紗智ルート9話 受け継がれる言葉
「……んん」
朝か……。
「はっ! もうこんな時間だ!」
まだ間に合うけど、急がないと遅刻しちまう。
さっさと準備して行こう!
「はあ、はあ、はあ」
「おはよう、鷲宮君」
校門にはすでに会長が朝の挨拶のために立っていた。
「会長、はあ、おはようございます」
「ふふ、紗智さんがいないと起きるのも一苦労なんじゃないか?」
「ごもっとも、です」
「鷲宮君」
「なんですか?」
「いい顔だ」
「え?」
「男の顔をしている」
「男なんですから、当然ですよ?」
「ふふ、いや気にしないでくれ」
「?」
「ほら、急がないと本当に遅刻してしまうよ?」
「はい、それでは」
俺は会長に言われるまま、校舎に向かった。
「決意は出来たんだな」
「ま、間に合った……」
「…………」
紗智来てたか。俺と顔合わせるの嫌で来ないんじゃないか心配だったが、大丈夫みたいだ。俺はいつも通りに自分の席に座る。
「おはようございます、鷲宮さん」
「おはよう、三原」
「…………」
横目で見た感じだと、紗智は口を聞きたくないといった感じだな。でも、今日はちゃんと言うんだ。言って、また普通に紗智としゃべりたい。
「…………」
後ろ振り向きづれえな……。少し前までは気軽に後ろ向いて話しかけてたのに、それがこんな緊張することになるなんて。
「鷲宮さん、大丈夫ですか?」
「え、なにがだ?」
「なんだか、顔が強ばっていますよ?」
「別になんともないぞ。なんともない」
「なら良いのですが……」
「…………」
はあー、少し落ち着け。なにも難しいことじゃない。普通にあくまで普通に言えば済む話じゃないか。よし、言うぞ。
「あ、あの――」
「はーい、席につけ」
築島先生がHR開始の合図をしながら、教室に入ってくる。タイミング悪いな……。いや、ギリギリに来た俺が悪いんだけどさ。
「…………」
今日はまだ始まったばかりだ。いくらでもチャンスはある。機会を伺うんだ。
「…………」
「…………」
昼休みになり、すでに10分ほど経過している。くそう、言おう言おうと思うほど緊張が増していく。あー、もうダメだ。昼食も買わないといけないし、ひとまず昼食がてら別の場所で気持ちを落ち着かせよう。
「ふう……」
俺の足は御守桜に向いていた。やっぱりここはいいな。風が目立つから、今の季節は肌寒いけど、さっきまでの緊張が嘘のようになくなっていく。
「どうすっかなー」
昨日あんなに覚悟を決めたっていうのに、いざ行動に移すとなるとこんなにも言葉が出なくなるなんて。いつまでもこんな状態続けるわけにはいかないのに、まだ迷いがあるのかな。
「おや、鷲宮君」
俯いていた俺の正面から声が降りかかる。見るとそこには会長がいた。
「か、会長、どうしてここに?」
「それは私も同じだ。こんなところで昼食をとっていたのか?」
「ええ、まあ」
「その様子だと、紗智さんとはまだ話してないんだな?」
「はい……」
「今朝の君はもっと心強い顔をしていたのに、どうしたのだ? よもや、またなにかあったわけではないだろうな?」
「いえ、そうことじゃないんですけど――昨日、会長が帰ってから色々考えたんです」
「答えは出たのか?」
「はい。言うべきことも見つかって、覚悟も決めました。でも、実際に紗智に言おうとすると緊張しちゃって、言葉が上手く発せられないんです」
「…………」
「情けないんですよね、はは……」
「誰だって、必ずしも気持ちと行動が連動するわけじゃないんだ。恥じることではない」
「でも、このままじゃ――」
「君の言うことはわかる。遅らせれば遅らせるほど、気持ちは伝えづらくなり、決意も揺らいでしまう。早期解決が1番望ましいことではある」
「自分でもそれはわかっているつもりでした。それなのに、紗智と顔を合わせることすら上手く出来なくて――」
「鷲宮君……」
「こんなんじゃダメですよね。俺も紗智とずっとこのままなんてのは嫌ですし、会長たちにも、もう心配かけたくないです」
「私たちのことは気にしなくてもいい。それよりも、君は君自身のことを優先するんだ」
「ありがとうございます」
「紗智さんのことは君でしか解決できない問題だ。きっと、紗智さんも君からの言葉を待っているはずだよ」
「はい」
「気をしっかりもて。心と体の震えは深呼吸をしろ。そして、目を真っ直ぐに見据えるんだ。さすれば、自ずと答えにたどり着く」
「会長……」
「昔、授かった言葉だ。今の君に必要だと思ったのでな」
「ありがとうございます」
「ともあれ紗智さんのこと、後は君の行動で決することが出来るだろう。頑張ってくれ、などと他人事のような言葉しか送れないことをどうか許してくれ」
「いえ、会長は色んなことを俺に教えてくれているじゃないですか。すごく感謝しています」
「ありがとう、鷲宮君」
「紗智とのことは絶対に解決するつもりです。ちゃんと出来るかはわかりませんけど、やります」
「うむ」
「それじゃ、俺そろそろ行きますね」
「ああ」
会長があんなに後押ししてくれてるのに、怖気づくわけにはいかない。この気持ちは絶対に伝えるんだ。
「…………」
昼休みは意気込んだものの結局、話しかけられないまま、放課後になってしまった。放課後こそはと思ったけど、生憎の掃除当番。紗智はさっさと三原と帰ってしまうし、言えず終い。早くしねえと、紗智だって呆れてしまうだろうし、機会だとかチャンス云々言ってる場合じゃない。明日こそは絶対に紗智に言うんだ。
帰路に着く俺は住宅地を抜けながら、ずっと紗智のことばかり考えていた。どうやって切り出そうか。さっき三原と早く帰ったのだって、俺と接触しないようにするためだったかもしれないし。紗智はとっくの昔に俺に愛想尽かしてしまったのかな。いやいや! 弱気になってちゃダメだろ! 俺がしっかりしないでどうする。紗智への気持ちはそんなものでなくなったりするもんか。
「あれ……?」
今、あの角を曲がっていったの会長と三原、か? まさかな。三原はともかく、会長は神社の手伝いとかあるだろうし、こんなところにいるわけねえよ。そんなことより、紗智のことをどうするか考えないと。
本日の家事を終えた俺は自室の布団で横になっていた。
「…………」
不思議な感覚だな。紗智と会話しなくなってから、まだ3日経つかどうかってとこなのに、もう随分会ってないような気がする。ずっと一緒にいて、ケンカもしたことあったけど、その日のうちに仲直りしてたからな。こんなに喋らないの初めてだ。紗智がいないだけで、俺の日常がこんなに静かで穏やかなんてな。逆に言えば、すごくつまらない。俺、あいつがいないとこんなにも面白みのない生活をしてたんだなって、実感出来る。こんなのはやっぱり嫌だ。部屋の向かい側の窓が開かないなんて、もう嫌だ。
「紗智……」
その後すぐに睡魔の誘いがきて、俺は眠りに就いた。
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