筒六ルート2話 学園祭、始まりますね

「財布もあったことだし、帰るか」

「お財布、見つかったんですか?」

声がしたほうを振り返ると、仲野が教室に入り、俺に近づいてきていた。

「仲野? こんなところでどうしたんだ?」

「先輩、どうしてるかなって……」

「なにがだ?」

「さっき、泣いてたので……」

「あ……ああ、そのことか」

「またしくしく泣いてるんじゃないかと思って」

「余計な心配かけてすまないな。でも、だいじょ――」

「あ、いえ、心配はしてないので、お気になさらず」

「って、なんだよ、そりゃ……。じゃあ、なんで来たんだよ?」

「レアなので、先輩の泣き顔をもう一度見ておこうかと」

「人の表情にそんな価値基準を設けるんじゃない」

「冗談です。本当は心配してました」

「本当か?」

「……本当です」

その間はなんだ。

「はあ……用が済んだから、もう行くぞ」

「待ってください」

仲野を追い越し、廊下へ向かう俺を仲野は引き止める。

「今度はなんだ?」

「先輩、明日の学園祭は誰かと回るんですか?」

「ん? いや、特にそんな予定ないけど?」

「では、明日はフリーなんですか? 自由なんですか?」

「自由って言い方は少しおかしいが、そうなるな」

「私と学園祭、回りませんか?」

「……本気か?」

「本気ですが?」

待て、焦るな……。仲野のことだから、なにか罠があるかもしれん。

「鷲宮先輩、罠があるとか思ってません?」

「エスパーか……」

「どうしますか、先輩?」

仲野は手を後ろで組みながら、中腰になって、俺を上目遣いで見てくる。

「ど、どうするって?」

「自分を信じます? それとも、私を信じます?」

「なんだその二択……」

「選んでください」

どうする……。仲野は本気で俺を誘っているのか? それとも、俺を弄んでるだけなのか? いつも冗談ばっかり言うから、わからん……。

「…………」

ああもう! ハニートラップだろうがなんだろうが、女子からのこんなお誘いに乗らずしてなにが男か。

「よし、仲野。学園祭、一緒に回ろうぜ」

「ぱんぱかぱーん」

「気の抜けたファンファーレだな」

「私を信じてくれたご褒美に、学園祭を一緒に回る権利を授けましょう」

仲野は小さく拍手する。

「ありがたく頂戴するよ」

「……ふふっ」

「なにがおかしいんだよ?」

「いえ、別に……ふふっ」

よくわからんやつだな。

「みんな待ってるだろうし、行こうぜ?」

「はい……ふふふっ」

俺と仲野は一緒に校門へと向かう。さっきからなにをニヤニヤしてるんだ。


「お待たせ」

「お待たせしました」

校門にはすでに、紗智と三原と鈴下が待っていた。

「おかえり、2人とも」

「あんたたち、廊下でばったりだったの?」

鈴下の言うばったりとは、一体なんなんだ?

