紗智ルート6話 紗智がいない夜

「えー、今日は学園祭お疲れさんでした。明日は振替休日だが、学園祭の余韻に浸りすぎず、問題は起こさないこと」

「…………」

「…………」

学園祭も終了し、放課後のHRのため教室に戻ってくると、紗智はいつものように俺の後ろの席にいた。だが、俺のほうをチラリとも見ることなく終始無言。

「…………」

三原もどうしてよいかわからない様子でただ不安そうな顔をしているだけだった。

「明後日からまた通常どおり授業が始まる。今後は大きな学園行事もない。お前たちも来年は3年生になる。今のうちにきちんと自分を見つめ直して、将来のことを考えるように」

「…………」

自分を見つめ直して、将来のことか……。そんなもん考えたこともなかったな。俺は紗智とずっと一緒にいるのかな、ぐらいは考えたことあるけど。

「では、以上でHRを終わる」

築島先生の言葉でぞろぞろと教室から出て行くクラスメイトたち。全員その顔には笑みが浮かび、今日の出来事を振り返っている様子だった。みんな、学園祭楽しんだんだろうな。

「……麻衣ちゃん、また明後日ね」

「あ、はい。さようなら」

紗智は俺のほうに見向きもせず、教室から出て行った。

「…………」

「鷲宮さん」

「なんだ?」

「あの後、なにか――」

「紗智に再度、謝りに行った」

「そ、それで……」

「見てのとおり、玉砕したよ」

「そう、ですか」

「でも、俺そのとき紗智に言われて気づいたんだ」

「え?」

「これは俺自身が解決する問題だって。だから、三原や会長が助けてくれるのは嬉しいけど、それに頼ってばかりじゃダメなんだって」

「鷲宮さん……」

「俺、なんとか自分で解決出来ないか頑張ってみるよ。そうしないと、紗智の気持ち裏切っちゃうもんな」

「はい! そのほうが紗智さん、喜びます!」

「ありがとう、三原。じゃあ、俺も帰るわ」

「あ、じゃあ、私も一緒に――」

「悪い、今日は急ぐから、また今度な」

「そうですか。では、また明後日に」

「ああ」

さて、早く帰らないとな。今日は寄るところもあるし。


「うーん――」

商店街まで来た俺は今日の晩飯について頭を抱えていた。紗智の様子を見るに多分、関係が修復するまで飯なんて作ってくれねえよな。家のこと、俺がなんとかするしかないけど……。

「すでにヤバイ状況に……」

ひとまず晩飯を作ろうと意気込んだが、なにを作ろうか。簡単なものって言っても、パッと浮かばないな。

「だから、今日はなに食べたいーとか聞いてたのか」

「なに1人でぶつぶつ言ってんの?」

「うわあ!」

突然降りかかってきた声に俺は思わず飛び退いた。

「驚きすぎ」

「なんだ、鈴下か。急に声かけるからだ」

「こんなところでなにしてるの?」

「買い物だよ」

「かいもの~? あんた、紗智のこと放っておく気?」

「そういうわけじゃねえけど、飯の支度はしないといけないだろ」

「ふーん」

「紗智のことはちゃんと解決するつもりだから、心配すんな」

「あっそ、ならいいけど」

「鈴下こそ、なにやってんだよ? またゲーセンか?」

「今からバイトなのよ。ゲーセンはその後」

「そうか。バイト頑張れよ」

「ねえ」

「ん?」

「紗智のこと、本当になんとかしなさいよ」

「鈴下……」

「そ、それだけよ! じゃあね!」

鈴下は俺の言葉を待つことなく、スタスタと歩いていった。

「ありがとよ」

気を取り直して、晩飯の食材を買うとしよう!


「ふえ~、ただいま~」

今日のリビングは無言の空間だ。いつもなら、紗智が飯を作って待っててくれる。だが、今日はそんな期待はない。

「よし、やるか」

野菜炒めなら簡単だろ。それと白米を炊けば、なんとか凌げるはずだ。えーと、まずは野菜を切らないとな。キャベツにもやしに玉ねぎに人参があれば、野菜炒めとしては十分だろ。まずはそれぞれ野菜を洗って切る。いくら料理したことない俺だって、そのぐらいは出来るさ。その後は全部、フライパンにぶち込んで炒めれば完成だ。やるぜ、料理!


「いって!」

これで何回目だ? 指切りすぎて、キャベツが若干赤いんだけど。

「まあ、洗えばどうとでもなるさ」

なにがいけないんだ? 確か、抑える手は猫の手だっけ? あれ? そもそも猫ってどんな手してるっけ? ああ、もういいや! 切れればいいんだよ!


