紗智ルート14話 初デート前編

「ん……」

朝か……。紗智はまだ来てないみたいだな。紗智が起こしに来るより、先に目が覚めるなんて初めてだ。

「おっはよー、誠ちゃーん!」

玄関の方から聞こえるこの声、紗智が来たようだ。これを利用しない手はない。走ってきてるのかドタドタと廊下に足音が鳴り響く。俺は急いで布団を全身に被った。

「誠ちゃーん、入るよー?」

ノックで確認をとってから、部屋の扉を開けるなんて、律儀だな。

「うーん、やっぱり寝てるか……」

ふっふっふっ、今日はそうでもないのだよ、紗智くん。

「誠ちゃん、起きてよう」

布団の上から、俺の体を揺らす。

「今日はお出かけするんでしょ? 起きてってばー」

同じスピードでゆさゆさと左右に揺らす。ここはタイミングを見計らわないと……。

「もう! お布団はいじゃうよ?」

紗智が布団を掴んだのがわかった瞬間――

「わあ!」

「わひゃうっ!?」

自ら布団をめくり上げ、大声を出す。

「せ、せ、せ、誠ちゃん?」

「へっへっへっ」

「も、もう起きてるなら――あっ!?」

驚いて身を固めていた紗智の腕を掴み、布団に引きずり込む。

「へへへ、もう逃げられぬぞ~」

「い、いやー! やめてー!」

「そりゃ! 覚悟せい!」

「た、助け――んんっ!」

引きずり込んだ紗智の顔を手で押さえて、唇同士を接触させる。

「ん、んんっ! んちゅ、んちゅ……」

初めはなにが起きてるのか理解出来なかったようで、抵抗の意志を見せていたが、徐々に弱まり、その行為を受け入れていく。

「ちゅっ、ちゅむっ……んぷあ!」

「おはよう、紗智」

布団をはぎながら、朝の挨拶を述べる。

「おはよー――ってそうじゃないよ!」

「どうかしたか?」

「もうビックリしたんだから!」

「たまには先に目を覚ましておくのも、悪くないかと思ってさ」

「だからって、驚かさなくてもいいよ~」

「それ以外なら、いいのか?」

「え、ええ~!?」

「どうなんだ?」

「それは――」

紗智はもじもじしながら、横目で俺を見る。

「チュウは嬉しかったけど……」

「なら、よし」

「もう~、誤魔化すんだから……」

「俺、着替えるよ」

「じゃあ、あたしは朝ごはん作ってるね。簡単なものでいいでしょ?」

「ああ、紗智に任せる」

「うん、待ってるね」

紗智はトタトタと台所に向かっていった。

「パッと着替えるか」

昨日は寝れないんじゃないかって思ったけど、案外ぐっすり眠れたな。今日のデ、デートは万全だ。


着替え終わり、リビングへ移動するとすでに紗智は俺を待っていた。

「朝食、出来てるよ」

トースト、生サラダにコンソメスープか。

「なんか優雅な朝食って感じだな」

「そうかな? 簡単なものって言ったら、こんなものだと思うけど」

「ともかく、いただきまーす」

「いただきます」

「久しぶりに休日で朝飯食った気がする」

「えー、いつもは食べてないの?」

「つか、大体は昼まで寝てるしな」

「おばさん、朝起こさないの?」

「前は起こしに来てたんだけど、次第に諦めて、ついには朝食まで作らなくなった」

「誠ちゃんらしいね。でも、あたしがいるからにはちゃんと朝起きて、朝ごはん食べてもらうからね」

「え~、休日ぐらいゆっくり寝かせてくれよ」

「だーめ! そんなことしたら、誠ちゃん怠けちゃうもん」

「じゃあ、俺はいつゆっくり眠れるんだ?」

「夜早く寝れば、朝は自然と目が覚めるよ。だから、今日は早く目覚めてたんでしょ」

「なるほど、一理あるな」

「一理しかないの」

「まあ、考えようによってはそれがいいかもな」

「どういうこと?」

「ちゃんと朝起きる代わりに紗智の料理、朝から食べさせてくれよ? それなら、早く起きる意義が出来るってもんだ」

「せ、誠ちゃんが、それで早く起きてくれるんなら――」

「よっしゃ! 約束だぞ?」

「うん、喜んで!」

「それで今日はまずどこに行く?」

「そうだねえ。ぶらつくと言っても、まずどこかに行かなくちゃ始まらないしね」

「いいとこあるか?」