「うん、そうだよ」

「なんのことだ?」

「筒六さんも教室にお財布を忘れて、取りに行ってたそうです」

ああ、それでついでに俺を迎えに来たっわけか。

「へえ、そうだったのか。でも、仲野は――」

「えい」

俺の言葉を遮るように、仲野は俺の脇腹を人差し指でつつく。

「うわっ! なにすんだ!?」

「いえ、脇腹がガラ空きだったので」

「だからって、つつくな。ゾワッてくるだろうが」

「脇腹つつき症候群なので」

「んな症候群ねえよ」

「そんなコントやんなくていいから、さっさと行くわよ」

「うん、待たせてごめんね、鈴ちゃん」

「誠ちゃんも行くよ」

「あ、ああ」


「じゃ、わたしたちはこっちだから」

「さよならです、先輩方」

商店街に着き、後輩組は別方向へ。

「明日の学園祭、よろしくお願いします、鈴さん、筒六さん」

「またね、2人ともー!」

「じゃあな」

「あ、先輩」

「なんだ?」

仲野は瞬間的に俺の耳元に顔を近づけ――

「明日、楽しみにしてますね」

とだけ小声で告げて、鈴下の方へ戻っていった。

「どうしたのよ、筒六?」

「ハーレム下校出来ていいですねって、言っただけだよ」

なんかひでーこと言われてるけど……。

「鷲宮さん?」

「早く行くよ?」

「ああ」

あまりに瞬間だったからか、2人は見てなかったようだ。もしかして、隠しておきたいのかな。いつもクールを装ってる割には恥ずかしがり屋なのか。それなら、わざわざ俺が暴露する必要もないし、黙っておくか。


