鈴ルート2話 学園祭、始まるわね

「財布もあったことだし、帰るか」

「財布、あったの?」

廊下のほうから、突如聞こえてきた声に俺は驚き、振り返る。するとそこには、教室の扉に寄りかかりながら、俺を見ている鈴下がいた。

「うわっ!? す、鈴下……?」

「なに?」

「いや、俺のセリフだ。帰ってたんじゃなかったのか?」

「わ、わたしも教室に忘れ物があって、通りかかったから寄っただけよ」

「そうか」

「……それより、大丈夫なの?」

「なにが?」

「あんたさっき……その、大変だったでしょ……」

「さっき……あ」

俺が泣いてたこと、気にしてたのか。

「すまん、みっともないとこ見せちまったな」

「別にいいわよ……」

「心配してくれて、ありがとう」

「そんなんじゃないし。大丈夫なら、いいわ」

素直じゃねーな、鈴下。

「みんな待ってるだろうし、そろそろ行こうぜ?」

「あ、ちょっと……」

鈴下を追い越し、廊下に出たとき、制服の裾を弱い力で引っ張られる。

「…………」

「ど、どうした?」

「あんたさ、その……あの……」

「なんだ?」

「えーっと……だから……」

なんなんだ一体?

「どうしたってんだ?」

「あんた……明日、なんか用事あんの?」

「学園祭があるけど?」

「だ、だから! その学園祭でなにかするのって聞いてんの!」

じゃあ、そう言えよ。

「特になにもしないな。クラスの出し物も当番から外れてるし」

「そ、そう……。なら、学園祭は紗智と回るの?」

「約束はしてない」

「ふ、ふーん……」

結局、なにが言いたいんだ。

「もう話は終わりか?」

「じゃあさ……」

「ん?」

「わたしがあんたと学園祭、回って上げてもいいわよ……?」

「…………」

なぜに上から目線? まあ、鈴下と学園祭を回ることに関しては悪い気はしないが。

「では、お言葉に甘えて、鈴下と学園祭を楽しもうかな」

「本当?」

「ああ、どうせ1人でいても暇だしな」

「あんたがそこまで言うなら、一緒に回ってあげるわよ」

だから、なんで――もういいや。

「鈴下こそ、大丈夫なのか? 俺と学園祭回っても」

「別にあんたを彼氏だなんて、誰も思わないわよ!」

「どうしてそうなる……。そうじゃなくて、クラスの出し物当番とかは大丈夫かって意味だ」

「へ……あ、言われなくてもわかってたわよ!」

「…………」

「なによその目は?」

「いえ、なにも」

話が進まんからやめとくか。

「それでどうなんだ?」

「……大丈夫」

「そか。なら、明日は鈴下と心ゆくまで楽しもう」

「いちいち言わなくてもいい。用済んだから、わたし先行くから!」

「あ、おい……!」

走って行っちまいやがった。用が済んだって……通りかかったんじゃなくて、俺を学園祭に誘うために来たのか。

「本当、素直じゃないな」

っと、やべえ。紗智たちを待たせてるんだった。俺は校門へ急いだ。

「悪い、お待たせ」

「遅かったね。お財布なかったの?」

「いや、すぐ見つかった。鈴下が――って、あれ?」

鈴下……いないな。

「どうしました?」

「鈴下、どこ行った?」

「鈴ちゃんなら、バイトがあるってもう行ってしまいましたよ、鷲宮先輩」

「そうか」

「鈴ちゃんがどうかしたんですか?」

「いや、なにもないぞ」

「本当ですか~?」

ジトーっとした目で、仲野は俺を見る。

「疑り深いな。ここにいなかったから、聞いてみただけだ」

「ふ~ん……」

心を見透かされている気分だ……。

「まあ、いいです。そういうことにしておきます」

「そういうことって……」

「なんだかテレパシーみたいですね、鷲宮さんと筒六さん」

「なになに~? 誠ちゃん、どういうこと?」

「なんでもな~い!」

鈴下がこいつらに言ってないのなら、俺の口から言わないほうがいいだろう。もし、鈴下が言いたくなかったとしたら、マジギレしてきそうなのが怖いからな。


「ふい~」

晩ご飯を食べ終え、俺は自室でくつろぐ。

なんで鈴下は俺と学園祭を回りたかったんだ? そっか、3日ぐらい前に出た『バーウォー』の新情報について語り合いたいんだな。このところ、学園祭の手伝いで、鈴下とゆっくり喋る暇もなかったし、あいつも溜まってるんだろう。明日はイカ焼きでも食べながら、いつもの屋上で語り合うとするか。

