鈴ルート13話 同環境


翌朝、鈴の見送りのもと、俺と紗智は登校する。

「じゃ、鈴。俺たちは行ってくるから、戸締りきちんとしておいてくれよ?」

「わかってるって」

「また後でね、鈴ちゃん」

「いってらっしゃい、誠、紗智」

鈴は俺たちに別れを告げると、すぐに玄関の扉を閉めた。大方、早くスーファニをプレイしたいんだろう。


「鈴ちゃん、今日も学園休むんだね」

少し歩いてから、紗智は口を開いた。

「そうみたいだな」

「このままでいいのかな……」

「…………」

もちろん、よくない。しかし、不用意に早く答えを出そうとするのも、鈴の性格を考えると、かえって解決が困難になる恐れもある。

「鈴ちゃん、どうして家出してきたのか、なにかわかった?」

「なんとなくな。だけど、もう少し様子を見たいんだ」

「そっか。誠ちゃんがそう言うのなら、それがいいと思う。でも――」

「でも?」

「あまり時間をかけるのも、よくないんじゃないかな」

「なんでだ?」

「えっと、不安になったり、怒ったりしないでほしいんだけど――」

「しないから、言ってみ?」

「時間をかけすぎたら、アクシデントのほうからやってこないかなって思って」

「どういう意味だ?」

紗智にしては珍しく、よくわからんことを言う。

「あたしも自分で何言ってるかよくわかんないんだけど、鈴ちゃんのやってることって、その……正直、あまりよくないことなんじゃないかなって……」

「…………」

「ごめん! 鈴ちゃんを責めてるわけじゃないの! あたしだって、鈴ちゃんがいいって思うほうに力を貸してあげたいよ」

「別に怒ってないから、続けろ」

「うん……そのね、よくないことを黙っていると、いずれ向こうのほうからやってくるんじゃないかって。子供の頃、誠ちゃんが野球してたときに近所のおじいさん家の窓をボールで割っちゃったことあるでしょ?」

「懐かしいな」

「そのときも誠ちゃん、怒られるのが嫌であたし以外には言ってなかったでしょ? でも、3日後に誠ちゃんだってバレて、怒られちゃったじゃない?」

「結局、目撃者がいて、それでバレたんだよな」

「うん……だからね、よくないことって、早めに解決したほうがいいのかなって、思ったの」

「そうか……」

紗智は紗智なりに鈴のことを考えてのことだろうな。

「心配するな、紗智。別になにも考えてないわけじゃないし、先延ばしにするつもりもない。俺だって、どうすれば1日でも早く解決出来るか考えているんだ」

「そっか。それなら、よかったよ」

「悪いな、紗智にも心配させて」

「あたしのことなら、気にしないで」

ともかく今はどうすれば、鈴が自分のことを話す気になってくれるかを考えないとな。

「あ、麻衣ちゃーん、おはよー!」

三原と合流したことで、俺も紗智も平常運転に戻っていった。


「…………」

昼休み、俺はとある目的のために中庭で昼食をとる。

「鷲宮先輩?」

「よお、仲野」

「珍しいですね。2日続けて、昼休みにここへ来るなんて」

「仲野に会おうと思ってな」

鈴のことなら、1人で考えるより、仲野の協力を仰いだほうが得策かもと思ったからだ。

「……ダメです、先輩。先輩には鈴ちゃんがいるじゃないですか。私は親友を裏切るわけには――ああでも、なぜこんなにも惹かれてしまうの……」

「演技力高いな」

「ありがとうございます。ですが、もう少しリアクションをくれないと、ちょっぴり恥ずかしいです」

「すまんな」

今はそんな余裕がない。

「大体の予想はついてますけど、私になにかお話が?」

「鈴のことについてだ」

「進展ありましたか?」

「残念ながら、ない。どう話を切り出したものか、困ってるんだよ」

「鈴ちゃんは島で例えるなら、周りが暗礁だらけですからね」

「おまけに港は閉鎖中ときたもんだから、取り付く島もない」

「今日も鈴ちゃんはおやすみですか?」

「ああ、学園に行こうともしてなかったな」

「そうですか……」

「担任、なにか言ってなかったのか?」

「今日も家に電話したそうですが、誰も出なかったと。それに家のほうからも、なにも連絡が来てないようです」

「なんだよそれ。鈴の親は知らんふりを決め込んでるってことか?」

家でかくまってる俺が言うのもなんだけど。

「なにかの事情で、家にいないのかもしれません」

「両親ともか? それは――」

ないだろと言いかけて、自分の両親のことを思い出し、その先は口を閉じた。

「……鈴ちゃん、家にはお父さんしかいないんです」

「そうなのか?」

「はい……。鈴ちゃんが先輩に話していないことを、私が言うのは少し気が引けますけど、この際やむを得ません。鈴ちゃんには後で謝っておきます」

「その時は俺も一緒に謝るよ」

「はい、先輩に脅されたと言って、許してもらいます」

「やめろ。鈴なら本気にしかねない」

「冗談です」

「冗談ついでに教えて欲しいんだが、母親のこと、なにか聞いてないか?」

「そこまでは……。父子家庭ということしか聞いてません」

「それにしても、鈴はよくそんなこと仲野に言ったな。俺にすら言ってくれないのに」

「……親友だからですよ」

「それにしたって――」

「そのことは、今はどうでもいいです」

「そうだな。……そっか、鈴は片親だったんだな。それなのに、その父親を嫌ってるんだろ?」

「そうみたいですね」

「頼れるのは父親だけだろうに、それでも嫌うってことはよっぽどなにかあったのかな」

「単に反抗期……って感じでもないみたいですし」

「前にさ……」

「?」

「鈴は『あいつはわたしのことなんて心配してない』って、言ってたんだ。それって父親のことなのかな?」

「それで間違いないかと」

「電話してこないのって、なにか事情があるとかじゃなくて、本当に鈴のことをどうでもいいって思ってるからって可能性はないか?」

「それは……」

「だって、1人しかいない肉親をそこまで嫌ってるってよっぽどだと思うんだ。一緒に暮らしてれば、多少なりと不満はあるけど、鈴の態度を見る限り、そういうレベルじゃないって思う」

「…………」

「さっきの鈴の言葉から察するに、本当は父親に心配してほしいんじゃないかな」

「そうかもしれませんね」

でも、そうしてもらえてないってことだろ。ったく、鈴の父親はなにやってんだよ。全然、鈴のこと見てないじゃないか。家出してるんだから、心配ぐらいすればいいのによ。

「なんか腹立ってきたぞ」

「これからどうするんですか?」

「1回、鈴とちゃんと話してみようと思う。このままじゃ、なにも解決しないし」

「そうですか。それはいいですけど、言葉選びは慎重に――感情に任せて発言するのだけは控えてください」

「それぐらいわかってるって」

余計なことは言わず、重要はことは鈴自身に言わせるしかない。そうじゃないと鈴が納得しないだろうからな。

「やることは決まった。後は迅速かつ慎重に事を進めるしかない」

「今回は期待してますよ、鷲宮先輩」

今回は、は余計だ。しかも今、強調したろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る