「えぐ、えぐ、えぐ」

玉ねぎで涙出るって、都市伝説じゃなかったんだな。涙が止まらねえよ。まったく玉ねぎのやろう、泣かせてくれるぜ。決して切った指が痛いから泣いてるんじゃないぞ。


「な、なんとか切り終わった」

切ったのは野菜なのか、指なのかってとこだが。諸事情で赤くなった野菜も洗い終わったし、次はいよいよ炒める。

「フライパンに油を入れて、コンロの火をつける」

えーと、これを回せばいいのか?

「……あれ?」

つかねえな。もういっちょ!

「……なんで?」

カチっとはいってるのに、なぜつかん。

「あ、わかったぞ!」

こうやれば――よっしゃ!

「火がつくまで、捻っておかないとダメだったな」

さーて、お次はこの中に野菜を入れるだけだ。

「そーれ――うわっ! あちっあちっ!」

な、なんでこんなに油が飛び散るんだ。

「わ、わかった。ちゃんと水切りしてなかったから、あち!」

やばい、これだと炒めるどころの話じゃない。ともかく火を弱めないと!


「な、なんとか完成だ~」

これでやっと飯に……。

「ん? 飯?」

なにか忘れてるような……あ!?

「ご飯炊くの忘れてた!」

仕方ねえ、今から炊くしかないか。昔、お袋に頼まれてご飯を炊いたときの記憶をもとになんとか頑張るか。


「後はスイッチオン」

なんとか炊けてくれますように。

「はあ……」

晩飯1つにえらい苦労だ。こんなんが後何日続くのか。


「腹減った~」

ご飯炊けるの時間かかりすぎだぞ。野菜炒めより先にやっておくべきだった。実際にやらないとそういうのも見えてこないもんだな。野菜炒めだけ先に食べるわけにもいかんし、ここは我慢だ。

「おっ!」

炊飯器が完成の音楽を奏でる。これでやっと飯にありつけるぞ。

「あちゃ~、やっぱり」

野菜炒めはすっかり冷えておりやむなく、電子レンジで温める。頑張って作った手料理なのに、どうして出来立てが食べられず、レンジで温めなきゃならんのだ。レンジから完了の音が鳴る。

「よし、今度こそ」

そそくさと食べる準備をして、席につく。

「俺の初めての手料理、いただきます!」

まずは野菜炒めから。

「……でゅえ~」

な、なんだこりゃ!? 味付けもない、野菜は生焼けで最悪だ。

「味のほうは塩でもかけてなんとかするか」

この際、生焼けは我慢しよう。ご飯があれば、なんとか――

「……これは白米か?」

ベチャベチャしてて、食べてるというより、すすってる感覚だ。水が多すぎたんだろうな。

「おかゆと思って食うしかない」

こうして、俺の初手料理は最悪の形で幕を下ろした。


「…………」

散々だ。まずい飯を食い終え、洗濯に取り掛かった。そこまではよかったものの、洗濯機の使い方がよくわからず、それらしき洗剤をテキトーに入れ、想像でスイッチを押した。それが間違いだった。洗濯機から泡が吹き出て、辺りは水と泡でびしょ濡れ。そこを片付けてから、仕方ないから全て手洗い。洗濯板なんてないから、洗面器に水と洗剤を入れて、手でこすったり絞ったりした。袖についたチョコ落とすのに手間取ってしまった。正直、洗濯できてるのかわからんが、今はこれが精一杯。

「俺って、こんなに出来なかったのか」

自分でも家事やったことないし、出来る自信もなかったが、さすがにここまでひどいとは思わなかった。家庭科の授業をちゃんと聞いてればと、後悔する日が来ようとはな。

「疲れた……」

帰ってきてから、もう何時間経っただろうか。いつもならこの時間、すでにゆっくりくつろいでいる頃だ。まだ風呂にも入ってねえのに。

「今日はもうシャワーだけでいいか」

それが済んだら、さっさと寝よう。


「ぐでえ~」

シャワーを浴び終え、自室に戻るなり、布団にダイブ。どっと疲れが押し寄せてくる。切った指も絆創膏貼ってるとはいえ、痛えな。

「もう動けねえ」

明日が休みでよかったぜ。明日は部屋でゆっくり――

「できねえよな……」

また飯の買い出しに行かなくちゃいけねえし。

「…………」

ふと、紗智の部屋を見る。窓とカーテンが閉まっていて、中の様子はわからないが、明かりがついているのはわかった。まだ起きてるのか。こっちはお前がいないおかげでボロボロだぞ。いつもこんなすげーことしてたんだな。俺が今までどれだけ紗智に甘えてきてたのか、身に染みて感じるよ。紗智、すげーな。

「早く……お前の……」

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