きぬルート8話 犯した間違い
「気をつけて帰るんだよ?」
「はい、お邪魔しました」
「また明日、学園でな」
「はい、それでは」
「ああ」
「ただいまー」
誰もいない真っ暗な部屋につぶやいても当然、返事はなかった。
「ふあ……」
電気はつけず、そのまま布団に転がり込んだ。
「…………」
あの行為があった後、そのことに関しては俺も会長もノータッチだった。俺がどうしていいかわからず、戸惑っていると会長のほうから通常の会話を振ってきて、そのままいつもどおりに戻っていた。しかし、なんで会長があんなことをいきなり……。自分が押し倒したせいで、俺を興奮させてしまったから? そんなことにならなくても、一緒に風呂に入る時点でって感じだけど。でも、そんな一面を普段、微塵も見せない会長の態度や声が聞けたのは嬉しかったし、すごく興奮した。またいつか、会長と――いやいや、その前にだ!
「なぜあんなことをしたのか、気になるし……あんなことになった以上、責任取らなきゃだよな」
会長とああいうことしたってのは素直に嬉しいけど、そこに愛があるかないかでは色々と違う。
「会長、俺のこと好きなのかな……」
あーー! わからん! あの後は普段通りの会長に戻ってたし、そういう話が出てきたわけでもない。わかっていることといえば、俺はすでに会長にゾッコンになっている。少し前からそうじゃないかと自分でも薄々勘付いていた。それが今日のことがあって、確信に変わった。俺は会長が好きだ。それにあんなことしたんだ、ちゃんと心を伝えるのが男の義務ってものだろう。
「決めた!」
この想い、会長に告げる。だけど、ただ単にそうするのも味気ない。それなりの舞台ってのは必要だろ。
「ふあ~あ……」
翌朝、俺は紗智と三原と一緒に登校しながら、本日何度目かの大きなあくびをする。
「眠そうだね、誠ちゃん?」
「夕べは遅かったのですか?」
「ああ、まあな」
「昨日、帰ってきたのも遅かったよね?」
「な、なぜそれを?」
「部屋が向かいなんだから、気づいて当然だよ? 今までだってそうだったじゃん」
「そうだったな」
「誠ちゃん、まさかとは思うけど――」
「なんだよ?」
「また先生に捕まってたの?」
「あ、昨日言ってた……」
「まあ、そんなとこだ」
「それはお気の毒さまです……」
「いいんだって、麻衣ちゃん。自分のせいなんだから」
「ですが――」
「…………」
言えない……。昨日、会長とあんなことがあったなんて、口が裂けても言えない。ま、言わなきゃ気づかれることもないだろうし、気にすることないか。
「でもさー、この前――」
「まあ、それは――」
「…………」
女子って、よくこんなに話し続けられるな。今朝、三原と合流して学園に着いたのに、止まる気配がない。俺も会長と喋りてえな。
「おはよう、君たち」
「うわあ!?」
ビ、ビックリした……。これは噂をすればなんとやらか。いや、そもそもちゃんと前を向いてなかった俺が会長の登場に気付かなかっただけなんだが。
「なんだ、大声出して?」
「うるさいよ、誠ちゃん! おはようございます、きぬさん」
「おはようございます」
「すみません、ちょっと考え事してて……」
「それはいいが、前方不注意は気をつけることだ」
「はい……」
「今朝もお早いですね?」
「寝不足とか大丈夫ですか?」
「心配はいらないよ。君たちこそ――」
会長のことを考えてたら、目の前に現れるなんて……。これって想いが通じ合ってるとか、そういうことか!? アホか……。それにしても――
「朝食は――」
あの唇……。
「運動も――」
あの胸……。
「牛乳が――」
こんなに凛々しく立ち振舞っている会長の生まれたままの姿で接触したんだよな……。昨日のことが夢だった気さえするが、鮮明に思い出せる光景が現実のものと突きつけてくる。朝ということもあって、下が立派になってしまう。気を紛らわせなくては……。
「鷲宮君、大丈夫か?」
「はひ!?」
「素っ頓狂な声を上げるんじゃない」
「あれ、会長どうして?」
「どうしてではない。今、廊下で出会ったばかりだろう」
「あ、そうだった……」
半分夢心地だったせいで、我を忘れていた。
「会長、紗智たち知りません?」
ついさっきまで一緒だったのに、どこへ消えた?
「
「くっ、なんて情のない奴らなんだ……あてっ!」
会長が少し強めに、俺の頭に手の平を置く。
「君が呆けているのが悪い」
「すみません……」
「どうしたのだ? 本当に大丈夫か?」
「はい」
「さっき言っていた考え事というやつか? なにか悩みがあるのなら、聞くよ?」
「実は昨日のことを思い出して……」
「昨日の――はっ!」
それだけで察したようだ。
「鷲宮君、昨日のことは忘れるのだ。いいな?」
「でも、会長――」
「間違いであったのだ……。昨日の私はどうかしていた……」
「間違いだなんて……」
「ともかく君にも迷惑をかけてしまった。成り行きとはいえ、すまなかった」
「そんなこと……」
「私はもう行く。ではな」
「待ってください!」
「!?」
背を向け、去っていこうとした会長の手を取る。
「そんなこと言わないでくださいよ」
「鷲宮君……?」
「俺は嬉しかったです。驚きはしましたけど、でも俺は――」
「待て、鷲宮君。少し落ち着け」
「だって、会長が――」
「すまなかった。君の話はきちんと聞くから、昼休みに御守桜に来てくれ」
「え……」
会長は俺の耳元に口を近づける。
「悪いが周りの目がある。さすがにその話をここでされるのは、君にとっても本意でないだろ?」
「あ……」
確かに近くにいる生徒たちから、視線を集めている気がする。
「すみません、熱くなっちゃって……」
「平気だ。それより、昼休みに御守桜で待っているよ?」
「はい、わかりました」
「ではな」
はあ、やっちまった……。なにか事があると周りが見えなくなる癖、どうにかしなきゃな。昼休みまでの時間が長い……。
昼休みになり、適当に理由つけて、なんとか紗智たちは退けられた。それより、今朝の会長、間違いだったって……。本当は嫌だったのかな。もしそうなら、すごく悲しい。行くのが少し怖い……。
「待ってたよ」
御守桜に着くと、会長はすでに俺を待ってくれていた。
「今朝はすみませんでした」
「謝るのは私のほうだ。すまなかった。君の話も聞かず、私が一方的に意見を押し付けてしまった」
「いえ、でもあれは――」
「昨日のことは本当に申し訳なかったと思っている。君を穢してしまった」
「そんなことないです。今朝も言いましたが、俺は嬉しかったです」
「…………」
「学園祭のとき同様、会長の新しい一面――それも普段なら絶対見ることの出来ない部分を知ることも出来ました」
「鷲宮君……」
「だから、間違いだとか言わないでください。忘れることなんて出来ません」
「しかし……」
「会長、次の休みの日、時間ありますか?」
「え……?」
「どうですか?」
「あるにはあるが」
「なら、俺と出かけませんか?」
「出かける?」
「はい」
「だが、これ以上は……」
「お願いです! 今回だけにしますから、どうか……」
「…………」
「どうしても、ダメですか?」
「……いいよ」
「え……?」
「次の休日、君と出かけよう」
「会長! ありがとうございます!」
「ただし、今回だけだ。それ以降の申し出は断らせてもらうよ」
「はい、それで十分です」
「…………」
よっしゃ! これで舞台は揃えたぜ!
「じゃあ、次の休みの日に、商店街で待ち合わせでいいですか?」
「ああ、かまわん」
「楽しみにしてますね!」
それだけ告げると、俺は若干スキップ気味に教室へ戻っていく。後は俺が勇気を振り絞るだけだ!
「私は……甘えが捨てきれんな」
夜、俺は自室で鼻歌交じりに、休日に着ていく服を選んでいた。
「ふふふーん」
デートの約束は取り付けたぞ。しかし、会長には今回だけだって釘刺されたし、なんとしてでも決めないとな。会長への告白……。やっと決心がついた矢先に、会長はなんだか俺を遠ざけようとする。一体なにがダメだったんだろう。俺、なにかしたかな……?
「おーい、誠ちゃん?」
隣の部屋から聞こえてくる幼馴染の声。
「紗智か」
「まーた考え事?」
「そんなとこだ」
「どうしたのさ、今朝からそんな調子で大丈夫?」
「平気だよ」
「ふーん……あ、そうそう」
「あ?」
「次のお休みの日、どっか遊びに行こうよ? この前の振替休日、誠ちゃんどっか行っちゃったし、つまんなかったんだぞ?」
「あー、悪い。それ無理だ」
「えー、なんでー?」
「先約があるからな。次の休みも出かける」
「ちぇー……」
「別に毎回、休みの日は一緒にいたわけじゃねえだろ?」
「そうだけど……」
「ともかく、俺は無理だから」
「…………」
「なんだよ、じっと見て?」
「べーつにー。おやすみ!」
紗智はそれだけ言うと、窓を閉め、部屋の明かりを消していた。
「あ、おい――」
なんだよ、あいつ。わけわかんねえな。今は紗智のことなんかどうでもいいか。あー、早く休みの日にならねえかな。
「っと、その前に”こいつ”でお勉強しなくては……」
ついにこの秘密兵器を使うときが来ようとはな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます