紗智ルート2話 カレーが生み出したモヤモヤ

「あ、誠ちゃん! お財布あった?」

校門へ行くと紗智が俺に気づき、先に声をかけてきた。あれ? 紗智しかいないぞ。

「おう、バッチリだ――って、みんなは?」

「みんな先に帰っちゃったよ」

「なんだよー、白状だな」

「みんな忙しいんだよ」

「ま、いっか」

「でもさ、2人っきりで下校するの久しぶりじゃない? いつもなら麻衣ちゃんいたから」

「あー、そう言われればそうだな。でも、みんないたほうが楽しいだろ?」

「そ、そうだけど……」

「それに紗智と帰るのは普通っていうか、新鮮味がない」

「…………」

「途中で三原と別れた後、2人で帰ってたしな」

「そ、そうだね、あはは」

「どうしたんだ、お前?」

「なんでもない、なんでも。それより、早く帰ろうよっ!」

紗智はそう言って、俺の腕に抱きついてくる。

「おわっ! だから、いきなり飛びつくなよ」

「いいじゃんいいじゃん。れっつごー」

紗智は俺の腕をギュッと掴んで離さない。

「はいはい」

こうなっては逃げようがないことを悟っている俺は気のない返事をする。

「あ、今日はなに食べたい?」

「急にどうした?」

「好きなもの作ってあげるって言ったでしょ」

そういえばさっきそんなこと言ってたな。

「それじゃあ――」

「ハンバーグ?」

「いや、今日はカレー」

「おっけー。それなら、買い貯めしておいた分の食材だけで出来るよ」

「おう、よろしく頼むわ」

「よーし、頑張って作るぞー」

「なにをそんなに張り切ってるんだ?」

「張り切って作らないと、料理は美味しくならないんだぞ」

「どっちでも一緒だろ?」

「違うもん。気持ちを込めてたほうが美味しくなるもん」

「なら、そうしてくれ」

「なーんかテキトーだなー」

「うまけりゃなんでもいいからな」

「ひどいー、もう少しいたわってよ」

「よし、じゃあ頭撫でてやる」

「え、いいの?」

紗智はキョトンとした目で俺を見上げる。

「その代わり、今日のカレー、期待していいんだな?」

「も、もちろんだよ」

「楽しみにしてるからな」

「えへへ――はい」

「なにしてんだよ、頭なんか突き出して」

「もう誠ちゃんったら、もったいつけるんだから」

「なにを言ってるんだ?」

「やだなあ、頭撫でてくれるって言ったじゃん」

「ああ、カレーが美味かったらな」

「え?」

「それはカレーが美味かったらの話に決まってるだろ」

「えー、そんなの聞いてないよ」

「アホか。先に褒美をくれてやる奴がどこにいるってんだよ。そうやって手抜かれたら困るからな」

「そんなことしないってばー」

「いーや、信じられないね。それにそっちのほうが俄然やる気が出るだろ?」

「そ、そうだけど~」

「問答無用。要は美味しければ、なにも文句はない」

「う~、そうだね。うん! 絶対美味しいって言わせてみせる!」

「おう、頑張れ頑張れ」

紗智は小さくガッツポーズをしながら意気込む。なにをそこまで――まあ、美味いカレー食えるのならいいか。


「まずはこれをこうして――」

紗智が台所で調理を始めて早30分。俺はリビングのソファに腰掛けて、紗智の様子を見ていた。

「おーい、腹減ったぞ」

「まだ作り始めたばっかりじゃん」

「かれこれ30分は経過してるんだけど……」

「カレーはお野菜を煮込まないといけないから、時間かかるのは仕方ないの」

「うえー、早く出来る方法とかないのかよ?」

「料理にはある程度時間がかかるんだから、我慢してよ。それに今日は絶対に美味しいって言わせるんだから、手が込んだものにしないと!」

「そんなに気合入れなくてもいいって。早く食わせてくれよ」

「じゃあ、どんなものでも美味しいって言ってくれる?」

「それはダメだ」

「なら、あたしだって譲れないよ」

「後どれぐらいで出来るんだよ?」

「そうだねえ……2、3時間ってとこかな?」

「なげーよ! そんなに待てるか!」

「あはは、冗談だって。でも、1時間はかかるかな」

「うへえ、長いよー。めしーめしー」

「もう! 誠ちゃんは昔っから我慢弱いんだから。辛抱というものを覚えるべきだよ」

「んなこと言われてもよ、食欲は人間の三大欲求の1つなんだぞ。三大欲求ってわかるか?」

「なにそれ?」

マジで疑問な顔をする紗智。

「お前、本当に授業受けてるのかよ」

「ちゃんと聞いてるよ! ちょっとド忘れしちゃっただけだよ」

「ド忘れってのは、ふと思い出せないことを言うんだよ。普通に忘れてるか、知らないだけだろ」

「そ、そんなことないもん! えーっとねえ……」

「…………」

30秒ほど、頭を抱える紗智。

「うーん、思い出せないや」

「だと思ったよ」

「いいもん! そんなこと知らなくても、あたしは料理出来るし、家事も出来るよ」

「ああ、そうだな。お前の楽しげな脳みそさえあれば、なにも苦労はしないだろうさ」

「なーんかバカにされた気分ー」

「気にすんなよ。もう完成したか?」

「だーかーらー、もう少しかかるってば」

「しぬー」

「うーん……じゃあ、5分だけ待って!」

「なんだよ、やれば出来るじゃねえか」

「カレーはまだ出来ないけど、お腹を落ち着かせるぐらいのものなら、さっと作れるから」

「えー、カレーじゃないのかよ」

「そうやって、うるさいから作るの! 本当はお腹空いてる状態でカレーを食べて欲しかったのに……」

「それで我慢するから、作ってくれよ」

