第13章 エッジ(16)

 

 

 黙り込む2人を、三成と蒲生郷舎がじっと見ている。

 

 その2人の表情を、礼韻は素早く読んだ。

 

 三成の表情は、足軽に向けるものでは、けっしてなかった。上位の人間が下級の者に向ける目線ではない。

 

 むしろ視線の内には怖れが感じられた。驚愕というわけではない。ほんの僅かだ。しかし、確実に怖れを抱いて自分たちを見ている。何故だろう。礼韻は微かに首をひねった。

 

 元々、福島正則や細川忠興のように威張り散らす武将ではない。それでも、最下位で乗馬も許されない、言ってみれば使い捨ての駒のような者たちとの対面だ。威圧や蔑みの心が目の奥にあって当たり前のはずだ。しかし三成の礼韻たちに対する扱いにぞんざいさは微塵もなく、どちらかといえば、丁寧さを感じさせた。

 

 三成は、なにかを探っている。礼韻は思った。自分たちのなにかしらを探っているのだ。三成ほど明晰な頭脳を持つ男であれば、この、やらなければならないことが山ほどある重要な時間であっても、黙考に沈んでしまっても頷けるというものだ。それが、あのじっと見つめる時間だったのだ。

 

 問題は、自分たちの何を、三成は探っているかだ。礼韻は三成の表情から、そこまで具体的なものまではつかめなかった。

 

 一方蒲生郷舎の顔には、目の前の足軽に対して怖れも思案も浮かんでいなかった。ただの、無表情。むしろ思考はまったく停止されている。礼韻はなにも読み取ることができない。殿の生きる盾になることだけに、徹底しているかのようだ。

 

 敢えて言うなら、郷舎はまだ戦闘状態と読めた。彼は合戦中、左近のように負傷していない。心身充実の内に、敵を徹底的に壊滅させた。そしてそのクライマックスにおいて、左近に代わって総司令官の役を担っていた。城に戻った今でさえ、興奮冷めやらずでも不思議はない。暗殺者が差し向けられてもおかしくないこの状況において、他の家臣が三成の気まぐれな足軽の招集に眉をひそめたなか、郷舎だけは涼しい顔だった。もしかしたら、ハプニングを期待しているのではないだろうか。おそらくは自分たちがちょっとでも不審な動きをすれば、躊躇なく切り捨てるだろう。礼韻はぐっと緊張を深めた。

 

「殿っ!」

 

 外から、催促の声がかかった。たしかに家臣からすれば、宇喜田秀家を待たせるなど断じて避けたいことだ。さすがに家臣たちも島津が気分を害して帰ったことは知っている。これ以上、重要人物を怒らせたくないと考えて当然だった。催促の声には苛立ちが感じられた。

 

 三成は一つ大きなため息をついたあと、了解の返答を、見えない相手にした。澄んだ、よく通る声だった。そして礼韻たちに、

 

「すまないが、しばらくここで待っていてくれないか」

 

 と、丁寧な口調で言った。

 

「まだいろいろと、話したいことがある」

 

 これは困ったことになったと、2人は同時に思った。真っ先に思ったのは涼香のことだった。宇喜田との面談となると、どれくらいかかるか分からない。2人の姿が見えなくなった涼香が、ちゃんと待てるのだろうか。できれば2人のうち1人が涼香の元へ戻りたかった。しかし三成の言葉は伺いを立ててはいても、これは命令の何者でもない。この場で1人戻らせてくれなど、とても言えることではない。

 

 それでも涼香のことが頭から離れず、即答できない。再び2人は黙った。

 

 その沈黙に、郷舎の表情が変化した。三成の言葉に従わない雰囲気を、2人から感じ取ったのだ。郷舎の眉間に、僅かにしわが寄った。

 

 意外なところで進退窮まったと、優丸は思った。こんなことなら、1人で礼韻を追わなければよかった。涼香も一緒に連れて来るべきだった。しかし涼香を呼びに行っていたら、礼韻を見失っていた率が高かった。流れとして仕方のないことだった。

 

 はい、とすぐにも言わなければ蒲生郷舎が動き出してしまう。これは一旦、了承するしかない。優丸が返答しようと口を開けたとき、三成が左手を前に出して制した。

 

 


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