「おいっす、誠ちゃん」

いつものように、紗智は窓を開けて話しかけてくる。

「よう」

「寝てた?」

「いや」

「そう。あのさ、明日の学園祭、一緒に回らない?」

唐突だな。が、その申し出は断らねばならない。

「無理」

「えー! どしてさ?」

「先約がある」

「先約って……誰?」

「それは企業秘密だ」

「えー、なにそれー?」

「ともかく明日は無理だ。他を当たれ」

「せっかく誠ちゃんと回ろうと思ったのにー……」

「すまんな」

「いいよ。麻衣ちゃん誘うから」

「おう、そうしてくれ」

「それじゃ、誠ちゃん。明日も起こしに行くから、寝坊したらダメだよ?」

「ああ、頼むぞ」

「うん、おやすみー」

「おやすみ」

俺と紗智は同時に窓を閉めた。

「うう、この時期に外の空気を入れると、凍え死んじまう」

明日に備えて、寝よ。


「誠ちゃーん、モーニングだよ! 起きて!」

「うう……さぶいよー……」

「グッドモーニングだよ! 学園祭だよ! は・や・く!」

「はいはい……」

「着替えるの待ってるから、早く起きてよ?」

「りょーかい、しましたー」

ふああ……さっさと着替えて、寒さから身を守ろう。


「お待たせ」

朝食を済ませ、先に玄関先で待っていた紗智の元へ行く。

「行こ、誠ちゃん!」

「ああ」

「今日はいよいよ学園祭だね」

「って、昨晩も今朝も言ってるだろ」

「そうだけど、改めて今日が学園祭なんだなあって思っちゃって」

「学園祭の準備を手伝っていたのに、1番身近に感じねえな」

「あー、それわかるわかる。なんか逆に自分とは関係のないことだと思っちゃうよ」

「後は会長がどうにかするだろうし、俺たちは俺たちで学園祭を楽しむとしようぜ」

「あたしたちがやれることはやったしね」

「そういうことだ」

「あ、麻衣ちゃんだ。おーい!」

紗智の声に三原も気づいたようだ。

「おはよう、麻衣ちゃん」

「よお」

「おはようございます、紗智さん、鷲宮さん」

「今日はいよいよ、学園祭だよ!」

「はい、そうで――ふわあ……」

「なんだ三原、寝不足か?」

「はい、少々そのようです」

「なにかあったの?」

「いえ、そういうわけでは――」

「夜更かしでもしてたのか?」

「故意ではないのですが……」

「なにか急用でも?」

「あ、あの、その――」

「ん?」

「わ、笑わないで、聞いてくださいね?」

「うん」

「実は今日の学園祭が楽しみで、眠れなかったのです」

「へ?」

おいおい、子供じゃないんだから、そんなのってあるのか。

「ぷっ、ふふ……」

「わ、鷲宮さん、笑わないって……」

「いや、すま、ぷふ、そうくるとは思わなくて」

「だ、だから、あまり言いたくなかったんです……」

「ちょっと誠ちゃん! 笑いすぎだよ! 麻衣ちゃん、かわいそうでしょ」

「す、すまん、三原。もう笑わないから」

「絶対ですよ?」

「ああ、了解だ」

三原って意外性に溢れてるよな。どんな爆弾しょってるかわからん。


校門に着いたときから感じていたが、校舎内に入ると学園祭の雰囲気がより一層伝わってくる。

「わあ、昨日も見ましたが学園祭の雰囲気が溢れてますね」

「昨日より、装飾増えてない?」

「それは今朝、取り付けたものなのだよ」

俺たちの背後から、知らぬ間に会長が近づいていた。

「あ、会長、おはようございます」

「おはよう、君たち」

「おはようございます、きぬさん」

「おはようございます、きぬさん」

「あ、あんたたち――」

「おはようございます、先輩方」

と思っていたら、階段から鈴下と仲野も下りてきていた。

「とオプション先輩」

「俺の方を見ながら、さらりと言うな」

「それで、今朝取り付けたっていうのは?」

紗智が会長にさきほどの疑問を伝える。

「ああ、今朝早くに生徒会役員と教員で飾り付けを増やしたのだ」

「なんで、そんなことしたのよ?」

「別に隠していたわけでも、遠慮したわけでもないんだが、当初からの予定だよ」

「予定とは、どういうことですか、きぬ先輩?」

「今朝、取り付けたものは学園祭当日に行うと当初から決まっていたものだ。校門に設置してある入場門のようにね」

「確かにそれは昨日の時点ではまだ設置されていませんでしたね」

三原の言う通り、昨日俺と紗智が飾り付けをした入場門は、昨日の放課後にはなかったが今朝には設置してあった。

「まあ、学園側にも色々と都合があるんだよ」

「でも、大変ですね」

「ぼやいても、やらねばならないことはやらねばやらない。口を動かしてる暇なんてないさ」

「なんだか、きぬさんらしいですね」

「そうかな?」

「はい」

「ともあれ、君たちのおかげで無事、当日を迎えることが出来た。本当に感謝しているよ。今日は存分に楽しでくれ」

「はい、ありがとうございます」

「私はまだやることがある。それではな」

「頑張ってください」

会長は足早にだが、余裕のある立ち振る舞いで去っていった。

「…………」

鈴下、なんで俺を睨んで――あ、違うな。鈴下なりのアイコンタクトか。昨日の約束覚えてるか、不安なのか。了解、と俺も目で合図する。

「…………」

鈴下は睨むのを――もとい、アイコンタクトをやめ、納得したような顔になる。

「鈴ちゃんは学園祭、回ったりするの?」

仲野の唐突な質問に目を泳がせる鈴下。

「へ? あ、その……わたしは屋上で過ごすから」

ん?

「うん、そうよ。学園祭開始から、ずっと屋上にいるから」

「…………」

さり気に俺へ屋上で待ってるアピールしてるつもりだろうけど、違和感ありすぎ。

「えー、そんなのもったいないよ、鈴ちゃん!」

「せっかくの学園祭なのですから、回らなければ損ではないですか?」

紗智と三原は心配そうな目で鈴下を見る。

「いいの! 屋上で過ごすのが、わたしの楽しみ方なんだから」

「そうなんだ。鈴ちゃん、当番を抜けたから、てっきり――」

「わーわー!」

仲野の目の前で両手を挙げながら、ピョンピョン跳ねる鈴下。

「当番ってなんだ、鈴下?」

「なんでもない! 筒六、もう行くわよ!」

「そうだね。それでは先輩方、もしよろしかったら、うちのクラスでやっているお化け屋敷にいらしてください」

「どんなものか、ワクワクです」

「そ、そうだね、た、楽しみだな~」

三原のウキウキとは裏腹に紗智はプルプル震えているのがよくわかる。

「さ、早く行くわよ、筒六! ちなみに、わたしは屋上にいるから、クラスにはいないと思うけど、よろしくね~」

「ペコリ」

だから、鈴下よ、そのアピールはもういいって。それと仲野よ、お辞儀してないくせに言葉だけ発するのはどうかと思うぞ。

「あたしたちも教室行こうよ」

「はい」

「ああ」

鈴下、もしかして……。


「えー、みんなも知ってると思うが今日は御守学園祭だ。楽しむのはけっこうだが、ハメを外しすぎて問題を起こさないように。後は臨時担当役員やクラスの出し物の当番を忘れずに、自分の役割はきちんとこなしつつ、楽しむように。いいか、ただのイベント事と思わず、これも社会勉強の一環だということを忘れないこと。時間まで教室で待機。以上」

築島先生は言うべきことを終え、教室から出て行った。

「9時になったら、学園祭の始まりだよ」

「後、20分程度。ワクワクとドキドキです」

「開始とともに外部の人も来るからな。今年も戦争が始まるぞ」

「な、なにか争いごとが起きるのですか!?」

「当たってるような、外れてるような」

「パンフレットにフリーマーケットゾーンってあったろ?」

「はい、それは見ました」

「ここは生徒から集めたものや、保護者から集めたもの、御守町の人から集めたものなんかを安くで売ってるんだよ」

「そうそう。このエリアだけ町内会に貸し切っていて、毎年フリーマーケットを開いてるんだ」

「それと戦争と何の関係が?」

「この町のおばちゃんたちがこぞって、なにかないかと集結するんだ。なにせ、値段が値段だから、来客数も半端じゃない」

「去年もすごかったよね」

「これ目当てで来る人もいるぐらいだからな」

「なんだか、この学園祭は色々とすごそうです」

「食堂もおばちゃんたちがいつもより、さらに安くで売ってるから、それが目的の人なんかもいるよ」

「なんか言葉にするとこの学園祭って、大々的にやってるんだな」

「前いた学園とは大違いです」

「じゃあ、今日は目一杯楽しまないとな?」

「麻衣ちゃん、今日はあたしと一緒に回ろうよ」

「え、ですが、よろしいのですか?」

「なにが?」

「その、鷲宮さんと楽しむのでは?」

「もう誰かと約束しちゃったんだってえ。白状でしょー? ぶー!」

「俺の勝手だろ」

「そういうわけだから、どうかな?」

「はい、私はかまいません」

「やったー」

「!?」

学園中に校内放送の合図が鳴り響く。

「みなさん、おはようございます。生徒会長の小谷きぬです」

開始5分前。会長の放送が校内中に流れる。

「今日は御守学園祭です。身に余る行動を起こさず、しかし、精一杯楽しんでください。今日この日を無事に迎えられたのも、みなさんの力あってのことと思います」

「会長……」

「このような大きなことを成すには、1人の力では限界があります。今、私はこうして話していますが、私が行ったことは小さなことに過ぎません。この学園生全員の力あったからこそ、この学園祭は出来上がったと理解してます。今日の主役はここで喋っている私ではなく、みなさんです。なので、今日は多いに楽しみ、盛大に盛り上げて行きましょう。これより、御守学園祭の開催を宣言いたします。以上、生徒会代表の小谷きぬでした。ありがとうございました」

時間はジャスト9時。御守学園祭の始まりだ。

「よーし、麻衣ちゃん! いっくよー」

「はい、それでは鷲宮さん、また後ほど」

「じゃあね、誠ちゃん」

「あんまり、三原に迷惑かけんなよー。って、もういねえし」

俺も散々アピールされた屋上へ行くか。

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