麻衣ルート16話 最強の協力者
「はあ、はあ、はあ……」
本当に最悪だ。丸善さんの言うことを鵜呑みにして、自分を納得させたような気にして……紗智の言った通りじゃねえか。それに屈してしまえば、俺の麻衣への気持ちなんてたかがその程度だって、認めちまうのと同じだ。
なにが愛してるだ。なにが大好きだ。それもこれも行動が伴ってねえと無意味だろ! そんな当たり前のことにも気づかず、紗智に言われて初めてわかるなんて……くそ!
「頼む……間に合ってくれ!」
あの角を曲がれば、麻衣の家が――
「小僧か……」
「おわっ! ――っとと! く、黒瀬さん?!」
いきなり目の前に現れるなよ。ぶつかるところだった。
「なにをしに来た?」
「俺、やっぱり認められないんです」
「…………」
「三原家に事情があるのは知ってます。それでも俺は麻衣から離れたくない! 麻衣と他の男が結婚するなんて我慢出来ない!」
「…………」
「相手が黒瀬さんだろうと、俺は――!」
「残念だが、お嬢はもういない」
「え……」
「今朝、ここを離れた。現在、実家に向かっておられる」
「…………」
「手遅れだったな、小僧」
「…………」
「結婚式に出席せねばならぬ故、私もすぐに向かう。貴様とはもう――」
「……それなら、手遅れじゃない」
「なに?」
「俺も連れて行ってください!」
「貴様、正気か?」
「正気だったら、こんなこと頼みませんよ」
「ふざけているのか、貴様――」
「麻衣になにかあって、正気でいられるわけないでしょ?」
「…………」
「決めたんです。俺はなにがあっても麻衣を離さない。もう自分の気持ちに嘘はつきたくないし、つけません」
「…………」
「丸善さんに守りたいものがあるように、俺にも守りたいものがある」
「…………」
「だから、俺は黒瀬さんにこんな無茶なことだって頼めるんですよ」
「俺がそれに従うとでも?」
「従わせますよ」
「ほう……力づくでか?」
「間違ってはいません」
「?」
「麻衣に聞いたんです。三原家を継げる者は自分しかいないから、結婚するなら婿養子にきてもらうしかない。そこで家業の勉強をし、継がねばならないって」
「それがどうした?」
「今回の件、ようはカワウソを出し抜くほどの業績を上げればいいんでしょ?」
「貴様、なにを――」
「俺を今助ければ、俺が三原家を継いだ暁には可能なものに限り、あなたの望むものを与えます」
「…………」
「そして、三原家を今後100年は安泰にしますよ」
「…………」
「どうしますか?」
「く……くく……」
「?」
「あっはっはっは!」
「黒瀬さん?」
「……失礼。貴様はなんともアホらしいことをぬかす」
「そうですか?」
「本気なんだな?」
「もちろん」
「小僧――いや、鷲宮誠」
「なんですか?」
「私と一緒に地獄を見る覚悟はあるだろうな?」
「麻衣と一緒なら地獄なんてありませんよ」
「合格だ。いいだろう、鷲宮誠。お嬢のもとへ連れて行ってやる」
「ありがとうございます!」
「ただし、私の望むものはお嬢を連れ戻したらすぐにもらうぞ?」
「それは?」
「決まっている。お嬢の笑顔だ」
「楽勝ですよ」
「よし。では、少し失礼するぞ?」
「え――おわあっ!」
突如、体中を拘束され、目隠しを施される。
「悪いが現地まではこの状態でいてもらう。私の車や式場の場所は機密に溢れているのでな」
「わ、わかりました」
「行くぞ」
黒瀬さんに抱えられ、どこかに乗せられる。多分、車の後部座席に寝かせられたんだろう。タイヤとエンジン音がそれを証明している。
「黒瀬さん?」
「なんだ?」
「言えないなら教えてくれなくてもいいんですけど、三原家の後継って麻衣しかいないんですよね?」
「さっき貴様がそう言っただろ?」
「でも、麻衣はカワウソに嫁ぐってことですよね? それならどっちみち、三原家は途絶えてしまうんじゃないですか?」
「その問題はカワウソの長男とお嬢の間に出来た子供を三原家に授けることで解決している」
「なるほど」
「そんなことはさせんがな」
「……もう1つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「黒瀬さんは丸善さんの部下ですよね? なのに、どうして俺の味方をしてくれるんですか?」
「貴様が従わせると言ったんだろう?」
「そうなんですけど――」
「断っておくが貴様のためではない。全てはお嬢のためだ」
「…………」
「私は昔からお嬢のために生きてきた。お嬢の幸せは私の幸せだ」
「…………」
「貴様といるときのお嬢は心からの笑顔を見せてくれる。私にとって、それが至福のときなのだ」
「黒瀬さん……」
「お嬢と私の期待を裏切るなよ、鷲宮誠?」
「当然です」
「式場まではまだまだ遠い。到着したら起こしてやるから、少し休んでいろ」
「と言われても、この状態じゃ……」
「心配いらん。そろそろ睡眠導入効果のある香が効いてくるだろう」
いつの間にそんなものを……って、あれ?
