24話 鈴も1人の女の子
「…………」
学園祭まで残り1週間か。あれから会長の手伝い色々したけど、大変だ。あんなのを1人でやろうとしてたんだから、本当にすげえよ。
「誠ちゃん!」
「あー、なんだ?」
「お昼休みだよ?」
「そんなことはわかってるよ」
「なにやら、ボーっとしてますが大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だから気にすんな」
「お弁当食べないの?」
「それは食う!」
「急に元気だね」
「当たり前だ」
しかし、たまには教室以外でも食べたい気がするな。屋上にでも行くか。
「紗智、弁当くれ」
「わかってるよ。今、食べさせてあげるから――」
「違う違う。箱ごとくれってことだ」
「え?」
「今日は外で食う」
「えー、なんで?」
「そういう気分なの、よっと!」
紗智が机の上に出しておいた弁当を掻っ攫う。
「あ! お弁当――」
「またなー」
「…………」
想像通り、鈴下はそこにいた。鈴下の昼食はいつものようにおにぎりやらサンドイッチか。それとなぜ、ペンとノートも持ってきてるんだ。
「よっ」
「何か用?」
「たまにはここで食べようかと思って」
俺は弁当のフタを開け、食事を開始する。
「あっそ」
「最近、ゲーセン行ってるか?」
「行ってない」
「そうなんだ」
「あんたは行ってないの?」
「行ってねえな」
「暇そうなのに?」
「余計だ。会長の手伝いとかあるからな」
「ふーん」
「鈴下こそ、なんで行ってないんだよ」
「あんたと同じよ。きぬの手伝いとか、バイトとかあるから」
「そっか。バイトってさ――」
「なに?」
「やっぱり、ゲーセンに通うためにやってるのか?」
「……それもあるけど」
「あるけど?」
「家に帰りたくないのよ」
「なんで?」
「…………」
「鈴下?」
「あんたには関係ない」
「でも――」
「うるさい」
「それとよ、気になってたんだけど――」
「なに?」
「なんでここに来るのに、ペンとノートまで持ってきてるんだ?」
「別に……」
鈴下は気だるそうに返事をする。
「勉強でもしてるのか?」
「なんでもいいでしょ」
「ちょっと見せてくれよ」
「絶対に嫌」
「そこまで嫌がるとは、なんか怪しいなあ?」
「なにを勘ぐってるのか知らないけど、なんでもないっての」
どうやら教えてくれる気はなさそうだ。
「はいはい、わかったよ。気が向いたら教えてくれ」
「そんな日は来ないから」
「おー、じゃあ楽しみにしとくわ」
弁当を食べ終わり、箱のフタを閉め、俺は立ち上がる。
「教えないって言ってんでしょ!?」
「はいは~い」
「…………」
屋上から出る直前、横目で見た鈴下はノートになにかを書き込んでいた。まさか俗に言う復讐ノートとかじゃないだろうな!? もしそうなら絶対に俺の名前あるだろうな……。
「さ、放課後だぞ、君たち」
「なんで誠ちゃんが仕切ってるのさ」
「きぬさんのところへ行きましょう」
「おう」
「こんちわっす」
俺たち3人はいつもの教室へ。そこには机に向かって作業している会長と仲野と……あれ、1人足りないような……。
「今日もありがとう」
「私たちは先に始めてます」
「遅くなってすみません」
「あれ? 鈴ちゃんは?」
紗智は俺も存在を気にしていた人物の名を口にする。
「ああ、鈴さんなら備品の整理に他の教室に行ってもらっている」
「大丈夫か、あいつ」
「では鈴さんが戻ってくるまで、少しでもここでの作業を進めておきましょう。きぬさん、私たちはなにをすればよろしいですか?」
「筒六さんが今やっているのだが、パンフレットを作成してもらいたい」
「なにそれ、楽しそー!」
「紗智先輩、作成といっても出来上がってるのをホッチキスで止めるだけですよ」
「なんだー、パンフレット自体を作るのかと思っちゃった」
「アホか。今から作ってたんじゃ間に合わんだろ」
それに担当役員でもない俺たちにそんなこと任せるわけないだろ。
「とにかく取り掛かりましょう。数も多いみたいですし」
「会長、それなにしてるんですか?」
俺は机に置かれた2つのハンコと積まれた書類を指差す。
「私はこの書類にハンコを押している」
「それにしては書類の量が多いですね?」
「それもあるが、2種類のハンコを使い分けないといけないから、けっこう面倒なんだよ」
言われてみれば、右と左のハンコを幾度か交換して押している。あんなに何度も取り替えを繰り返していたら、腕疲れそうだな。先に会長の負担を減らしたほうがいいかもしれん。
「会長、俺も手伝っていいですか?」
「しかし――」
「手間取ってるみたいですし、2つのハンコを俺と会長がそれぞれ担当したほうが効率がいいと思います。ハンコ押しが早く終わる分、パンフレット作成のほうに力が注げますし」
「ふむ、確かにその方が無難かもしれないな」
「でしょ? そのためにも早く終わらせましょうよ」
「うむ、ではお願いするよ。3人とも悪いが少し鷲宮君を借りるよ?」
会長は紗智、三原、仲野の3人に了解を得るため尋ねる。
「誠ちゃんでよければ、こっちは大丈夫です」
一言余計だ、紗智。
「うん。それでは鷲宮君、君は右のハンコを頼む」
「わかりました」
「君のハンコは種別の部分に『区分A』と書かれているものに押してくれ」
「はい」
「もし『区分B』と書かれているものがあれば、私の方に回してくれ。私はその逆を行うよ」
「了解です」
「では開始しよう」
俺はハンコを手に取り、素早く処理していく。
「よっ、はっ、もういっちょ!」
「早いな、鷲宮君」
「一度、こういうのやってみたかったんですよ」
「もの好きだな。なにか理由でもあるのか?」
「なんか会社のお偉いさんって、こんな楽な仕事して高い給料もらってるイメージがあるんですよ。偉くなった気分に浸れて楽しいです」
「えらく主観的な偏見だな」
「自己満足はそうでなくちゃ意味ないですから。ほらそこの! ちゃんとパンフレットは出来ているのかね?」
俺は正面でパンフレット作成に勤しんでいる紗智を指す。
「なんで誠ちゃんが偉そうにしてるのさ?」
「部下はせっせと上司のために働きたまえ」
「鷲宮君……悲しくなってはこないのか?」
会長は呆れ顔になっているが俺は全く気にならなかった。
「いえ、むしろ楽しいですよ。ほらほら、手が止まってるよ」
次は三原を指す。
「はひっ! すみません~」
「うむうむ、素直なのはよいことだ」
「そんなことを言うものじゃないぞ。別に偉くなっているわけではないのだから」
「こういうときにしかこの気分は味わえないですからね。チミ達、さっきから進んでないじゃないか」
「ぐむむ~、誠ちゃんのくせに~」
「紗智先輩、あんな哀れな人間は放っておいて、作業を進めましょう」
仲野はこんな俺に対しても全くブレない。負けてたまるか!
「こ、これ君! 上司の言うことが聞こえんのかね?」
「この教室、大丈夫ですか? 過去に自殺した人とかいません? 変な声、聞こえるんですけど」
「俺は地縛霊か!」
「ほら、また」
「くう~、仲野め~」
俺の隣で会長はため息を1つ吐く。
「君がバカなことばかりしているからだ」
「せっかくの貴重な体験なのに~」
「それは気分だけにしておけ」
「はい……」
真面目にやるか。
やはり2人でやるほうが効率がよかったみたいだ。10分程度で俺と会長の作業は終了した。
「終わりました」
「ご苦労。助かったよ」
「それじゃ、パンフレットのほうに――」
「鷲宮君?」
「なんですか?」
「すまないが、鈴さんのところへ行ってきてはくれないか?」
「鈴下のところ? どうかしましたか?」
「私が鈴さん1人で向かわせておいて、こんなこと言えた義理はないが少し心配でな」
そういうことか。
「備品整理は力仕事でもあるし、男子の君が一緒のほうがいいかもしれん」
「わかりました。鈴下のところへ行ってきます」
「場所はこの階にある階段側の教室だ。鈴さんを頼むよ?」
「はい」
「鷲宮先輩」
立ち上がり、鈴下のもとへ向かおうとした俺を仲野は引き止める。
「どうした、仲野?」
「誰もいない教室で鈴ちゃんと2人っきり……」
「?!」
な、何言ってやがんだ、仲野!
「誠ちゃ~ん?」
「アホ紗智! 俺はなにも言ってねえだろうが! 俺はもう行くからな!」
面倒なことになる前に騒ぎ始めた紗智を無視して、俺は扉に向かった。
「
ついでに冤罪を着せようとする仲野も無視して、教室を後にした。
「さーて、会長が言ってたのはこの教室だな」
鈴下、面倒になって散らかしてねえだろうな。
「おーい、鈴下ー?」
扉をガラッと開きながら、中にいるであろう人物の名前を呼ぶ。
「うわっ! ビックリした!」
なにやら背伸びした鈴下が、突然の呼びかけに体をビクつかせていた。
「悪い」
「何しに来たのよ?」
「鈴下が心配で来たんだよ」
「余計なお節介よ」
「そう言うなって。こっちはパンフレット作成が山ほどあるから、早く手伝ってほしいんだよ」
こう言えば、鈴下も納得してくれるだろ。
「そ、そう。ならいいけど」
ほらな。
「それで、なにかやってたみたいだけど?」
「…………」
「どうした?」
「あれ――」
「うん?」
鈴下は棚の上にある小さなダンボール箱を指差す。
「届かないの」
「確かにありゃ届かねえな」
周りには足場になるようなものもねえし。
「よし、じゃあ乗れ」
俺は腰を落とし、鈴下に肩へ乗るよう仰ぐ。
「はあ?」
「だから、乗れって」
「あんた、マゾ?」
「そういう意味じゃねえよ!」
蔑んだ目で見るな!
「届かねえから、肩車してやるって言ってんだよ」
「ああ、そういうことね」
仲野といい、こいつといい、なぜ俺をヘンタイ扱いするんだ。あ、そこが似てるから仲が良いのか。
「じゃあ、いくわよ」
「よしこい!」
「よいしょっと!」
鈴下が俺の肩に腰を下ろす。
「いいわよ、上げて」
「よしきた!」
鈴下の合図で俺は立ち上がる。あまりにすんなり立ち上がれたことに少し驚く。軽いなこいつ。
「うわわ、ちょっと急に上げないでよ!」
「鈴下が上げろって言ったんだろ」
「てか、これでも届くかわかんないんだけど――」
「なんとか頑張れよ」
これ以上に高くなんてできねえぞ。
「わかってるわよ。それより、もう少し右だって!」
「お、おう!」
鈴下の指示通り、右へ。
「あ、あー! 行き過ぎだって! 左左!」
「わかった!」
次は左へ。
「ちょ、ちょっとさっきと同じとこに戻ってるって!」
「そんなこと言われたって俺には見えねえから仕方ねえだろ」
抗議しつつ、ゆっくりと右に進む。
「あああ! ストップストップ!」
「こ、ここか!」
「オッケーよ。で、でも、う、うーん――」
「はあ……」
軽いとはいえ、人間1人の体重を支えるのはやはり負担だ。長くは保てないな。
「うーん! うーん! あと少しなのに!」
「…………」
鈴下もやっぱり女の子なんだな。両頬を太ももに挟まれてるから、否応なしにそれが実感出来る。
「なんで届かないのよー」
プニプニしてるけど、適度な弾力があって支えている手で鷲掴みしたい気分だ。やべ、なんか手汗かきそう。
「ちょ、ちょっと! あんたも背伸びするとかして手伝ってよ!」
「あ、ああ、わりい!」
なに感触を味わってんだ。そういうつもりで肩車したんじゃねえぞ。今は鈴下のサポートに集中だ。
「これでどうだ」
くっ、肩車しながらの背伸びは拷問だ。かなりきつい。
「あ、と、少し~」
「鈴下ー、足がつりそうだ!」
「足つってもいいけど、その姿勢は維持してて!」
「無茶苦茶言うな!」
「こんのー!」
早くしてくれー!
「と、取れた! 取れたわよ!」
「おう、それはよかったぜ」
ゆっくりと足を床につける。足をつらずに済んでよかった。
「あんたもやれば出来るじゃない」
「それはどうも」
こっちは足つりそうになるわ、太ももの感触の誘惑があるわで大変だったんだぞ。
「ふう、これでひと段落ね」
「最後だったのか?」
「うん、これを別の棚にしまえばおしまい」
「そりゃよかった」
「い、一応、あんたにも感謝してあげるから」
「ありがとうございます。少し惜しい気もするが」
「どうしてよ?」
「こうして鈴下と2人だけでなにかする機会ってあんまないからさ」
「バ、バカじゃないの!? い、いいから早く下ろしてよ!」
「はいはい」
ゆっくりと鈴下の足を床につけてやる。
「あのさ――」
「なんだ?」
「その――くなかった?」
「あ? 聞こえねえよ」
「だから、重くなかったかって聞いてんの!」
「なに怒ってんだよ」
「怒ってない!」
「重くなかったっていうか、軽かったぞ」
「本当に?」
「ああ、軽すぎて心配になるくらいだ」
「そ、そう」
そんなこと聞いてどうすんだ。
「戻ろうぜ?」
「そうね」
「ただいまー」
俺は鈴下を引き連れ、会長たちの待つ教室に戻った。
「おかえり、誠ちゃん」
「筒六、パンフレット進んでる?」
「鈴ちゃん、おかえり。そこそこって感じかな」
「数が多いので単調な作業ですが、時間かかりますね」
「よし、俺らも加勢するぜ」
「さっさとすませちゃいましょ」
俺と鈴下も席に着き、パンフレット作成に加わる。
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