紗智ルート7話 温かい目

「んん……ん……」

外……明るい?

「はっ!?」

い、今何時だ!?

「って、もう昼じゃねえか! なんで紗智のやつ、起こして――」

……そうか。起こしに来るわけないよな。

「それより、早く支度して学園に行かねえと!」

大遅刻もいいとこだぜ。


「はあ、はあ、はあ」

全速力で走り、校門へたどり着いた。昼休み終わったのか。えらく静かだ。もう午後の授業、始まってんのかな。

「はあ~、説教は嫌だぞ」

ため息交じりに校舎内へと足を踏み入れる。


「…………」

廊下を少し歩いて様子がおかしいことに気づく。いくら授業中とはいえ静かすぎる。というより、人気がない。

「鷲宮先輩?」

「おお、仲野。こんなところでなにしてるんだ? トイレか?」

「なぜですか?」

「なぜって、そりゃこんな時間にここにいればそう思うのが自然だろ」

「……逆に聞きますが、先輩こそ、どうしてここへ?」

「どうしてって……俺、寝坊しちゃって――」

「なにか学園に用でも?」

「いや用って……もう午後の授業始まってるだろ?」

「…………」

「仲野?」

「先輩、まさかとは思いますが――」

「なんだよ?」

「今日、振替休日ってこと忘れてます?」

「あ……」

「その様子だと図星みたいですね」

「そ、そうだった……」

途端、崩れ落ちる。昨日あんなに疲れ果てて、今日が休みだから良かったって思ってたじゃん。なにやってんだよ、俺。

「大丈夫ですか?」

「ああ、平気だ」

「先輩らしいといえばらしいです」

「そういう仲野はなんでいるんだよ」

「私は部活がありますから」

「そうか、大変だな」

「好きでやってることなので。……紗智先輩のこと、どうなりました?」

「まだ解決できてねえよ」

「そうですか」

「おいおい、まだ責任感じてるのか?」

「…………」

「仲野のせいじゃねえって」

「でも――」

「俺がちゃんと紗智の気持ち考えてやれなかったのが悪いんだから。仲野はなにも心配することないって」

「…………」

「それに紗智も、みんなには悪いことしたって言ってたし」

「紗智先輩と話したんですか?」

「ああ、といっても、まだ関係は修復できてないんだけど」

「なにか手伝えることがあれば、いつでも言ってくださいね」

「ありがとな、仲野」

「いえ。部活ありますので、そろそろ――」

「邪魔して悪かったな」

「頑張ってくださいね、先輩」

「ああ」

仲野がこんな素直に応援してくれるなんてな。その気持ちに応えるためにも、頑張らないと。

「あ、先輩」

「なんだ?」

「紗智先輩とのことで、今日みたいなドジは踏まないでくださいね」

「余計なお世話じゃ!」

「ふふふ、それじゃ」

仲野め、やはりオチをつけてくるか。まあ、あいつなりの励ましと受け取っておくか。これからどうするかな。

「そうだ、今のうちに買い出しすませておくか」

一旦、家に帰るのも面倒だし、このまま商店街に繰り出そう。


「今日の晩飯はなにを作るか」

簡単なものにしないと、昨日の野菜炒めですら苦戦したからな。最悪は完成してるのを買うか。

「んー、その前に昼飯をどうにかしないと」

よくよく考えたら、起きてから急いで学園に行ったおかげで、なにも食べてない。昼ぐらいは楽にしよう。

「となると、あそこしかねえな」


「なんで、あんたがいるのよ……」

休日なら昼間にもいるかと思って例の喫茶店に来てみれば、やはり鈴下は働いていた。

「おいおい、客に対してそれはねえだろ?」

「……それで注文は?」

「このランチプレートをもらおうか」

「その態度、腹立つんだけど」

「休日もバイトとは、働き者だな?」

「あんたには関係ないでしょ。わたしのことより、あんたはどうなのよ?」

「どうとは?」

「決まってるでしょ、紗智のことよ」

「仲野には言ったんだけど、まだ決裂中」

「なんで筒六が出てくるのよ」

「さっき会ったんだよ」

「学園で?」

「そう」

「だから制服なのね」

「紗智のこと、放っておくわけでも、遅らせるつもりもない。ただ、真剣に考えたいんだ。だから、もう少し時間かかるかもしれない」

「……あんたがそれでいいんなら、わたしはなんでもいいわ。あんたが紗智のこと、放っておくって言わない以外はね」

「それはないから安心しろ」

「そ……じゃあ、飯食ったらさっさと出て行ってよね」

「そんな邪険にしなくても……」


「ふう、食った食った」

鈴下の睨みを受けながら早急に飯を食べ終え、喫茶店を後にする。やっぱ出来上がってるものを食べるのが1番だな。親から預かってるお金の問題上、ずっとするわけにはいかんが。昼飯食いながら、晩飯のおかずを考えようと思ったけど――

「飯食いながら出来るわけねえよな」

どこかで休憩しながら考えるか。この辺だとゲーセン? いやいや、あそこだと晩飯どころじゃなくなる。もっと静かな場所にしよう。

「あ――」

いいところがあるじゃねえか。


「おや、鷲宮君」

静かな場所をと思い、神社へ赴くと会長の姿があった。

「こんにちは、会長」

「こんにちは、休日なのに珍しいね」

「家にいてもやることないし、晩飯の買い出しもしなくちゃですから」

「やはり、紗智さんとはまだ――」

「はい。でも、昨日もう1回紗智と話して、わかったんです」

「なにがわかったんだ?」

「会長の言った通り、これは俺が自分で解決しなくちゃいけない問題なんだなって」

「…………」

「そうしないと、紗智の気持ちに応えたことにならない。恥ずかしいですけど、昨日紗智に言われて、やっと気づくことが出来ました」

「…………」

「だから俺、絶対に紗智と元通りになってみせます」

「そうか、それを聞いて安心した」

「ありがとうございます」

「だが、少し不安でもある」

「不安?」

「紗智さんは――」

「…………」

「紗智さんは元通りの関係を望むだろうか?」

「え、それって――」

「いや、気にしないでくれ。ただの妄言だ」

「…………」

「君の言う通り、まずはそこを目指して行かなければな。なにかあったら言ってくれ。助力はするよ」

「はい、ありがとうございます」

会長、どういうつもりあんなこと聞いたんだろう。

「ところで2つほど質問なんだが――」

「なんでしょう?」

「君はなぜ、制服なのだ?」

「そ、それは~――」

言えない。振替休日を忘れていたなんて、恥ずかしすぎる。

「君のことだから、振替休日を忘れていた、というところか?」

「な、なぜそれを――はっ!」

自分からバラしてしまうとは……。

「やはりな」

「はあ、自分の性格を呪いたい」

「君はしっかりしてそうで、抜けている部分があるからな。特に隠し事に関しては、墓穴を掘る癖があるようだ」

思い返すとそうしていることが多い気がする。

「それでもう1つだが――」

「なんですか?」

「その指、どうしたのだ? 昨日はなかったみたいだが」

「あ――」

指切ったところ、全部絆創膏貼ってるから、不審に思うよな。

「実は昨日、自分で料理をしようと思って――」

俺は事の経緯を会長に話した。

「なるほど、それでか」

「あ、あはは、料理って難しいんですね」

「別に恥ずべきことではない。私も昔はよくやったからな」

「え、会長がですか?」

「失礼だな。誰にでも初めてはあるし、失敗もある」

「すみません」

「じゃあ、今日も自分で料理を?」

「はい。でも、出来るかどうか不安で……。それにまだなにを作るのかも決めてません」

「ふむ……」

「どうかしましたか?」

なにやら考え事をしているようだ。

「鷲宮君、君さえよければ今夜、君の家に行ってもいいか?」

「え、は、ええ!?」

かかか、会長が俺の家に!? しかも、今夜……それって、まさか――

「男子たるもの仕方ないとはいえ、顔が緩みすぎだぞ」

「そ、そそ、そんなことは――」

「残念ながら、君が期待しているようなことにはならん。私も多少ながら料理はするから、力になれないかと思っただけだ」

「あ、なるほど」

「どうだね? 献立は君が考えて、それを私も手伝う。そうすれば、君も多少は料理が上手くなると思うのだが」

「そうですね」

「こんなことでしか、君の力にはなれないからね」

「でも、なにか予定とかないんですか? 無理してないですか?」

「心配には及ばん。ただ、私はまだ神社の手伝いがある。18時頃まではここを離れるわけにはいかん。それでもよかったらだが」

「大丈夫です。俺のほうが逆に申し訳ないくらいですよ」

「ありがとう。その間、献立決めや買い出しを終わらせておくといい。待ち合わせは商店街の中央でいいかな?」

「はい、ありがとうございます」

「うん、では終わったらすぐに行く」

「はい、じゃあ俺、買い物に行ってきます」

「ああ、いってらっしゃい」

