紗智ルート10話 掴んだその手の行く先は

「はあ、はあ、はあ」

今日もギリギリの時間に学園へたどり着くと、昨日と同じく校門では会長が立っていた。

「鷲宮君、おはよう」

「会長、おはようございます」

「昨日は言えなかったのか?」

「紗智のことですか? どうしてそれを?」

「昨日の放課後、紗智さんと麻衣さんが下校していくのを見たんだよ。紗智さんが君を置いて帰るわけないから、そう思ったんだ」

「本当は言いたかったんですけど、放課後は掃除当番があって――紗智は三原とさっさと帰っちゃうし、もしかしたら紗智に避けられてるんでしょうか」

「紗智さんも年頃の女の子だからね。素直になれない部分もあるだろう」

「でも俺、諦めません。なんとかして、紗智と話してみます」

「そうか、それを聞いて安心したよ」

「もうこれ以上、待たせたくありませんから」

「うむ、君の素直な気持ちを伝えるんだ」

「はい、ありがとうございます」


校舎内に入り、教室へと向かう。

「しかし、どうやって紗智に――」

「おはようございます、先輩」

「おはよ」

「仲野、鈴下、おはよう」

「紗智先輩がいないと、遅刻ギリギリなんですね」

「ぐっ、会長と同じことを……」

「や、やっぱり、あんたには紗智がいないとダメねー」

どうした、鈴下。なんか声が変だぞ。

「なんでそんな棒読み臭いんだよ」

「そ、そんなことないわよー」

「変なやつ」

「う、うるさい!」

「それよりも先輩、今日は一段とお、男前、ですね」

なんか仲野までおかしくないか。

「どうしたんだ、お前?」

「い、いえ、別にどうもしません」

「なんか今日、お前ら変だぞ?」

「そ、そんなことはありません」

「?」

「でも、そんなに男前だと、自信持てますね」

「あ、ああ」

「い、いやー、なにをするにも自信って大事よー」

「だから、なんで棒読みっぽいんだよ」

「そ、そんなことないわよー。ともかく、自信持ちなさいよー」

「わ、わかったよ」

「それでは、先輩。頑張ってください」

「ファ、ファイトよー」

「あ、おい――」

行っちまった。鈴下も仲野も一体どうしたんだ。

「変なものでも食ったのか……」


鈴下と仲野を不審に思いながら、俺は自分の教室へ足を踏み入れる。

「あ、鷲宮さん」

「おはよう、三原」

「おはようございます」

紗智、いねーな。まさか、まだ来てないなんてことないよな。

「紗智さんなら、先ほど築島先生に呼ばれていましたよ」

俺の視線に気づいたのか、三原が教えてくれた。

「そうか。来てるんなら、いいんだ」

「鷲宮さん」

「なんだ?」

「今日はなにかご予定ありますか?」

「別にないけど?」

「ほっ……よかったです」

「なにかあるのか?」

「へっ、い、いえ別にありません」

「そうか」

なんで聞いたんだ。

「きょ、今日はなにもご予定いれないでくださいね」

「なんでだよ?」

「え、えーと、それは……」

「やっぱり、なにかあるのか?」

「そういうわけではないのですが……。ともかく、今日はご予定を空けておいたほうがいい気がします」

「お、おお、わかった」

「ふう……」

今日は三原まで変だぞ。妙な花粉でも飛んでねえだろうな。

「よーし、席につけー」

「…………」

築島先生とともに紗智も教室に入ってくる。一体なんの呼び出しだったんだろうか。そのおかげで今朝は紗智と話せなかった。昼休みにするか。


午前の授業が異様に長く感じたのは、この昼休みのときを待っていたからだろう。さて、紗智を――

「紗智さん、少しよろしいでしょうか?」

なぬっ!?