「あ、ならさ、商店街に行こうよ! あそこならこの町の中心だし、行こうと思えばどこでも行けるしさ」

「お、それいいな。採用だ」

「やった!」

「よし、ささっと食べて、繰り出そうぜ」

「うん!」


俺たちは30分もしないうちに朝食を食べ終え、玄関先へと出ていた。

「準備はいいか?」

「ばっちり!」

「出発だ」

「あ、誠ちゃん!」

「ん? なんだ?」

「その、手を――」

「手がどうした?」

「あの、その――」

「わかった。組みたいのか? いつもやってることだから、気にせずすれば――」

「そうじゃなくて、今日は違うの」

「違う? なら、なんだ?」

「その、手つなぎたいの……」

「手をつなぐ?」

「う、うん」

「なんだそんなこと――ほれ」

「あっ……」

微かに震えている紗智の手を握る。

「これでいいか?」

「うん、ありがとう」

「腕組むのはよくて、手つなぐのが恥ずかしいってさ」

「だってえ、したことなかったから、緊張しちゃって」

「言われてみれば、手つなぐのは子供のときぐらいだったもんな」

「うん、それに今とはわけが違うよ」

「紗智の手、あったかいな」

「それは誠ちゃんもだよ。おっきいしさ」

「昔、握ったときとは大分印象が違う」

「そうだよね。今の方がいいな」

「ああ、俺もだ」

「えへへ」

「ふふ――さ、行こうぜ?」

「うん!」

これだけ長く一緒にいて、こうやって手をつなぎながら出かけるのが初めてなんだ。恋愛関係になるって、それだけなにもかもが変化するってことなんだな。

今日は紗智と初デート。俺たちの初めてはまだ始まったばっかりだ。


「さて、着いたわけだが、どこへ行くか」

「せっかく2人で来たんだし、なにか目新しいとこに行きたいかな」

「んなこと言っても、ずっとこの町にいるんだから、いまさら目新しさもなにも――」

「あ、誠ちゃん! あれ! あそこ行きたい!」

「え……あ、あれか~?」

紗智の指差す方向にはなんとゲームセンターがあった。

「あそこっていうのは、ゲームセンターの隣にある骨董品屋じゃないよな?」

「違うよー! そこは子供の頃に行って、店主のおじいちゃんが怖くて、近寄らないようにしてるじゃん」

「よくそんなこと覚えてるな」

「そうじゃなくて、ゲームセンターに行ってみたいの」

「本気か~? というか珍しいな、お前がゲームセンターに行きたがるなんて」

「行ったことないし、それに――」

「それに?」

「誠ちゃんのことはなんでも知っておきたいから」

「紗智……」

「さ、さあ! 行くよ!」

「わかったから、引っ張るなって!」


「わあ! ここがゲームセンターなんだー」

紗智は入るなり、感嘆の声ばかり上げている。

「なんだか、この場所だけ特別な空間って感じだね」

「そうだな……」

「どうしたの、誠ちゃん? もしかして、具合悪い?」

「いや、なんでもねえよ。気にすんな」

こんな場所にカップルで来るやつなんてまずいないから、周囲の視線を集めていることにすぐ気がついた。

「ねえねえ! 誠ちゃんがいつもやってるのは、どんなのなの?」

「ああ、俺がいつもやってるのは向こうのほうだ」

幸いなことに、ここはジャンル別に筐体を配置してあるから、格ゲーエリアは隅のほうだった。今日も猛者たちが己を鍛えるために集まっているのが、ここからでも見えた。

「へ~、行ってみたい」

「い、いや、やめておこうぜ?」

「どうして?」

「ほら、あそこ人がいっぱい集まってるから、ゲームできないと思うし、なにより1人用だからな」

「あたし、誠ちゃんがゲームしてるとこ見てるよ?」

「2人で来たんだから、紗智を放っておいてゲームするほど無神経じゃねえよ」

「誠ちゃん……」

それもあるが、1番はあの魔の巣窟に紗智を連れて入る勇気がないからだ。もし乱入なんてしてみろ。ボコボコにされた挙句、公開処刑もんだぞ。

「でも、せっかく来たんだから、なにかやってみたい!」

「なら、こっちだな」

