麻衣ルート10話 忠義

「ん……んん……?」

なんだこんな朝からピンポンピンポン。家のベルをそんなに鳴らすんじゃねえよ。

「んー……」

「ああ……! うるっせえ!」

誰だか知らんが、朝っぱらからアホほど鳴らしやがって! 出ればいいんだろ、出れば!

「うるせえぞ、朝か……ら?」

啖呵を切って、玄関のドアを開くとそこには見知った黒服の男がいた。

「…………」

「えーと、黒瀬さん?」

なんで俺の家に?

「ここにお嬢がいるな?」

「――っ!?」

「隠しても無駄だ。ここにいることは知っている」

「麻衣になにか用ですか?」

「貴様には関係ないことだ」

「いやありますよ」

「?」

「俺は麻衣の恋人です。そっちがどういう用件かわかるまで、素直に従えません」

「それは貴様が勝手にそう思っているだけだ。旦那様の許可は下りていない」

「許可ってなんだよ? 麻衣の気持ちはどうでもいいってか?」

「貴様、いい加減に――」

「黒瀬……」

「ま、麻衣!?」

いつの間に起きてたのか。

「探しておりました、お嬢」

「嘘でしょう。昨日の時点でもう私がここにいるのは知っていたはずです」

「ご容赦ください」

「お父様……ですね?」

「旦那様が心配なさってます。直ちにご帰宅ください」

「拒否は……出来ないのですね?」

「恐れながら今朝方、発見の報告を致しましたので」

「え……」

「…………」

麻衣は少し驚いた様子だったが、それを見た黒瀬さんは顔を伏せた。

「なぜですか? なぜ昨夜の内、お父様に知らせなかったのですか?」

「私がそう判断したからです」

「誤魔化さないでください。私は理由を聞いているのです」

「私の主は旦那様ですが、同時にお嬢のお目付け役です。その私の仕事は、お嬢に快適で満足いただける生活を送れるようサポートすることです」

どういうことだ?

「そして、旦那様の命はその仕事の上位となる、とは申し付けられておりません」

「黒瀬……」

「であれば、いつ、どちらを優先すべきかは私の判断に委ねられていると思い、報告は今朝方に致しました」

「…………」

「それが理由です」

つまり、麻衣に猶予を与えたということか。

「黒瀬、あなたには苦労ばかりかけてしまいますね」

「私は三原家に忠誠を誓った身。苦労など微塵も感じたことはございません」

「…………」

「お嬢、あまりお時間を要しますと旦那様がご心配なさいます」

「わかりました」

「え、ちょっと――」

「迷惑をかけたことは謝罪する。だが、これ以上の口出しは許さん」

「すみません、誠さん。今日はもう帰ります」

「…………」

「宿泊させていただきありがとうございました」

「あ、ああ……」

「行きましょう、お嬢」

「はい」

麻衣と黒瀬さんは背中を向け、去っていった。もうなにがなんだか――

「誠ちゃん?」

「……紗智」

なにかを嗅ぎつけたのか、紗智は知らない間に自分の家から出てきていたようだ。

「今のって、麻衣ちゃんだよね? あの男の人は――」

「…………」

「ね、ねえ、なにがどうなってるの?」

「そんなこと俺が聞きてえよ」

「誠ちゃん……」

「…………」

「大丈夫なの、麻衣ちゃん?」

紗智、本気で不安そうだ。ずっと一緒にいたから、その度合いがよくわかる。俺以上に状況を理解してないんだから当然か。これ以上、紗智を不安にさせるわけにはいかないな。

「悪い、紗智。そんなに心配することないんだ」

「そうなの?」

「急な出来事だったから、俺も唖然としてただけなんだ」

「そうなんだ……。麻衣ちゃん、どうしちゃったの?」

「なんというかプチ家出みたいなやつでさ」

「昨日、泊まりに来てたのが?」

「そうそう。それでお迎えの人が来たってわけ」

「じゃあさっきの人、麻衣ちゃんのお父さん?」

「違う違う。簡単に言うとボディーガード的な」

「なーんだ、ビックリした。お父さんにしては若いなって思ったんだよね」

「年齢は不詳だけどな」

「でもよかったー。麻衣ちゃんは知らない人に連れて行かれるし、誠ちゃんはすごい顔だったし、心配したよ」

「すまんな」

「いいっていいって。それにしても、麻衣ちゃんにしては大胆だよね」

「家出?」

「うん。普段、大人しいからさ」

「確かにな」

俺も昨日、泊まりに来るって言われたときは驚いたもんな。

「よっぽど、家で嫌なことでもあったのかな?」

「そういえば、理由聞いてなかったな」

なんで突然泊まりに――いや、それ以前になんで家出みたいなことしたんだろ。

「家で嫌なことでもあったんじゃないかな」

「それが1番濃厚だろうな」

「帰ったってことは思うところがあったんじゃないかな。あたしもそういうことあったから、わかるよ」

「あー、あったな。小さいとき、1回だけ家出したもんな」

「家出先が誠ちゃんの家だったから、あんまり意味なかったけどね」

「次の日には帰ったよな?」

「うん。離れてみたら冷静になれるから、自分のことも……えーと、なんだっけ? 別の目線から見れる的なやつ」

「客観的?」

「そう! それそれ!」

「お前……大丈夫か?」

「う、うるさいなあ。ともかく、麻衣ちゃんのことは多分大丈夫だよ」

無理やり締めたな。

「経験者が語るのなら心配はいらねえな」

「うん。今日はちょっと無理だろうけど、明日も休みなんだし、会う約束してるんでしょ?」

「いや、してないけど?」

「えー……」

「なんだよ、その反応は」

「誠ちゃーん、恋人なんだから休日デートくらい誘ってあげなよ。麻衣ちゃん、かわいそうだよ?」

「う……」

「後で電話かけなよ」

「電話番号知らない」

「だめだこりゃ……。じゃあ、直接自宅に行くのは?」

「いやー、無理っぽいかも」

「なんで?」

「行っても追い返されそう」

あそこの親父、俺のこと問答無用で毛嫌いしてるからな。家に上がらせてくれるかどうか。

「はあ、だったら尚更なんで前もって誘わなかったのさ?」

「だって、泊まりに来てるから、いつでも言えると思って……」

「あのね、誠ちゃん。女の子は楽しみにしたい生き物なの。いつでもデートの約束できる関係でも、直前に約束するのと前もってするのとでは違うの」

「そういうものか?」

「そういうものです! いい? 今度からそうしてあげなよ?」

「わ、わかりました」

「よろしい。そろそろ、家に入ろうよ? 朝ごはんまだでしょ?」

「あ、ああ」

はあ、俺って恋人としてまだまだだな。そういうことにも気がつかないなんて。週明け、登校するときに休日デートの約束を忘れないようにしよう。

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