きぬルート1話 皆のおかげで無事、終わることができた
「ふあ~あ」
授業中は眠たくとも、昼休みになれば眠気は吹っ飛ぶ。しかし最近、会長の手伝いの疲れからか睡魔はそんなことお構いなしにやってくる。忙しい毎日を送っていると時間が経つのは早いもので、学園祭まで1週間って言ってたのが昨日のことみたいだ。
「誠ちゃん誠ちゃん! 明日はいよいよ学園祭だね!」
「ああ、そうだな」
「楽しみな反面、なんだか緊張してきました」
俺の後ろの席にいる紗智と左の席にいる三原はそれぞれに学園祭への思いを口にしていた。
「きっと楽しい学園祭になるよ。なんってったって、あたしたちも一役買ってるんだから」
「はい、絶対に楽しい学園祭にしましょう」
「会長の手伝いをして、もう2週間か。長いと思ってたが、すぐだったな」
「時間の流れって面白いよね」
「そうですね。でも、早いと感じるということはそれだけ楽しんでいた証拠ではないでしょうか?」
「楽しい時間はすぐ過ぎるってか?」
「はい」
案外、楽しくはあったかもな。放課後、1つの部屋に見知った仲の連中が集まって、目標に向かって頑張る。
ああ、そうか。これが青春というやつか。だから、楽しく感じていたのかもな。
「納得納得」
「なにを1人で納得してんのさ」
「ふふふ、お昼ご飯食べましょう」
「さんせーい! ほら、誠ちゃん! お弁当だよー!」
「んなもん見りゃわかるっての」
「えーと、今日のお弁当はね――」
ふとその時、会長のことが頭をよぎった。会長は今回のこと、正直どう思ってるんだろう。俺たちの前では、お礼を言っていたけど、本当は迷惑に思ってるんじゃないんだろうか。会長1人であれだけ仕事をこなすんだ。俺たちはもしかして、邪魔をしてるだけなんじゃ……。
「ちょっと、誠ちゃん聞いてるの?」
「悪い、紗智。弁当もらっていくぞ」
紗智が机に出した弁当箱をひょいっと掴む。
「え、え、誠ちゃん、どこに行くの?」
「ちょっと会長のとこに行ってくる」
「え、きぬさんになに用事?」
「少し聞きたいことがあってな。じゃあな」
「あ、ちょっとー!」
俺がただ心配しているだけだし、わざわざ説明するのも面倒だ。紗智の言葉を聞かず、俺は放課後、みんなで集まる教室へと向かった。
「…………」
よく考えたら、昼休みに会長がここにいるとも限らないじゃないか。ちょっと早とちりしてしまった。
「3年生の教室に行くか。会長がいなくいても、3年生に居場所を聞けばいいし」
「私がどうかしたか?」
「うわあっ!」
突如、背後からかけられた声に俺は思わず、体を浮かせる。
「なんだ、そんなに驚かんでもよいではないか」
「す、すみません、いきなりだったから」
「それで、弁当を持ち歩いて、ここでなにをしているんだ?」
「あ、えーっと――」
どうしよう。会長との話が長くなるかもって思って、弁当持ってきたけど、これじゃ俺が会長と一緒に昼飯を食べたいみたいに見えるじゃないか。
「まあよい。立ち話もなんだし、入ろう」
会長は教室の扉を開き、中へ入る。
「お邪魔します」
俺もそれに続いて、室内にある机をテキトーに選んで、着席する。
「それで、鷲宮君? 私になにか用かな?」
「え、どうしてそれを――」
「君がここにいるということは、私に会いに来たのだろう? であれば、なにか用があるのかと思うのが自然ではないか?」
「確かに……」
「それとも、ただ私と昼食を共にしたかっただけなのかい?」
「会長はまだ済ませてないんですか?」
「ああ、私もこれからだよ」
「ここで食べるんですか?」
「いつもそうしている。食事をするときは、静かなほうがいいからな」
教室だと、他のクラスメイトの話し声でうるさいし、それならここの方がいいってのはわかる。
「じゃあ、俺もそれにあやかろうと思います」
「なんだ、本当に昼食をともにしたいだけか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて、会長のことが少し気になって――」
「私が気になる?」
「俺たちが会長のことを手伝ったこと、会長は迷惑に感じているんじゃないかって」
「どうして、そう思う?」
「会長の仕事さばきは俺たちの比じゃありません。俺たちが手伝うよりも、会長が1人で片付けたほうが早く終わるんじゃないかと思って」
「…………」
「だったら、俺たちがしていることは単なる自己満足じゃなかって思ったんです」
「鷲宮君は本当に優しいのだな。まるで……」
「まるで?」
