23話 地獄の資料仕分けと天国のポスター貼り

「ただいま来ました!」

「お邪魔します」

「よく来てくれた」

「遅いわよ」

「そういう鈴下は早いな」

「当然でしょ」

放課後のHRはちゃんと出席したのかよ。

「筒六は――知ってると思うけど、部活だから。1時間ぐらいしたら来るって」

思ってたより早く終わるんだな。

「それまで私たちは、先に作業を進めておきましょう」

「きぬさーん、なにをすればいいですか?」

「私はちょっと出ていくから、その間に簡単な作業を頼みたい」

「会長、どこへ行くんですか?」

「ポスターの貼り出しだ。高い位置に貼ったり、配置などを確認したいから私が行かねばならない」

「大変そうですね。それで私たちの作業とは?」

「ここにある資料の仕分けをお願いしたい」

「うわっ、こんなにあるの!?」

紗智の驚きはもっともだ。見ると山積みになっている資料がいくつものタワーを形成している。

「ねえ、きぬ? これ本当に全部いるものなの?」

「間違えても捨てるような真似はしないでくれよ? 全て必要なものなんだ」

「はいはい」

鈴下は面倒そうな顔で答える。

「仕分けた資料はそこの箱に入れていってくれ」

会長が示した方に3つの箱があった。

「『学園』、『保護者』、『協賛者』って書かれてますね」

「資料の題名に保護者様へ、協賛者様へ、などが書かれているのを目印に分けていってくれ。それらが書かれていないものは学園に区分していい」

「うえ~、大変そうね……」

鈴下の顔はさらに暗くなる。

「大変なのはそれだけではない。さらにそれらを古い順で箱に入れていってほしい」

「マジ……?」

鈴下の顔はもっと暗くなる。

「ねえ、きぬさん? これ、古いのを下にしていけばいいんですか?」

「そうだ。大変だとは思うがよろしく頼む」

「わっかりましたー!」

紗智は元気いいな。鈴下にも分けてやれ。

「うむ。では、私は行ってくる」

会長はポスターらしき紙類を束にして、教室から出て行った。

「わたし、帰りたくなってきた……」

鈴下はすでに戦意喪失。1番仕事が捌けそうなのがこれでは終わりが遠くなる。かくなる上は――

「あれあれ~? もしかして、逃げる気ですかな、鈴下殿~?」

「はあ?」

俺を横目で睨みつける鈴下。拳が飛んでこないことを祈るしかない。

「いやいや、あの無敗王の鈴下殿も腰が引けることがおありとは――」

「…………」

「これは失敬。鈴下殿も所詮は1人の少女。それもまた致し方なきことか」

「ちょ、ちょっと誠ちゃん――」

紗智が止めに入ろうとしたその瞬間、鈴下は勢いよく俺に詰め寄ってきた。

「逃げるわけないでしょー! いいわよ! こんなわたしの手にかかれば楽勝なんだから! 麻衣、そこの資料取って!」

「は、はい~」

よしよし、うまいこと挑発に乗ってくれたな。

「もう、誠ちゃんったら」

「いいっていいって。鈴下にやる気を起こさせるためだ」

前々から鈴下は挑発に乗りやすいタイプとは思っていたが、こうもあっさりいくとはな。

「俺らも取り掛かろうぜ?」

「うん」


「おい、見ろよこれ。こんなんもあるんだな?」

教室の隅に置かれていたダンボール箱の中にあった猫耳カチューシャを手に取り、見せびらかす。

「これ何のために使うんだろうな?」

「あんたねえ、こんなに大変なのになに呑気なこと言ってんのよ」