「い、意識が――」
だんだんと……遠のいて……。
「起きろ」
「…………」
「起きろ、鷲宮誠」
「はっ! こ、ここは――」
なにも見えない暗闇だが、なんだか周りが人の声でざわついている。
「静かにしていろ。ここは式場だ」
「俺、今どうなって――」
「荷物に扮している。――が、大きな声を出せばバレる危険があるから注意しろ」
「わ、わかりました」
「いいか? 今、貴様のいる場所から直線上左側にお嬢がいる」
「!?」
すぐ近くにいるのか、麻衣。
「そのすぐ隣にカワウソの長男がいるから、決して接触することのないようにな」
本当ならぶん殴ってやりたいところだけど、黒瀬さんの指示通りにしておこう。
「もう間もなく電気系統を潰して、会場を暗闇にする。その後すぐに貴様を自由の身にするから、私が第一声をあげた3秒後に、貴様はお嬢に向かって走り出せ」
「でも、麻衣は戸惑わないですかね?」
「抱えることぐらいはできるだろう。お嬢もパニックになるだろうが、貴様の声を聞けば落ち着かれるはずだ」
「抱えて――どうすれば?」
「真後ろに向かえ。全力でな」
「それだけですか?」
「貴様には途中、麻酔で眠ってもらう」
「俺ってなんだか眠ってばかりですね」
日の光すら見れてないし……。
「部外者である貴様には見せられないものが多いんだ。ここまで連れてくるのにも苦労したんだぞ?」
「すみません、文句ってわけじゃないんです」
「事が起きれば、後は貴様の行動にかかっている。絶対にしくじるな」
「警護とかをくぐり抜けられますかね?」
「すでに協力者を多数忍ばせている。貴様は私が言った通りに動けば問題は――!」
「黒瀬さん?」
「黙れ」
「?」
「よお、黒瀬」
「!?」
この声、丸善さんか!
「お疲れ様です、旦那様」
「こっち戻ってきて、すぐに式の準備だったから、さすがに疲れたわい」
黒瀬さんと丸善さんが俺のすぐ近くで会話している。
「お綺麗ですね、お嬢」
「ああ……最高だが、最悪だ」
「…………」
「そういや、あの坊主はどうしてた?」
「といいますと?」
「落ち込んでたんじゃないかと思ってな」
丸善さん、なにを――
「坊主には悪いことしちまったよ。それは麻衣に対してもだがな」
「旦那様が責任を感じることはありません。本当はこうならないように精力を尽くしたのですから」
「結果が悪い以上、俺に言い訳する権利はない」
「ご立派です、旦那様」
「こんなことさえなければ、坊主と麻衣の関係を許してやってもよかったんだけどな」
「……旦那様、そろそろ――」
「おっといけねえ。また後でな、黒瀬」
「はい」
丸善さん、本当はあんなことを……それを知らず、俺は――
「……1分後だ、鷲宮誠」
「――っ!」
ついに来た! ここまできたんだ。もう怖いものなんてない! 待っていろ、麻衣! 俺が助けてやる!
「!?」
途端、多くの人間の騒ぎ声が聞こえ、俺の喉に新鮮な空気が通る。――始まったのか!?
「お嬢をお守りしろ!」
黒瀬さんが声を発した! ――1……2……3……今だ!
「――っ!」
俺は全力で走った。正面に向かって、手を伸ばし走った。俺の走る先に邪魔するものはない。だから、思いっきりその腕を掴んだ。
「な、なに……!?」
聞き覚えのあるその愛しい声の主を抱える。デカイ衣装を着ているのか、抱えづらかったが重さは気にならなかった。そして、真後ろに走った。持てる力の全てを出し切って。
「え……え?」
「安心しろ」
「!?」
「俺がついてるから、安心しろ」
「その声――」
「うっ!?」
チクっとした痛みがあったのが気のせいだと思えるほど、すぐに気を失う。これ……麻酔か……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます