鈴ルート14話 本心
学園から帰宅した俺は、自室の扉の前で深呼吸していた。
「ふう……」
切り出しが1番大事だ。そこをしくじると、将棋倒しになる可能性が非常に高い。
「よし……!」
気合を入れ直し、いざ! 俺は思いっきり、扉を開いた。
「ただいま、帰った――ぞ?」
部屋の中には、半裸の鈴がいた。
「へ……?」
あっれー? この展開、見たことあるな……?
「…………」
「や、やあ、鈴。私、鷲宮誠。ただいま、勉学から戻ってきた次第であります」
「み、見たわね~?」
「はて……なんのことだか、さっぱり――」
「今、わたしの胸見たでしょ?」
「そんなことは――」
「いーや! 見たわね! 視線落としてたもん!」
「な、なんだよう! 別にいいだろ、恋人同士なんだから」
「そういう問題じゃないわよ」
「そ、それに! 鈴のはもう見たことあるから、今さら恥ずかしがっても――」
「そんなこと言わんでよろしいから……まず、出てけぇ!」
「どわあ! 物投げるのは禁止だって!」
「変態の誠が悪い! この! このっ!」
「ひええ! 壁は傷つく、投げた物は壊れる、俺の体も危険に――おぶすっ!」
毎度のように投擲物が直撃して、部屋から追い出される。なにが問題なんだ……。
「わたしがいるって知ってるんだから、ノックぐらいしてよ」
数分後、室内の鈴から許可が下り、俺は部屋で説教を受ける。
「なにが悪いんだよ」
「着替え中に入ってくるからでしょ」
「恋人同士なんだから、別にいいだろ」
「よくない」
「なんでだよ。もうお互いの裸だって――」
「そんなこと言わなくていいっての! それとこれは違うの! 恥ずかしいでしょ」
「どう違うんだよ?」
「裸見られるのと、着替えを見られるのとじゃ全然違うの! それにそういう雰囲気じゃないからダメ! いい? 次からは着替え中に入ってきちゃダメだからね?」
「わかったよ」
「部屋に入る前はノックすること」
「はいはい」
俺の部屋なんだけど……それにどう違うのかよくわからん。面倒だから、これ以上言及はしないが。
「ん?」
床に数枚の紙が散らばってる……。拾って見てみると、優しそうな中年の男が描かれてる。
「あっ、それ――!」
「おわっ!」
拾い上げた紙を強引に奪い、落ちている他の紙も慌てて回収する鈴。
「…………」
「鈴、それ――」
「な、なんでもない!」
「そうか……」
「…………」
「やっぱり、上手いな」
「え……?」
「絵、上手に描くなって思って」
「別に……大したものじゃないわよ」
「そうなのか? 俺から見れば、かなり上手に描けてると思うんだけど」
「こんなの単なる暇つぶしよ……」
「それ、なんの絵なんだ?」
「これは……」
「ん?」
「…………」
クシャクシャに回収した紙を握り締め、口ごもる。
「なんの絵でもないわ。適当に描いただけよ」
「そっか。鈴は絵描くの好きなんだな」
「なんでよ?」
「なんでって、好きじゃなけりゃ、そんなに上手くならねえだろ? いつも屋上に紙とペン持ち込んでたしさ。好きだから描いてるんじゃないのか?」
「別に好きで描いてるわけじゃない」
「じゃあ、なんで描いてるんだ?」
「言ったでしょ、暇つぶしよ。ずっとゲームやってるのもなんだし、気分転換に描いてただけ。さあて、プレイ再開しようかな」
鈴は握っていた紙を興味無さげにゴミ箱へ放り、スーファニをセッティングし始める。ゲームをやり始めたら、まともに話せないしここで切り出そう。
「なあ、鈴」
「なに?」
「学園、行く気ないのか?」
「ないわよ。あんなところ、どうでもいいし」
「中退するってことか?」
「そうなるんじゃない。届出しなかったら、自然消滅とかになるのかな」
「それでいいのか?」
「いいって言ってるんでしょ」
「……あのさ」
「ん?」
「実は昨日と今日の昼休み……仲野に会った」
「…………」
「鈴が学園に来ないから、寂しがってたぞ」
「…………」
「鈴には悪いけど、仲野には鈴が俺の家にいることは言ってある。それ言ったら、少し安心してたけど」
「…………」
「でも、やっぱり鈴には学園へ来て欲しいって。親友なんだろ?」
「筒六なら大丈夫よ」
「なにが大丈夫なんだ?」
「筒六はわたしと違って、他にも友達いるし、わたしがいなくたって――」
「それは違うだろ」
「なにがよ?」
「友達なら誰でもいいってわけじゃないだろ? 仲野は鈴に会いたがっているんだ。鈴は仲野のこと、友達って思ってないのか?」
「そんなわけないでしょ。わたしだって、筒六は友達――1番の親友だと思ってるわ」
「だったら――」
「でも、わたしはもう学園に行かないって決めてるの。筒六になにも言わなかったのは、申し訳ないと思ってるけど……」
「なら、早退してもいいからさ。せめて、仲野に一言だけでも――」
「……行かない」
「…………」
「もういいでしょ……」
「鈴……」
「なに?」
「俺も……寂しいぞ?」
「…………」
「俺も鈴が学園に来てくれないと寂しいんだ」
「学園でずっと会ってるわけじゃないじゃない」
「そうだけど、昼休みに鈴と屋上で喋りながら、昼飯食べるの好きなんだ」
「あそこじゃなくたって……」
「鈴と一緒にご飯食べれれば、どこだって嬉しいぞ。でもさ、あの屋上って、いいと思わないか?」
「…………」
「他の大勢を差し置いて、俺たちだけが屋上にいる。同じ施設内なのに、俺たちだけが切り離された空間にいるかのような感覚。2人だけの秘密の場所って感じで、居心地よくなかったか?」
「……誠って、意外とロマンチストなのね。……そうね、わたしも悪い気分じゃなかった」
「……学園、行く気ないか?」
「わたしは……」
「ご飯だよー!」
台所から紗智がご飯の合図を送ってくる。
「行こう、誠」
「あ、ああ」
最悪なタイミングだ。もう少しでいけそうだったのに……。
飯を食べ終え、紗智が帰ってしばらくするが――
「…………」
「…………」
さっき、話が中断されたため、お互い無言が続いていた。
「さっきの続きなんだけどさ……」
「お、おう……」
「わたし、やっぱり学園には行かない」
「…………」
「わたしは……誠と一緒にいれるのなら、それだけでいい」
「鈴……」
「だから、もう……」
「鈴、なにがあったんだ?」
「…………」
「家でなにかあったんじゃないのか?」
「どうして、そう思うの?」
ここからは慎重に言葉を選ばないとな……。俺があまり知りすぎていると、鈴に不信感を抱かれてしまう。
「一昨日の夜、急に俺の家に住むって言い出したからさ。それってようは家に帰りたくないってことだろ?」
「…………」
「あの日は鈴も落ち着きがなかったから、聞くのをためらったけど、2日経ったんだ。そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」
「わたし――」
「ん?」
「もうあそこにいたくない」
「自分の家か?」
鈴は無言で首を縦に振る。
「もうあいつに会いたくない」
「あいつって、誰なんだ?」
「……父親。そうは思いたくないけど……」
やっぱり、『あいつ』っていうのは父親のことだったのか。
「なんで会いたくないんだ?」
「あいつは……普段わたしのことなんて放っておくくせに、なにかあったときだけ父親面するんだ」
「…………」
「心配したなんて……そんなこと思ってもないくせに、平気で口にする。わたしのことなんて、どうでもいいって思ってくるくせに……」
「鈴……」
「母さんを……捨てたくせに……」
「え……?」
「母さんの次はわたしを捨てようとしてる。あいつにとって、わたしは邪魔者なんだ。そのくせ、自由にするのをよしとしないのよ」
「…………」
「最低の男よ……」
「お母さんを捨てたって、どういうことなんだ?」
「……母さんはわたしが幼い頃に亡くなったの」
「ごめん……」
「……いいわ。あまり覚えてないけど、優しくて可愛がってもらってたのはよく覚えてる。あいつにもすごく尽くしていたし。その頃のあいつはまだちゃんとした父親だった。すごく優しくて、頼もしかった。よくある幸せな家庭ってやつよ。でも、ある日母さんは病で倒れて、そのまま……」
「…………」
「わたしはすごく悲しかった。でも、あいつがいるから……。その時のわたしには、もうあいつしか頼れる人がいなかった。亡くなってすぐの頃は、わたしのために頑張ってくれていた。わたしはそんなあいつを早く支えてあげたくて、今自分に出来ることは勉強しかないって。そう思って、わたしはわたしなりに努力した。でも、母さんが亡くなって数年したある日、あいつは女を連れてきた」
「女?」