会長、本当に優しいな。この機会を無駄にしないためにも、料理頑張らないとな。


それから小1時間程、経過して俺は任務を達成した。

「献立も決めたし、食材も買った」

でも、約束の時間までまだあるな。

「荷物重いし、公園で時間つぶしでもするか」


「ふう、疲れた」

食材を運ぶのも一苦労だが、公園の高台に来て正解だった。ここなら景色もいいし、休憩がてら時間潰すにはもってこいだ。この場所に買い物帰りの主婦が多い理由がわかったぜ。

「鷲宮さん?」

「え?」

ベンチに座ったまま、振り返ると三原が立っていた。

「三原」

「こんにちは、お隣よろしいですか?」

「ああ、いいぞ」

「失礼します」

三原は少し間を空けて、同じベンチに座る。

「こんなところで、なにしてるんだ?」

「少しお散歩を。この街をまだよく見てませんでしたから」

「そうか」

「鷲宮さんはお買い物ですか?」

「お、よくわかったな」

「買い物袋が見えましたから」

「それでか」

「食材ですか?」

「今は紗智を頼るわけにもいかんし、飯作りも自分でしないとな」

「普段はお料理されるんですか?」

「まったくしないな。昨日も野菜炒め作ろうとして、失敗しちまったし」

「もしかして、その指はそれが原因で?」

「いやー、慣れてないことをすると苦労が絶えないぜ」

「頑張ってるんですね、鷲宮さん」

「今まで紗智に頼りっぱなしだったツケが回ってきたのかも」

「そんなこと……」

「だからこの後、会長に料理教えてもらおうと思ってさ」

「きぬさんにですか?」

「ああ、さっき会って、昨日のこと話したら、教えてもらうことになった」

「では、急いで戻ったほうがいいのでは?」

「待ち合わせの時間までまだあるから大丈夫だ」

「そうなんですか。お邪魔してないか心配しました。それと、なぜ制服なのですか?」

「ぐ……それは――」

やはりそこは突っ込まれるか。

「い、いやー、御守学園生たるもの休日でも外出するときは制服を着用し、誇りを持って行動するべきなのだよ」

「なるほど。立派です、鷲宮さん」

「は、ははは、そんなことは――」

うう、こんな純粋な子を騙してしまうと俺の良心が痛む。

「そんなことより、三原は今日1人なのか? あの黒服のお兄さんやお父さんは一緒じゃないのか?」

「はい、父は大抵外出しません。お仕事が忙しいみたいですので。黒瀬も今日はついてきておりません」

あの黒服の人、そんな名前だったんだ。

「ん?」

「…………」

あの物陰にそれらしき人が隠れてる気がするけど、見なかったことにしよう。

「どうしました、鷲宮さん?」

「なんでもないぞ。それより、三原?」

「はい?」

「紗智は……俺のこと嫌いになったと思うか?」

「そ、そんなこと――」

「…………」

「……紗智さんは鷲宮さんのこと、嫌いになったりしませんよ。むしろ、そうじゃないから今回のことが起きたのかもしれません」

「なんだそれ?」

「……いえ、ここで言うべきではありません」

「?」

「鷲宮さん」

「なんだ?」

「紗智さんは……本当の自分を鷲宮さんに見つけて欲しいんだと思います」

「本当の……自分?」

「はい」

「三原、なにか知ってるのか?」

「いえ、なにも知りませんが、多分そうだと思います」

「どういう意味なんだ?」

「これ以上は言えません」

「…………」

「でも、鷲宮さんならすぐに見つけられるはずです」

「え?」

「だって、鷲宮さんも――」

「俺がなんだ?」

「す、すみません! なんでもないです!」

「なんか変だぞ、三原?」

「い、いえ、気にしないでください!」

「あ、ああ」

「少し話しすぎてしまいました。私、そろそろ行きますね」

「ああ、気をつけてな」

「はい、きぬさんにもよろしくお伝えください」

「おう」

「それでは」

三原、一体なにが言いたかったんだろ? 俺と紗智がなにかあるっていうのか?

「あ、やべ、もうこんな時間だ!」

会長を待たせるわけにはいかないし、商店街に戻ろう。

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