「どうしたの?」

「ここじゃ、ちょっと――」

「うん、なら場所変えようか」

「はい」

三原は紗智を連れ、スタスタと教室から出て行った。

「って、おーい!」

貴重な時間なのに、これじゃ話す時間なくなっちまうよ! 三原~、そりゃないぜ。

「鷲宮君」

「え?」

「聞こえているか」

「会長!?」

会長の突然の登場で少しざわつく教室。そりゃそうだ。上級生――しかも、生徒会長が直々にこの教室まで来たんだ。なぜ? と思う者が多数だろう。俺もその1人だ。

「こんなところまで、どうしたんですか?」

俺を呼んでるであろう様子を見て、会長のもとまで近づく。

「少し話があるんだ。ついてきてくれないか?」

「へ? でも――」

「時間を取らせることは申し訳ないが、頼む」

「わかりました」

紗智の帰りを待ちたかったけど、会長の頼みだし、いつ戻ってくるかもわからないし、いいか。


俺は会長に連れられ、中庭へと場所を移す。

「それで話とは?」

「今日の放課後、時間はあるかね?」

「今日、ですか?」

「ああ」

「なにか用でも?」

「うん、君にどうしても話しておきたいことがあるんだ。この町にある公園の高台は知っているね?」

「はい、知ってます」

「放課後、そこへ来て欲しいんだ」

「でも、俺――」

「紗智さんとのことがあるのは、わかっている。しかし、折り入って話があるんだ」

「…………」

「どうか頼む」

「わかりました、会長の頼みなら断れません」

「そうか、ありがとう。手間を取らせてすまない」

「いえ……」

「それでは、放課後すぐに――必ず来てくれ」

「はい」

「ではな」

「…………」

なんか今日はみんなの様子がおかしいというか、邪魔が入るな。会長、今朝俺が紗智のことを話したばっかりだっていうのに、どういうつもりなんだろう。普通ならあんなこと言わないと思うんだけど。

「あ……」

そういや、三原が今日は予定入れないほうがいいとか言ってたな。

「まあ、いいか」

もう約束しちまったし、三原の口ぶりからそんなに意味があるような感じでもなかったしな。けど、放課後はもう時間ねえし、昼休みももう無理だよな。

「なんでこうも障害が多いんだろうか」

明日にするしかねえな。


放課後、高台に行く前に紗智と少し話ができないかと思ったが、放課後になるなり、紗智は急いで帰っていった。

「紗智までなんだってんだよ……」

別に紗智が悪いわけじゃないけど、こうも自分がやろうとしたことに対して、先手を打たれてばかりだと、多少なりとも腹が立ってくるってものだ。

「……腹を立てても仕方ないか」

とりあえず高台に行って、会長との用事を済ませよう。


この公園、子供の頃はよく紗智と遊びに来てたっけな。俺にも紗智にも同性の友達はいたけど、なんだかんだで紗智と遊んでた時間が1番長い気がする。

俺は高台へ行くため、公園を眺めながら歩き抜けていた。

「これ、こんなに低かったか?」

公園の一角にある鉄棒を握り締めながら、昔届かなかったのを思い出す。あの頃は紗智と色んな遊びをしてたな。あいつ出来もしないくせに、俺に負けじと同じことしようとしたりとか。毎回半ベソかいて、でも全然諦めずに。俺が助けようとしたら、自分でするんだって、意地になってたな。結局、最後は俺が助けてやってたんだけど。早く紗智と仲直りしたいな。そして、紗智に――

「え……」

「さ、ち……?」

高台に到着するとそこには見慣れた――ずっと求めていた姿があった。

「…………」

な、なんでこんなところに紗智が……。

「――っ!」

瞬間、走り出そうとした紗智の腕を咄嗟に掴んでいた。

「さ、紗智……」

「はな、して……」

「紗智……」

「早く、はなして……」

ダメだ。この手を離したら、ダメだ。やっと掴んだ紗智の腕を、絶対に離したらダメだ。

「紗智」

「!?」

ビクッとなった紗智の様子は掴んでいる腕にまで伝わってきた。

「話が――」

「いや!」

「!?」

「聞きたくない! 私、もう――」

「お願いだ。俺の話を聞いてくれ」

「そうやって、また自分勝手なことを言うの?」

「うっ……」

「私……いや……」

負けるな。こんなことで折れるほど、俺の紗智への気持ちは弱くない。

「すまない。これが最後のわがままにするから、話聞いてくれ」

「…………」

「頼む」

「…………」

紗智の腕から力が抜けていくのがわかった。

「紗智?」

「わかった……」

「ありがとう。ただ――」

俺たちのやり取りを見ていた周囲の目が気になる。

「場所を変えよう。ここじゃ話せない」

「うん……」

「行こう」

俺は紗智の手を掴んだまま、歩き出す。紗智の腕に抵抗の意思がないことはわかるが、今は離したくなかった。

「…………」

会長との約束があったけど、そんなこと言ってられる状況じゃない。明日、謝らないとな。

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