「会社の同僚だって言って、いつもお世話になってるから食事をご馳走したいって、あいつは言ったわ。正直、わたしは嫌だったけど、いつも頑張ってくれているし、あいつがそう言うのならって思って、一緒に食事した。それから、あいつは頻繁にあの女を家に呼ぶようになって、わたしといる時間よりも、あの女と一緒にいる時間のほうが長くなっていった。家に帰ってきたら、『晩ご飯』って書かれたコンビニ弁当だけおいてあるのよ。今考えると露骨過ぎて笑えてくる」
「…………」
「それでも、わたしはあいつを信じた。お世話になってるって言ってたから、きっと付き合いがあるんだろうって。そういうのが日常茶飯事になってたある日、いつものようにコンビニ弁当がおいてあった。今日も付き合いがあるんだ、いつも大変だなって思って、わたしはやったこともない料理を、あいつのために作ってあげようと出かけたの。そしたら……そしたらさ……」
「鈴……?」
鈴の体はフルフルと小刻みに震え始め、俯いた。
「…………」
「大丈夫か、鈴――」
心配になり、鈴に手を伸ばそうとしたとき、鈴は顔を上げた。その目には溢れんばかりの涙が溜まっている。
「あいつ、あの女と一緒にホテルへ入っていったのよ」
「――っ!?」
「その後のことはあまり覚えてない。ただ、気が付くと、わたしは家に帰ってて、床にはコンビニ弁当が散らばっていた」
「…………」
「あの女が全部悪いんだって、そう思った。あいつはあの女に操られてるんだって。だから後日、あいつが家にまたあの女を連れてきたときに、わたしは出て行くように言った。お前が全部悪いんだって、お前がいなかったらって。でもさ、あいつはそんなわたしを怒ったの」
「…………」
「その時、気づいたんだ。わたしはなにを勘違いしてたのか。あいつの目には、もうあの女しか映ってないんだって。母さんもわたしも、もうあいつにとっては不要な存在なんだって」
「鈴……」
「これが、わたしが家に帰りたくない理由よ」
「……ごめん」
「なんで誠が謝るのよ?」
「俺、鈴の気持ち、なにも考えずに聞いてしまった」
「気にしないでよ。わたしは別になんとも思ってないから」
嘘だ。本当にそうなら、泣くのを堪える必要なんてないだろ。
「そんな辛い思いしてるなんて、思ってなかった」
「だから、辛いとかそんな――」
俺は鈴を思いっきり抱きしめる。
「ちょ、誠?」
「いいんだ、鈴。我慢しなくていいんだ」
「我慢なんて――」
「今まで辛かったな」
「…………」
「ずっと1人で辛かったな」
「…………」
「誰にも言えずに我慢してきたんだろ?」
「…………」
「もう我慢しなくていい」
「せ……い……?」
「俺の前では我慢しなくていいんだ」
「…………」
「俺は――俺だけは、絶対に鈴の味方だから」
「う……うう……」
「鈴は悪くない。なにも悪くないんだ」
「うう……せ、誠……」
「だからもう、安心して泣いていい」
「誠……誠……ううう……」
「俺がずっと傍にいるから」
「わたし……いけないのかなって……ずっと悩んでた……」
「…………」
「わたしが……わがままを言ってるだけなのかなって……そう思ってた……」
「…………」
「でも、それでも嫌だったの。母さんとわたしを差し置いて、他の女に会ってるのが……う、うう……」
「大丈夫だ。鈴は間違ってない」
「ううう、誠、誠……!」
「よしよし……」
「う、うう……うわあああんん!」
鈴はずっと1人で悩んでいたんだ。父親のことがあって以来、他人に気を許すようなことをあまり好まなくなった。信じて――裏切られたくないから。でも、本心では寂しかったはずだ。その寂しさを少しでも俺が埋めてあげないと。これ以上、好きな人が悲しむ姿を見たくはない。
「すう……すう……」
1時間後、思いっきり泣いて疲れたのか、鈴は深い眠りについた。
「鈴、安心して眠れ」
鈴の父親……鈴がこんな状態だっていうのに、なんでなにもしないんだ。相手が父親だろうが、好きな人を傷つける奴は許せない。もし、会うときが来たら、鈴の代わりに俺が言ってやる。それを解決出来れば、鈴はまた学園に通ってくれるかもしれない。そのためにも頑張らなくちゃな。
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