「ふい~」

紗智もすでに自宅へ帰り、自室に1人でゆったりと自由な時間を堪能する。

それにしても、仲野が俺を誘ってくるなんて、どういう風の吹き回しだ? 単なる気まぐれか、それとも……。

「楽しみにしてます、か」

そんなこと言われたら、俺だって楽しみになってくる。深く考えるのはやめよう。仲野と学園祭を楽しむことだけ考えてればいい。

「おいっす、誠ちゃん」

軽快な挨拶をしながら、向かい側の部屋から顔を出す紗智。

「よう」

「寝てた?」

「いや」

「そう。あのさ、明日の学園祭、一緒に回らない?」

「無理」

「えー! どしてさ?」

「先約がある」

「先約って……誰?」

「それは企業秘密だ」

いくら紗智といえど、仲野の気持ちもあるからな。

「えー、なにそれー?」

「ともかく明日は無理だ。他を当たれ」

「せっかく誠ちゃんと回ろうと思ったのにー……」

「すまんな」

「いいよ。麻衣ちゃんを誘うから」

「おう、そうしてくれ」

「それじゃ、誠ちゃん。明日も起こしに行くから、寝坊したらダメだよ?」

「ああ、頼むぞ」

「うん、おやすみー」

「おやすみ」

俺と紗智は同時に窓を閉めた。

「うう、この時期に外の空気を入れると凍え死んじまう」

明日に備えて、寝よ。


「誠ちゃーん、モーニングだよ! 起きて!」

「うう……さぶいよー……」

「グッドモーニングだよ! 学園祭だよ! は・や・く!」

「はいはい……」

「着替えるの待ってるから、早く起きてよ?」

「りょーかい、しましたー」

ふああ……さっさと着替えて、寒さから身を守ろう。


「お待たせ」

朝食を済ませ、先に玄関先で待っていた紗智の元へ行く。

「行こ、誠ちゃん!」

「ああ」

「今日はいよいよ学園祭だね」

「って、昨晩も今朝も言ってるだろ」

「そうだけど、改めて今日が学園祭なんだなあって思っちゃって」

「学園祭の準備を手伝っていたのに、1番身近に感じねえな」

「あー、それわかるわかる。なんか逆に自分とは関係のないことだと思っちゃうよ」

「後は会長がどうにかするだろうし、俺たちは俺たちで学園祭に勤しむとしようぜ」

「あたしたちがやれることはやったしね」

「そういうことだ」

「あ、麻衣ちゃんだ。おーい!」

紗智の声に三原も気づいたようだ。

「おはよう、麻衣ちゃん」

「よお」

「おはようございます、紗智さん、鷲宮さん」

「今日はいよいよ、学園祭だよ!」

「はい、そうで――ふわあ……」

「なんだ三原、寝不足か?」

「はい、少々そのようです」

「なにかあったの?」

「いえ、そういうわけでは――」

「夜更かしでもしてたのか?」

「故意ではないのですが……」

「なにか急用でも?」

「あ、あの、その――」

「ん?」

「わ、笑わないで聞いてくださいね?」

「うん」

「実は今日の学園祭が楽しみで、眠れなかったのです」

「へ?」

おいおい、子供じゃないんだから、そんなのってあるのか。

「ぷっ、ふふ……」

「わ、鷲宮さん、笑わないって……」

「いや、すま、ぷふ、そうくるとは思わなくて」

「だ、だから、あまり言いたくなかったんです……」

「ちょっと誠ちゃん! 笑いすぎだよ! 麻衣ちゃん、かわいそうでしょ」

「す、すまん、三原。もう笑わないから」

「絶対ですよ?」

「ああ、了解だ」

三原って意外性に溢れてるよな。どんな爆弾しょってるかわからん。



校門に着いたときから感じていたが、校舎内に入ると学園祭の雰囲気がより一層伝わってくる。

「わあ、昨日も見ましたが学園祭の雰囲気が溢れてますね」

「昨日より、装飾増えてない?」

「それは今朝、取り付けたものなのだよ」

俺たちの背後から、知らぬ間に会長が近づいていた。

「あ、会長、おはようございます」

「おはよう、君たち」

「おはようございます、きぬさん」

「おはようございます、きぬさん」

「あ、あんたたち――」

「おはようございます、先輩方」

と思っていたら、階段から鈴下と仲野も下りてきていた。

「と鷲宮先輩」

俺は先輩方の中にいないのか。

「それで、今朝取り付けたっていうのは?」

紗智が会長にさきほどの疑問を伝える。

「ああ、今朝早くに生徒会役員と教員で飾り付けを増やしたのだ」

「なんで、そんなことを?」

「別に隠していたわけでも、遠慮したわけでもないんだが、当初からの予定だよ」

「予定というのは?」

「今朝、取り付けたものは学園祭当日に行うと当初から決まっていたものだ。校門に設置してある入場門のようにね」

「確かにそれは昨日の時点ではまだ設置されていませんでしたね」

三原の言う通り、昨日俺と紗智が飾り付けをした入場門は、昨日の放課後にはなかったが今朝には設置してあった。

「まあ、学園側にも色々と都合があるんだよ」

「でも、大変ですね」

「ぼやいても、やらねばならないことはやらねばやらない。口を動かしてる暇なんてないさ」

「なんだか、きぬさんらしいですね」

「そうかな?」

「はい」

「ともあれ、君たちのおかげで無事、当日を迎えることが出来た。本当に感謝しているよ。今日は存分に楽しでくれ」

「はい、ありがとうございます」

「私はまだやることがある。それではな」

「頑張ってください」

会長は足早にだが、余裕のある立ち振る舞いで去っていった。

「聞いてなかったのですが、鈴さんたちのクラスはなにか出し物をするんですか?」

