第13章 エッジ(28) 

 

 息を潜めながら優丸は、これからはなにかあれば躊躇なく相手を殺らなければならないと自身に誓った。もはやこの世界は、時を遡った戦国の世ではない。時を遡った戦国のパラレルワールドなのだ。だから相手をロボットか人形と考え、敵として対峙したときは迅速に始末するのが生きる道なのだ。

 

 一応、現在敵として考えられるのは敗れた家康軍の連中だ。しかしそうとばかりは決められない。石田三成には敵が多い。西軍が勝つまでは徒党を組み、勝利後は反旗を翻す。そんな西軍武将がいてもおかしくはない。三成に頭を抑えられることを、よしとしない武将は山ほどいるのだ。

 

 ―― どうする。山に逃げ込んでしまうか?

 

 優丸は迷った。ここで時間を取れば、三成隊とさらに距離が開く。しかし決戦を急ぐわけにはいかない。この暗闇の中、手探りで戦って勝てるわけがない。敵は暗中で一発で走る馬を仕留めた手練れなのだ。それにまた、何人いるかも分からない。

 

 だからうしろの山に逃げ込む手を思ったのだ。ここで戦いを避けて先を急ぐ。しかし馬もなく、山を迂回して京都に向かってどれくらい時間をロスしてしまうのだろう。街道でなければ馬も盗めない。

 

 それでも、払暁まで待つわけにはいかない。優丸は音を立てないようにじりじりと後じさっていった。

 

 佐和山城で待つ礼韻は、丑三つの刻に島左近の訪問を受けた。

 

「このようなときに、すまぬ」

 

 太い声を落として詫びる。

 

「しかし、一刻を争うので」

 

 そのただならぬ様子に、礼韻は障子を開けた。もちろん涼香を起こし、自身、いつでも一戦交えられるよう気持ちを整えていた。

 

「左近だ。実は先ほど、殿が襲われる夢を見た」

 

 礼韻はギョッとした。夢の話はついさっき涼香としたばかりだ。

 

「それでな、殿を囲う者どもが役立たずで切られるなか、昼間ここで見た者が体を張って護っておられた。お主のとなりにいた者はいるか?」

 

 左近が殿と言えば石田三成のことだ。その三成が夢で襲われたという。守っている男は優丸だ。

 

「いや、いない」

 

「では、どこに?」

 

「殿を追った。どうも襲われる気がして、と言って……」

 

 ろうそくの灯に浮かんでいる島左近の顔が驚きの表情を浮かべた。滅多に慌てない男が動揺していることで、冷静な礼韻も顔色を変えた。

 

「なぜ、その男は分かったのだろう?」

 

「分からない。とにかく優丸は、今から数刻前に中山道を京方面に向かっていった」

 

 左近は腕組みをしている。

 

「その優丸とやらは、殿を護れるだろうか?」

 

 左近ほどの男が、懇願の視線をしていた。護れる、と言ってくれと。

 

「分からない」

 

 しかし礼韻は相手に呑まれることなく、思ったとおりに言った。

 

「では、追おう」

 

 左近が立ち上がった。スッと、ではない。顔を顰めてだ。まだまだ傷は戻っていない。

 

「追ってどうなります?」

 

 礼韻は、これも思ったとおりに言った。

 

 左近がゆっくり振りむいた。怒りを浮かべ、襲ってくることを覚悟した。

 

「そうだな」

 

 意外にも左近は、諦観した面持ちで言った。

 

 その顔に、礼韻はひとつ小さく頷いた。

 


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