「はいはい、ただいま」

紗智は猛スピードで小さな雪平鍋に入れた水を沸かし、なにやら粉末を入れている。

「具は――これにしよ!」

なんとなく作ってるものの想像はついた。そして待つこと3分程度。

「はい、完成!」

「おー、これぞ3分クッキングか」

「急ごしらえだから、味に文句つけないでね」

目の前にはスープの入ったお椀が置かれている。具は玉ねぎのようだ。

「その玉ねぎはね、切ったはいいけど小さすぎてカレーには使えなかったから、ちょうど良かったよ」

「食えればなんでもいいや」

「どうかな? 味、薄くなかった?」

「いや、ちょうどいい」

うーむ、やはり紗智の料理の腕は他にはないなにかがある気がする。正直、お袋の料理より美味しい。紗智はどこでこんなスキルを手に入れたのだろうか。


「かんせーい!」

スープをすすりながら、待つこと1時間弱。ようやくメインディッシュのカレーが完成したようだ。

「待ってました」

「サラダは生にしたからね」

「カレーが食えれば、なんでもいいや」

「はい、召し上がれ」

「いただきまーす!」

カレールーと白ご飯をスプーンでひとすくいし、そのまま口に運ぶ。

「ど、どお?」

「んぐっ!?」

「せ、誠ちゃん!?」

「…………」

「も、もしかして、美味しくなかった?」

口に含んだ瞬間、スパイシーさが前面に押し出され、咀嚼している間もそれが口内全体を覆い尽くす。しかし、飲み込むと辛さは落ち着き、甘味が広がって、決して後味を悪くしない。

「ねえ、誠ちゃん――」

「紗智よ……」

「は、はい!」

「俺は美味いものに嘘はつけねえ」

俺は再び、カレーを口に運ぶ。

「じゃあ――」

「完敗だ……。文句のつけようがねえよ」

「や、や、やったー!」

「ほら、紗智も食えよ」

「うん、いただきまーす!」

「うめえだろ?」

「あむあむ……んー、美味しいね。そ、それでさ、誠ちゃん――」

「これ、おかわりあるか?」

俺はすでに完食したカレーの皿を紗智に差し出す。

「あ、あるよ。ちょっと待っててね」

皿を受け取った紗智は台所へ行き、すぐにおかわりのカレーを盛って戻ってきた。

「はい、どうぞ」

「サンキュウ。おお、相変わらずうめえな」

「あんまり一気に食べて、喉つまらせないでよ?」

「わかってるって」

マジで美味すぎるな。スプーンが止まらねえ。

「あの、誠ちゃ――」

「もういっちょ、おかわり!」

「あ、うん」

紗智はまたも台所へ。これは何杯でも食べられる気がするぞ。


「いやー、食った食った」

炊飯器のご飯をカラにするほど食っちまうとは。それだけ、あのカレーが美味かった証拠だな。

「ごちそうさまでした」

「ぷはあ、美味かった」

「ありがと、誠ちゃん」

「紗智がお礼言うことないだろ?」

「美味しいって言ってくれたから、そのお礼」

「別にいいのに。あー、腹一杯になったら眠くなってきたな」

お腹苦しいし、少し横になるか。

「ちょ、ちょっと誠ちゃん。食べてすぐ寝たら、牛さんになっちゃうよ」

「大丈夫だって。そう簡単に動物なってたま、る、か……」

すげー眠い。

「もう……」


「……んがっ!」

いつの間にか寝てたのか。今は……まだ30分も経ってないな。

「ありゃ? 紗智がいねえ」

もう帰っちまったか? ま、いいか。風呂入って、部屋に戻ろ。


自室に戻ったあと一息つく。少し寝て、風呂に入ったせいか目が冴えている。ゲームでもしようかな。

「ん?」

紗智の部屋の窓が開いた音がしたから、俺も開けたが……。

「おい」

「…………」

「おーい」

「…………」

なぜ、姿を見せないのだ。

「なんだよ」

「なんでも……ない」

「なら、まず姿を見せろ」

「……ばあ」

やっと出てきたか。それにそのやる気のない驚かせ方はなんだ。

「すまんな、寝ちまって」

「いいよ。このところ、きぬさんのお手伝いで疲れてたし」

「ま、それも今日でおしまいだな。明日はついに学園祭か」

「誠ちゃんは誰かと回るの?」

「そんな予定はないな」

「あ、じゃあさじゃあさ! あたしと一緒に回らない?」

「紗智と?」

「うん」

「俺もそのつもりだったから、構わんぞ」

「ホントに!?」

「ああ、去年もそうしたじゃねえか」

「あ、そ、そだね。たはは」

「どうしたんだ?」

「え、なにが?」

「なんか今日のお前、ころころ態度変わって、変だぞ?」

「そ、そうかなあ? 気のせいだよ。うん、気のせい」

「ま、いっか。明日から手伝いもないし、また気楽にいこうぜ」

「うん……そうだね」

なんかまた眠気が襲ってきた。明日に備えてもう寝るか。

「じゃ、俺もう寝るわ」

「え……」

なぜそんな反応なんだ?

「なんだよ?」

「…………」

「なにかあるのか?」

「誠ちゃん、あの……」

「だから、なんだよ?」

「…………」

さっきから黙ってばっかりでなんなんだ?

「ううん、やっぱりなんでもない」

「やっぱり変だぞ?」

「なんでもないって。あたしも寝るから」

「そうか」

「おやすみ」

「おやすみ」

俺と紗智は同時に窓を閉めた。

「うう、この時期に外の空気を入れると凍え死んじまう」

なーんか今日の紗智、変だったな。ま、明日になれば元通りになってるだろ。

「ふああ……寝よ」

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