「あ、いや、なんでもない。忘れてくれ」
「? ……はい」
「鷲宮君の心配は無用だよ。私は心から、君たちの助力に感謝している。邪魔だと思ったこともない」
「それなら、いいんですけど……」
「君はどうなんだ?」
「俺?」
「ああ。君こそ、私の手伝いを億劫に感じてはいないのかい?」
「そんなことありません! むしろ、楽しいです!」
「楽しい?」
「はい。確かに疲れることはあります。けど、みんなの力でなにをするってことが、こんなにも楽しいなんて思いませんでした」
「そうか。それはよかったよ」
「俺も会長の迷惑になってなくて、よかったです」
「作業も今日で終わる。最後までよろしく頼むよ」
「はい!」
俺と会長はその後、雑談しながら昼食をし、昼休み終了の予鈴を鳴ったことで解散になった。
「それでは、鷲宮君。また放課後、頼むよ?」
「はい。今日もよろしくお願いします」
「うむ、ではまた後で」
俺と会長は別々の方向へ歩き始めた。
「今日で最後か……」
寂しい気がするけど、最後まで気を抜かずに頑張ろう。
「午後も乗り切ったぞ」
「珍しく起きてたね」
「はい、珍しく」
「三原までひでーぞ」
自分でも不思議だと思う。昼休みまであんなに眠たかったのに……これも会長の手伝いへの意欲のおかげか?
「すみません、つい」
「日頃の行いのせいだね」
なんかこの2人の連携が向上してる気がする。
「俺のことよりも、今日で最後の手伝いだ。ミスのないように頑張ろうぜ」
「なーんかごまかされた感があるけど、誠ちゃんの言う通りだね」
「ええ、最後まで気を引き締めて臨みましょう」
「よっしゃ、ならいつもの教室まで競争だ!」
「あ、ずるーい!」
「待ってくださーい!」
「お先に~」
「お待たせです!」
「やあ、待ってたよ」
教室にはいつものように会長、鈴下、仲野の3人が俺たちの到着を待っていた。
「なんか妙にやる気ね」
「そっちのほうがいいんじゃない?」
「どうしてよ、筒六?」
「スケベ心も少しは気が紛れるかもしれないでしょ?」
「こんなのでこいつのが収まると思う?」
「うーん……」
相変わらず、この後輩組は……。
「さっきから言いたい放題言いやがって」
「否定はできないと思うが?」
か、会長まで……。
「そういえば、紗智さんと麻衣さんは――」
「せ、誠ちゃ~ん! はあ、先に行かないでってばあ!」
「ふう、ふう、ふう。も、もうダメです」
俺に遅れて、紗智と三原の登場。2人とも教室の扉にもたれかかっているのは言うまでもない。
「ほらほら、みんなを待たせてるんだから、急がないとダメじゃないか」
「そ、そんなこと、はあ、言ったって、はあ」
「わ、わた、ふう、私の体力では、ふう、限界が、ふう」
「あんたの行動もどうかと思うけど、紗智と麻衣の体力の無さは異常ね」
鈴下は俺を非難しつつも、紗智と三原の姿を見て若干心配そうな表情を見せる。
「体力の消耗を見るに運動不足が原因ではないか?」
「そういうわけでは、はあ、ないんですけど、はあ」
「どうにも、ふう、体力だけは、ふう」
「基礎から身につけないとダメかもしれませんね」
さすが現役運動部の会長と仲野は言うことが違うな。
「そんなことより、今日で最後なんですから、早く済ませちゃいましょうよ」
「うむ、紗智さんの言う通りだな」
「それで、最後はなにするわけ?」
「今日は1人づつに仕事を分けるから、それを行ってくれ」
「内容はなんですか、きぬ先輩?」
「紗智さんは校門に設置するための入場門の飾り付けを頼む。飾り付けの配置はあらかじめ決めてあるから、図面通りに行ってくれ」
「あいあいさー!」
「麻衣さんはパンフレットを各関係者分の冊数に分けてほしい。後でどこに何枚必要か書かれたプリントを渡す」
「わかりました」
「鈴さんは明日、生徒会で使う用具を種別で分けて揃えてくれるかい。そこのダンボール箱に種類を書いた紙を貼ってあるから、それの通りにね」
「りょうか~い」
「筒六さんは各クラスと各部活の食品取り扱い申請書と模擬店の内容が合致しているかの確認だ。内容が違うようなことはまずないが、念のためくまなくチェックをよろしく頼む」
「はい」
「私は当日の生徒会役員のシフト作成と臨時担当役員の配置図作成を行う」
「あの、俺はなにをしたら?」
「うん、それが実はもう役割がないのだ」
「え……?」
「用なしね」
「先輩、こんなときにも身を挺しての笑い取り、お見事です」
後輩組による痛烈なツッコミ――じゃなくて!
「笑いなんていらんわ! 会長、まさか俺だけ仕事なしですか? ここまできて?」
「そう急かすな。各役割は分担してしまったから、君にはサポートを頼みたい」
「サポート?」
「そうだ。この中で誰でもいいし、どういう決め方をしても構わないから、君が力を貸したいと思う者のサポートをしてくれ。無論、その作業が終了したら、ほかの子のサポートも頼むよ」
「そういうことですか。わかりました」
「よし、それでは各自開始だ」
「うーむ……」
みんな、自分の作業に取り掛かり始める。やっぱり、会長が1番大変だろうし、会長を手伝うとしよう。
「手伝いますよ、会長」
「私のことは気にしなくてもよかったのに」
「いえ、会長が1番頑張ってるって、みんなわかってますから」
「…………」
「会長?」
「あ、ああ、すまない」
「大丈夫ですか?」
「いや、そのような言葉をもらえるとは思ってなかったのだ」
「何言ってるんですか、本当のことですよ」
「ありがとう、鷲宮君」
「それでなにか手伝うこと、ありますか?」
「ふむ、そうだな。それでは、これを――」
会長は3枚のプリントを差し出してきた。
「これは学園の見取り図ですか?」
「そうだ。右上に学年と生徒名と番号があるだろう?」
「1人1人に番号が振ってありますね」
「君には臨時担当役員の配置決めをやってもらいたい。区画はこことここと――」
会長は配置する場所を赤ペンで囲い、6つの枠を作っていく。
「以上だ」
「質問なんですけど――」
「なんだ?」
「この枠内なら、どこに配置してもいいんですか?」
「離れすぎず、近すぎなければ問題ない。後は出来るだけ、校舎内への扉の前など、人通りの多い場所が好ましいかな」
「枠内の人数はどうしますか?」
「1枠につき3人だ」
横目で合計18人いることを確認して納得できた。
「後、配置は各学年を1人ずついれること。同じ学年は一緒にしてはいけないよ」
「なぜですか?」
「なにかあったときのために、連絡網は多いほうがいいだろう?」
「なるほど。それより、こんなこと俺が決めていいんですか?」
「もちろん、私も目を通す。とりあえず、やってみてくれ」
「わかりました」
「頼んだよ」
「みんな、各自の作業は終わったようだな?」
鈴下の仕事は思った以上に手間取ってしまい、俺が手伝ったにも関わらず終わったのはみんなの同じぐらいだった。
「はーい!」
「では、これでおしまい――といきたいところなのだが、すまない。もう1つだけ残っている作業がある」
「もうここまで来たら、なんでも来いですよ、会長」
「ありがとう。では、最後の作業は――」
「ねえ、麻衣ちゃん、これどう思う?」
「うーん、もう少し短いほうが――」
「鈴ちゃん、もう少し丁寧に――」
「こうしたほうが早いから、いいの」
「うーむ、大きすぎたか?」
会長が言った最後の仕事を各々が取り掛かっている。この作業が終われば、本当に終わりだ。
「ねえ、紗智、これは?」
「待ってね、鈴ちゃん。筒六ちゃんに確認してもらってるから」
「えーっと……」
「これはここだよ、筒六さん」
「あ、ありがとうございます。麻衣先輩、そっちはどうですか?」
「はい、こちらも大丈夫です」
「ねえ、麻衣。あれ取ってよ」
「はい、どうぞ」
「紗智さん、ここ間違えているから修正よろしく」
「すみませ~ん」
「おいおい、しっかりやらんとダメだぞ?」
「ちょっと誠ちゃん! さっきから見てるだけじゃん!」
「あんたも手伝いなさいよ」
「俺は皆がきちんと作業に取り組んでいるか、監督しているんだ」
「とんだ無能監督ですね」
「うぐっ!」
「筒六さん、鷲宮さんも頑張っているんですから」
「ぐわああ!」
「え、え、私、なにかひどいことを――」
「麻衣さん、それはフォローになってないぞ」
「どっちかっていうと、とどめさしちゃった感じよね」