このエリアなら、2人で出来るゲームもあるし、体感ゲームなら紗智もわかりやすいだろ。格ゲーエリアからも遠いしな。

「なんだか、いっぱいあるんだねえ。どれが面白いの?」

「2人で来たんだから、こいつは外せないな」

「これなあに?」

「え! 紗智、知らないのか?」

「う、うん」

ここまで娯楽設備に疎かったとは……。

「これはな、エアホッケーって言うんだ」

「ホッケーって、氷の上で円盤を打ち合うやつ?」

「それはアイスホッケーな。こいつは氷の代わりに空気が使われてるんだ」

「空気が?」

「説明するより、やってみたほうがいいな。紗智、そっち側に行って、マレット取れ」

「まれっと?」

「テーブルの隅に下が円になってて、円柱の突き出たやつがついてるやつあるだろ?」

「あ、これかあ!」

「それが卓球でいうところのラケットみたいなもんだ」

「なるほど」

「始めるぞー?」

「よしこい!」

コインを投入してっと――

「わっ、わっ、なんか円盤が出てきたよ!?」

紗智は自分のほうへ打ち出された円盤をとりあえず、マレットで受け止める。

「その円盤――パックっていうんだけど――手に持ってるマレットで打ち合って、相手のゴールに入れるんだ」

「ゴールって、どこにもそんなものないよ?」

「テーブル盤上の俺が立ってるとこ見てみ」

「あ、なんか隙間がある」

「それがゴールだ。その中めがけて、パックをシュートすれば点数になる」

「わかった」

「とりあえず、パックを力いっぱい打ってみな」

「よし、ええい!」

「おっと!」

俺のゴールめがけて、打ち出されたパックをその手前で受け止める。

「えー、なんで取れちゃうのー?」

「まだまだスピードが足りないぞっと!」

「わわっ! 速い! 速いって!?」

ゴールインの音が鳴る。

「あー、入っちゃった」

「こんな要領で点数の高いほうが勝ちってルールだ」

「大体わかったよ。今度こそ、えい!」

「おっ! 今度は早いな! しかし――」

「うわっ――なんの!」

「よっと! もう覚えたようだな?」

「ふんっ! わかってきたよ」

「でも、まっすぐに打ち合うだけが、このゲームのテクニックじゃないんだぜ?」

「えっ! うそ! そんなのありなの!?」

またもゴールインの音が鳴る。

「外側の壁で反射させて、意表を突くのもアリなのさ」

「くうう! 次は負けないから!」

「よーし、とことん付き合ってやるぜ!」


「はあー、面白かった!」

エアホッケーを十分に楽しんだ俺たちは満足気にゲームセンターを出た。

「えらく気に入ってたな」

「うん! ああいうのなら、あたしでも出来るし、スポーツみたいな感じだったし」

「確かにそれに近いかもしれないな」

「うーん、でも誠ちゃんにはまだまだ負けるなー」

「だけど、最後のほうは惜しかったじゃねえか。正直、負けるかと思ったぜ」

「また今度しようね!」

「ああ、いつでも相手になってやるよ」

ゲームセンターは紗智にはどうかと思ったけど、楽しんでくれたみたいでよかった。

「次はどこに――」

次の目的地を決めようとしたとき、俺の腹が盛大に鳴る。

「た、たはは……」

「もう誠ちゃんったら」

「ほ、ほら、体動かしたし、時間もいい感じだし」

「そうだね。お昼ご飯食べようか」

「昼飯と言ったら、あそこに行くしかないだろ」


「なんで、わざわざここを選ぶのよ?」

「鈴下がちゃんと働いているか、視察をだな」

「余計なお世話だっての!」

「ごめんね、鈴ちゃん。あたしは止めたんだけど……」

「い、いいわよ。気にしないで。それで注文は?」

「俺はランチセットAで」

「あたしは同じやつのBで」

「了解。ちょっと待ってて」

鈴下は厨房のほうへ駆けていった。

「だから、違うとこにしようって言ったのに」

「鈴下、そんなに機嫌悪そうにしてなかったし、大丈夫だろ」

「他に手軽で食べられる場所って言ったら、ここぐらいしかないけどさ」

「なら、いいじゃん」

「それにしても、さっきの――エアホッケーだったっけ? すごく楽しかったね」