「誠ちゃん、さっきから全然進んでないじゃん」

紗智と鈴下に叱られ、俺はそっと猫耳カチューシャを元の位置に戻す。

「すみません……」

「それにしても、どれだけあんのよ」

「思ったよりも大変ですね」

「麻衣、あんたも全然進んでないわね」

「ごめんなさい~」

どっちが年上なんだか。

「鈴下と三原ってなかなかいいコンビだな」

「感心してる暇があったら、手を動かしてよ~」

「わかってるけどよ。これ本当に終わるのか?」

もう1時間ぐらい仕分けしてるけど、3分の1も終わってねえぞ。

「こんなのを1人でやってたなんて――」

「どんなバケモノよ」

「そういえば、きぬさん帰りが遅いですね」

「筒六も1時間ぐらいで来るって言ってたのに遅いわね」

「ちょっと心配だね」

「そうだな」

「ねえ、ちょっと見てきてよ」

紗智は制服の裾を親指と人差し指で少し引っ張る。

「俺が?」

「うん」

「なんで、俺が――」

「あんた、女子に行かせる気?」

「う……」

鈴下からの痛烈な一言が――それを言われると男としてのプライドが……。

「あーはいはい。俺が行ってきますよ」

「よろしくお願いします、鷲宮さん」



「ま、じっとあそこで作業してたし、気が紛れていいかもな」

さて、どっちから行くか。仲野は単に部活が長引いているだけかもしれないし。

「会長、なにかに困ってるかもしれないな」

とはいえ、どこにいるのか。

「手当たり次第探すしかないな」


ポスターの貼り出しって言ってたから、心当たりのある掲示板を見て回っているのにどこにもいない。

「うーん、会長はどこだ?」

場所ぐらい聞いておけばよかったな。

「あれ――会長じゃないか? 会長ー!」

「ん?」

下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるか。やっと見つけた。脚立に乗って、ポスターを貼っている会長が上から俺を見ている。

「鷲宮君? なにかあったのか?」

「いえ、会長が――ぶお!」

会長のあられもない姿が……レア度高いぞ。

「なんだ? どうした?」

「あ、いえ……」

教えたほうがいいよな。

「…………」

「鷲宮君?」

普通に教えてもつまらんよなあ。

「あの、会長?」

「なんだ?」

「こんなこと言うのもアレなんですけど――」

「用があるのなら、早く言いたまえ」

「会長のスカートの中がご開帳――なんつて」

「――な、な、な……」

「か、会長……?」

「君は、この――え?」

「あぶねえ!」

「きゃああ!」

「くっ!」

脚立から落ちた会長を受け止めるため、咄嗟に駆け出す。

「う、ううん……鷲宮君?」

俺が下敷きになったことで会長と床の接触を避けることが出来た。

「大丈夫……か?」

なんか息苦しいような――

「ふごっ!?」

俺の顔に会長の股間が押し付けられてる!? これぞまさに会長のご開帳――じゃなくて!

「う、うわああ!」

慌てて、俺の上から退避する会長。

「ふう、やっと息が――」

「鷲宮君~」

「な、なんですか?」

顔が少しこえー。

「君という男は少し歪んでいるかもしれんな」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、会長!? 俺だって動けなかったんですから!」

「わ、わかった。特別に今回は不問にしよう」

「特別って……」

会長がこんなに取り乱すなんて。

「ぷ、ふふふ」

「な、なにがおかしいのだ?」

「すみません。なんか会長がこんなになるの初めて見るので」

「ぬぐっ……わ、私だって狼狽えたり、混乱することはある」

「でも――」

「まだなにかあるのか?」

「なんか会長のそういうところ、可愛いです」

「な――」

「あれ、会長?」

「バ、バカなこと言うんじゃない!」

「本当ですって」

ははは、顔真っ赤にしてる。

「そんなことはいいから、なにか用があったんじゃないのか?」

「用ってわけじゃないですけど、会長の帰りが遅いから様子を見に来たんです」

「そうか。心配かけてすまない。今貼ったので終わりだから、もう戻るよ」

「それならよかったです」

「では、いくぞ」

「はい」

「……鷲宮君」

「はい?」

「さっきのことは、その――」

「大丈夫ですって、誰にも言いませんから」

「う、うむ」

「俺だけの思い出にしたいですし」

「そ、そういうことは言わなくてよろしい!」

「ははは」

「まったく――」

お詫びというわけではないが、会長が運んできた脚立を俺が運び、2人で教室に戻る。


「あれ? 鷲宮先輩にきぬ先輩」

戻る最中の廊下で仲野に出くわした。

「筒六さん、部活はもうすんだのかい?」

「はい、今向かっているところでした」

「そうか。私たちも向かっている途中だったから、ちょうどよかった」

「お二人はどちらに?」

「俺は戻りが遅い会長と仲野の様子を見に行こうと思ってたんだ」

「遅れてすみません」

「頼んでいるのはこっちだし、自分のことを優先するのは当然だ。疲れているのに申し訳ないぐらいだよ」

「いえ、短時間の軽度練習なので、そこまで疲れてません」

「そう言ってくれると助かる。じゃあ、行こうか」

かくして仲野を加えた俺たちは教室に向かうのだった。


「やあやあ、諸君! 作業は進んで――」

「うっさい」

俺の意気揚々とした掛け声は鈴下の一言によって一掃された。

「はい……」

「どうかな、進み具合は?」

「すみませ~ん、全然出来てませ~ん」

「俺が出て行ったときとあまり変わってないな」

「これはなにをしてるの?」

「筒六! それがさ、ここの資料を仕分けしないといけないのよ」

仲野は鈴下の指差す資料タワーを見て、唖然となる。

「こんなにあるんですか?」

「とても短時間では出来ませんよ」

三原は目眩を起こしそうな勢いだ。

「苦労をかけて本当に申し訳ない」

「平気ですよ、きぬさん! 手伝うって決めた以上は頑張っちゃいます!」

「私も手伝うよ、鈴ちゃん」

「お願い、筒六~」

「よし、みんなで協力して終わらせてしまおう」

会長と仲野も作業に加わり始める。

「えーっと、これは学園でこれは協賛――」

「麻衣ちゃん、大丈夫?」

「頭が混乱しそうです」

「落ち着いて。麻衣さんのペースでいいんだ」

「すみません、きぬさん」

「こんなのに時間かけてらんないわよ!」

「鈴ちゃん、そんなにすると資料が――」

資料を破く勢いで手に取る鈴下を仲野は制止する。

「頼むから、破らないでくれよ」

「よーし、鈴ちゃんに負けてらんないよ!」

「言ったわね、紗智? なら、勝負よ」

「望むところだよ!」

「紗智も鈴下も、そんなにムキになることじゃねえだろ」

ったく、ガキかよ、こいつら。

「誠ちゃんに構ってる暇なんてないの!」

「そうよ、最初から逃げ腰のチキン野郎に興味はないわ!」

「なにをー! 俺の実力を見て、チビんじゃねえぞ!」

鈴下はともかく紗智に負けてたまるかよ!

「鷲宮先輩、うまい具合に乗せられましたね」

「早いのは嬉しいが資料は丁寧に扱ってくれ」

「えっと、えっと、これはこうして、あれはそうして――」

「麻衣先輩、これは保護者ですよ」

「あうう、すみません……」

「私もこういうのは慣れてないので、一緒にやりませんか?」

「はい、筒六さん」

会長と三原と仲野を放って、俺と紗智と鈴下の熱戦は続いていた。

「なかなかやるわね、あんたたち」

「まだまだ、負けないよ」

「勝負はこれからだぜ」

「頼むから、普通にやってくれ」

さっきまで争っていた俺たちだが、会長の言葉でここらが潮時だと確信する。というか、ただ単に疲れただけなんだが。

「ま、まあ、きぬもこう言ってることだし、今回は引き分けでいいわよ」

「そ、そうだね。資料破っちゃダメだしね」

「会長に迷惑はかけられねえしな」

「わかってもらえて、助かるよ」

「――って、それよりきぬさん、早すぎですよ!」

「ん?」

会長は俺たちを諭しながらも、作業の手を止めない。それだけならまだしも、その速さたるや尋常ではなかった。

「す、すげえ……」

「どうやったら、そんなに出来るのよ」

「慣れてるだけだよ」

俺たちの争いがまるでおままごとのように思える。

「それでもすごいです」

「さすが生徒会長ですね」

「麻衣さん、筒六さん、よしてくれ。恥ずかしいよ」

「なあ、鈴下よ」

「なによ?」

「もう、王者は――」

「それ以上はダメだよ、誠ちゃん!」

「そうよ。わたしたちの争いが空虚なものになるわ」

「くっ……なんて残酷なんだ」

「筒六さん、鷲宮さんたちはなにを言ってるのでしょうか?」

「すみません麻衣先輩、私に振らないでください」

「なんだかわからんが、もう少しだ。みんな頑張ろう」

会長本人に自覚がないのがまた悲壮感が増すな。


「下校時間前に終われてよかった」

「…………」

「大変でした」

無言の紗智とため息を吐く三原。

「…………」

「足を引っ張ってしまい、すみません」

無言の鈴下と淡々と謝る仲野。

「…………」

「いや、君たちのおかげで苦労せずにすんだよ」

無言の俺と感謝する会長。嘘だろ、会長。ほぼ1人でやったようなもんだ。俺たちがあんなに必死こいてやってたのはなんだったんだ。

「わ、わたしにかかればなんてことないわ」

「う、うん、別に苦労なんてなかったよね、誠ちゃん?」

「お、おう。こんなの朝飯前ってもんだ」

「心強い言葉だ」

「しかし、きぬさんがほぼ1人でやられてしまったので、本当に私たちは必要だったのでしょうか?」

「ぐおお……!」

三原、言ってはならんことを……。

「え、なにかいけないことでも――」

「気にしなくていいよ、麻衣ちゃん……!」

「そうよ、なんっにも気にしなくていいのよ……!」

苦しむ3人であった。

「は、はあ……」

「そんなことはない。君たちのおかげでポスター貼りも出来たし、私の気苦労も和らいだ。本当にありがとう」

「でも、まだお仕事は残ってるんですよね?」

「残念だがその通りだよ、紗智さん」

「では、私たちも頑張らないといけませんね」

「筒六はこんなこと言ってるけど、今回みたいなのはもう勘弁よ」

「ふふ、もう資料整理はないから安心してくれ」

「それを聞いて一安心です」

三原だけでなく、ここにいる全員が安堵した。

「学園祭が近づくにつれ仕事は増す一方だから、君たちの協力はこれからさらに必要になってくる。迷惑をかけるかもしれないが力を貸してくれ」

会長は深々と俺たちに頭を下げた。

「そんなことしなくても大丈夫ですよ!?」

「顔を上げてください、きぬさん」

「そうよ、今さらそんなことされても困るわよ!」

「私たちはきぬ先輩の味方です」

「みんな――」

「会長」

「ん?」

「俺たちは好きでやってるんです。そんなお願いされなくても、やりますよ!」

「ありがとう。本当にありがとう」

「よーし、じゃあみんな! 明日からもまた頑張ろう!」

「おー!」

全員声を合わせてお互いを鼓舞した。


「はあ……」

会長のために頑張れはすれど、疲労がないわけではない。自室でゆったりとした時間を過ごす。

「お疲れ、誠ちゃん」

開けた窓の向こうから、紗智が語りかけてきた。

「あの資料仕分けは疲れたな」

「そうだね。量が量だったし」

「会長はあれを1人でやるつもりだったんだろ?」

「そうだと思う。すごいよね」

「本当に俺らいらなかったんじゃねえか?」

「あ、それもう言っちゃうんだ?」

「終わったこと気にしても仕方ねえだろ」

「うん。でも、きぬさんも助かったって言ってたし、よかったんじゃない?」

「まあな。俺らも会長に負けないように頑張ろうぜ」

「でも勝負はもうやめようね?」

「同意だ」

「あはは、じゃあまた明日ね」

「おやすみ」

紗智が部屋に戻る。俺も寝よう。

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