「ご、ごめんなさい!」
「ああ、誠ちゃんが悪いんだから、麻衣ちゃんは謝らなくていいよ」
「ええ、鷲宮先輩にはこれぐらいでちょうどいいです」
「お、俺は恐ろしい空間にいるのやもしれない」
「もう、そんなことはいいから、早く手伝ってよぉ~」
「はいはい」
この手伝いも、なんだか長いようで短い期間だった。よくよく考えると、こういうことができるのも今年だけだったんだよな。来年になると会長は卒業しちまうし、俺や紗智や三原が生徒会長にはならんだろうし。なったところで会長がいないんじゃ意味がない。なんだかんだいって楽しかったな。もう少し楽しんでおけば良かった。
1時間ぐらいが経っただろうか。最後の作業も無事に終えることが出来た。
「以上をもって、全て終了だ。みんな、本当にありがとう。全て君たちのおかげで無事に終えることが出来た」
「いえ、あたしたちはきぬさんの仕事の半分も手伝っていませんよ!」
「紗智さんの言う通りです。私たちは必死できぬさんの後を追いかけていただけです」
「ま、少しは暇つぶし出来たわ」
「色々と勉強になりました、きぬ先輩」
「みんな……」
「会長」
「鷲宮君……」
「無事終えることが出来て本当に良かったです。本当に……本当に……くっ」
「鷲宮君……」
あれ? なんだよ、これ?
「誠ちゃん……」
「いや、違うんだ。こんな、うっく」
なんでこんなに涙が出てくるんだ。
「あんた、マジ泣き?」
「お、おかしい、よな? 俺もなんでこんなに、うう、く」
「…………」
「ちょっとやめてよ、誠ちゃん……こんなことぐらいで、う、う」
「紗智さん……」
「お、おい、真似すんな、紗智」
「ま、マネじゃ、ない、ひっく、もん」
「2人とも――」
「えっ――」
「会長――」
会長は両腕いっぱいに俺と紗智を抱きしめてくれた。
「よく頑張ったね。君たちのおかげだよ。ありがとう。諦めないでくれて、ありがとう」
「う、会長、ううう」
「きぬさん……うわああああん!」
「少しは落ち着いたかい?」
「はい、ずずず……」
「すみません、ずず……」
会長は俺と紗智の涙で制服が濡れようが、俺たちが落ち着くまで抱きしめてくれた。とても温かく、優しい腕で。
「もうビックリしたわよ」
「悪い」
「それほど、きぬさんのことを想っていらしたのでしょう」
「鷲宮先輩と紗智先輩が1番頑張ってたかもしれません」
「そんなことないよ。ここにいるみんなが頑張ったから、出来たことなんだよ」
「紗智さんの言う通りだ。ここにいるみんながいたから、終えることが出来た。誰かひとりでも欠けていたら、成し遂げることは出来なかった」
「これで安心して、明日が迎えられますね」
「ああ。今日はみんな疲れただろう? お礼はまた後日するから、今日は帰って明日の学園祭に備えてくれ。そして、盛大に楽しんでくれ」
「はい!」
「すごく楽しみです!」
「言われるまでもないわね」
「自分へのご褒美だと思って、楽しみます」
「うむ、では解散。ご苦労様だった」
「誠ちゃん、帰ろう? 今日は特別に好きなもの作ってあげる」
「おう! それじゃ――」
ん? あれ?
「どうしたの?」
俺は何気なくポケットに手を突っ込んで違和感を覚えた。
「悪い、紗智。俺、教室に財布忘れてたみたいだから取ってくる」
「あたしもついていくよ」
「すぐ済むから、校門で待っててくれよ」
「わかった。早く戻ってきてね?」
「ちょっと行ってくる」
「えーっと、財布は――あった」
机の奥のほうにいっちまってたみたいだな。
危うく忘れるところだったぜ。
「…………」
明日はついに学園祭か。楽しみというよりかは、達成感のほうが大きい気がする。ま、明日を無事に終えられればなんでもいいか。
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