる。
それに嫌な思いを持つと、さらに緊張して強張る。
現在の行為について、『これでいい』と肯定すると、少しだけ安心感が生じ筋肉が緩む。
体の動作がリラックスして行える。
こういうことだ。
―――
「どういうことだ!?」
「あ、続きがありましたよ」
―――
つまり、ある時点での順序の問題であったのだ。
今の自分が嫌でも、『これでいい』と受け入れると少しだけ心が落ち着く。
まずは、これを続ける。これを相当に長く続ける。『ありのまま』がどうのこうのというのを忘れるほどに続ける。
その上で『こうなりたい』というものを思い描く。
そうすると『こうなりたい』姿を描く時にいい気分で描けるのだ。
凄く嫌な気分で『こうなりたい』という姿を描くと、現在とのギャップが際立ってしまい、さらに嫌に気分になってしまうのだ。
この状態を何度か繰り返していると、今まで見えなかったものが見えるようになった。
これが私の実体験だ。
以上である。
―――――
「わ、わからない!」
「ええ、私もです」
「ど、どうすればいいんだ!?」
そう言ってまた様子がおかしくなった。まあ、私はまた幾つか茶化す言葉を掛けつついつものやり取りを繰り返したわけです。
「でも、あなたが私に拳骨をお見舞いするのをウィックは暖かく見守っていましたね」
「そ、そうだったか……?」
「ええ、例の話の際にはとても辛そうでしたが、あなたの行為はやや微笑みを持って見つめていた。まあ、時々目をそらすこともあったけど」
「つ、つまり……?」
「あなたがこの国でやってきたことはどうでした?」
「なんだか、申し訳ない気持ちでいっぱいで……その初めは義務感からこの役割を受け持ったが、そもそも初めに得た義務とはなんだったろうか? 確かに誰かに命じられた気もする。時々行う諜報活動もそれをやり遂げると喜んでくれる人がいた。褒めてくれる人がいた。私のことを必要としてくれる人達が居た。その為に働こうという気持ちが強くなった。それが表の仕事へのエネルギーにもなってしまった。いつしかこんな立場になって……」
「それで、今この時のことは?」
「えーと……その……ウィックの助けになることが……したい」
「ふむふむ」
そう言って私は資料の山へ向かう。彼女も私に続いた。
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