「普段やらないけど、やったら案外、白熱するんだよな」

「それにけっこう体動かすから、外寒いのに体はポカポカだよ」

「かといって、過度に動かすわけじゃないから、息切れすることもないし、簡易スポーツとしてはいいものかもな」

「またやりたいなー」

「相当ハマったみたいだな?」

「あたし、ああいうのやらないから、こんなに楽しいものだなんて知らなかったよ」

「次行ったときは別のやつもしようぜ?」

「うん、楽しみにしておくね」

「おまたせー」

両手にプレートを持った鈴下が現れ、それぞれ注文の商品を置いていく。

「以上で全部?」

「大丈夫だよ、鈴ちゃん。ありがとう」

「それじゃ、お二人共ごゆっくり」

鈴下は振り向くことなく、手だけ振って行ってしまった。

「いただきます」

「いただきます」

「うーん、体を動かした後の飯は美味いな」

「本当だね。それにここの料理、美味しいもんね」

「メニューも手軽に食べられるのが多いし、昼飯にはうってつけだな」

「なんかね、昼と夜でメニューが替わるらしいよ」

「そうなのか?」

「前に鈴ちゃんから聞いたの。夜のメニューはボリューミーなのがメインなんだって」

「へえ、なんか面白いな」

「機会があったら、夜にも一緒に来たいな」

「俺も同じこと考えてた」

「じゃあ――」

「ここにもまた来ような」

「うん!」

「二人共、食べ終わった?」

どこかへ行ったかと思ってた鈴下が呼んでもいないのに、突然現れた。

「そろそろ食い終わるぞ」

「そ……これ、あげるわ」

鈴下は俺と紗智にアイスクリームの入った食器を置く。

「え……?」

「いいのか?」

「いいって」

「ありがとう、鈴ちゃん」

「気遣わせたみたいですまんな」

「単なる気まぐれよ」

鈴下はまたも静かに去っていった。

「今度、なにかお礼しなくちゃね」

「ああ」

俺と紗智はアイスを口にする。

「このアイス美味しいね」

「でも、この季節にアイスはどうなんだ?」

「暖房がついてるから、ちょうどいいじゃない。それに誠ちゃん、冬にアイス食べてるときあるじゃん」

「なるほど、その原理か」

「そういうこと。あたしもアイス作ってみようかな」

「アイスを作るのか?」

「材料と作り方さえわかれば、大丈夫だと思うんだけど――」

「どうせなら、それは夏にしたほうがいいんじゃないか?」

「それもそうだね。アイスに限定しなくても、お菓子作ってみたいな」

「料理ならいつもしてるだろ」

「料理とお菓子作りは違うの!」

「そうなのか?」

「そうだよ。料理はいつもやってるけど、お菓子作りはほとんどやったことないんだから」

「なんか意外だな。作ってるイメージあるけど。でも、紗智の作ったお菓子ならすごく美味いんだろうな」

「ええ~、あんまり期待されても困るよぉ……」

「なんでだよ、いつも作ってる料理すごく美味いじゃん」

「あれは家でやり慣れてるからだし、すごく練習したからだよ」

「え! あんなに美味しいのに!?」

「最初から上手く出来るわけないよ。誠ちゃんも料理したなら、わかるでしょ?」

「確かに……」

ああ、あのことはあまり思い出したくないな。味付けもなく、生焼けになった野菜炒め。水の入れすぎでビチャビチャになった白米。

「紗智、苦労してるんだな。ありがとうな」

「急にどうしたの?」

「いや、料理してたときを思い出してさ……」

「誠ちゃんなら、あたし以上に上手く出来るよ。――そろそろ出よ?」

「そうだな」

俺たちは立ち上がり、レジに向かった。それに気づいた鈴下がレジに立つ。

「ごちそうさん」

「全部で1348円よ」

「はい、1500円から」

「お釣りの152円ね」

「鈴ちゃん、今日は本当にありがとうね」

「わざわざすまんな」

「そんなことはいいから、あんたたちは今日を楽しみなさいよ」

「うん、またね鈴ちゃん!」

「じゃあな」

俺たちは鈴下に手を振りながら、店を後にした。

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