「あー、わたしたちのクラス、なにやるんだっけ?」

「お化け屋敷だよ、鈴ちゃん」

「ああ、それそれ」

なんで、クラスメイトの鈴下が覚えていないんだよ。

「お化け屋敷ですか。楽しみですね、紗智さん」

「そ、そうだね、た、楽しみだな~」

「三原」

「はい?」

「紗智を……頼んだぞ」

「せ、誠ちゃ~ん……」

「お任せください」

「でも、筒六がいないんじゃつまんない~」

「筒六ちゃんと当番の時間帯違うの?」

「本当は一緒に受付の予定だったんだけどさ……」

「ごめんね、鈴ちゃん。どうしても、水泳部のほうに行かないといけないの」

「それは残念でしたね、鈴さん」

「私も残念だよ、鈴ちゃん……。だって――」

「ん?」

仲野は俺の隣に立ち、右手を上げさせる。

「お化け屋敷で恐怖に引きつった鷲宮先輩の顔が見れないんだもん」

「なんで俺がお化け屋敷に行くって――ん?」

空いた左手のほうへ仲野は紙切れを手渡し、握らせる。

「その前にあんた、お化け屋敷に来るの?」

「いや、行かん」

「それは残念です、鷲宮先輩」

上げていた右手をゆっくり下ろす。その場にいた全員が俺の右手に注目していたのか、仲野が紙切れを手渡したなんて微塵も気づいていないようだった。

「心配しないでください、鈴さん。私と紗智さんが行きますから」

「え゛――」

三原の言葉に絶句した様子の紗智。

「まあ、紗智と麻衣が来るんなら、少しはマシか」

「あ、あはは……はあ……」

紗智の顔は完全に諦めモードだ。すでに轟沈しているが、大丈夫か。

「鈴ちゃん、そろそろ時間だし、行こう?」

「そうね。紗智、麻衣、絶対来てね?」

「はい、もちろんです」

「ぜぜ、ぜったいに行くからぁ……」

「俺たちも教室へ行こうぜ?」

「はい」

「……うん」

俺はそっと手渡された紙切れをポケットにしまった。後で見てみよう。


「えー、みんなも知ってると思うが今日は御守学園祭だ。楽しむのはけっこうだが、ハメを外しすぎて問題を起こさないように。後は臨時担当役員やクラスの出し物の当番を忘れずに、自分の役割はきちんとこなしつつ、楽しむように。いいか、ただのイベント事と思わず、これも社会勉強の一環だということを忘れないこと。時間まで教室で待機。以上」

築島先生は言うべきことを終え、教室から出て行った。

「9時になったら、学園祭の始まりだよ」

「後、20分程度。ワクワクとドキドキです」

「開始とともに外部の人も来るからな。今年も戦争が始まるぞ」

「な、なにか争いごとが起きるのですか!?」

「当たってるような、外れてるような」

「パンフレットにフリーマーケットゾーンってあったろ?」

「はい、それは見ました」

「ここは生徒から集めたものや、保護者から集めたもの、御守町の人から集めたものなんかを安くで売ってるんだよ」

「そうそう。このエリアだけ町内会に貸し切っていて、毎年フリーマーケットを開いてるんだ」

「それと戦争と何の関係が?」

「この町のおばちゃんたちがこぞって、なにかないかと集結するんだ。なにせ、値段が値段だから、来客数も半端じゃない」

「去年もすごかったよね」

「これ目当てで来る人もいるぐらいだからな」

「なんだか、この学園祭は色々とすごそうです」

「食堂もおばちゃんたちがいつもより、さらに安くで売ってるから、それ目当てで来る人なんかもいるよ」

「なんか言葉にするとこの学園祭って、大々的にやってるんだな」

「前いた学園とは大違いです」

「じゃあ、今日は目一杯楽しまないとな」

「麻衣ちゃん、今日はあたしと2人で、一緒に回ろうよ」

「鷲宮さんはご一緒しないんですか? 私はてっきり、お化け屋敷だけ不参加だと――」

「もう誰かと約束しちゃったんだってえ。白状でしょー? ぶー!」

「俺の勝手だろ」

「そういうわけだから、今日は2人で回ろう?」

「はい、よろしくお願いします」

「!?」

学園中に校内放送の合図が鳴り響く。

「みなさん、おはようございます。生徒会長の小谷きぬです」

開始5分前。会長の放送が校内中に流れる。

「今日は御守学園祭です。身に余る行動を起こさず、しかし、精一杯楽しんでください。今日この日を無事に迎えられたのも、みなさんの力あってのことと思います」

「会長……」

「このような大きなことを成すには、1人の力では限界があります。今、私はこうして話していますが、私が行ったことは小さなことに過ぎません。この学園生全員の力あったからこそ、この学園祭は出来上がったと理解してます。今日の主役はここで喋っている私ではなく、みなさんです。なので、今日は多いに楽しみ、盛大に盛り上げて行きましょう。これより、御守学園祭の開催を宣言いたします。以上、生徒会代表の小谷きぬでした。ありがとうございました」

時間はジャスト9時。御守学園祭の始まりだ。

「よーし、麻衣ちゃん! いっくよー」

「はい、それでは鷲宮さん、また後ほど」

「じゃあね、誠ちゃん」

「早速、鈴さんのお化け屋敷に行きましょう」

「そ、それは後から……いや、行かなくても……」

教室を出て行くまで、紗智の抵抗は続いていた。

「さて、これは一体なんなんだ?」

手渡された紙切れを広げてみる。

「なるほどね」

俺はそこに書かれている場所へ向かった。

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