第13章 エッジ(17)

 

 

 考えるまでもない。お主らはここに残るのだ。礼韻は当然こんな言葉が出てくると覚悟していた。しかし三成の一言は驚くべきものだった。


「同行している者のことが気になるようだな。わしが席をはずしている間に探してくるといい。そしてここに連れてくることだな」


 礼韻は飛び上がりそうになった。何故考えていることが分かったのだ!!  三成は頭の中を読めるのか!!  拈華微笑の使い手なのか!!  これまでの考えもすべて読まれていたのか!!  瞬時にさまざまな考えが頭の中を走る。礼韻は背中の寒気でゾッと震えた。となりでは同じく、優丸が目を見開いている。驚きを表情に浮かべるなど、これまでなかったことだ。その2人のあからさまな動揺を見て、郷舎の顔もまた複雑なものになった。

 

 三成が、スッと目を細める。

 

「やはりそのとおりなのか。いやなんとなく、今一瞬、おぬしの考えが読めてな。安心しろ、今だけだ。おぬしらと城外で会ってから、考えは読めていない。さぁ、ぜひ同行の者も連れて来るがいい。わしも中納言殿を待たせるわけにはいかない。面会はなるべく早めに切り上げて戻るから、すぐに戻ってここで待て」

 

 そう言って三成は部屋をあとにした。礼韻たちは郷舎から付けられた者3人と共に城を出て、涼香を拾って戻った。逃げる気もなかったが、仮に逃げようと思っても帯同する3人が見張っていて無理だった。3人は郷舎から、妙な動きをすればすぐに斬れという指示を受けていて、足取りに殺気を含んでいた。

 

 その殺気に礼韻は気付いていたが、先ほどの三成の言葉が頭から離れず、上の空だった。涼香を見つけたときも、一人に置かれた不安を拈華微笑で激しく送ってきたが、そっけなく返しただけだった。

 

 部屋に戻り、かなりの時間、待たされた。郷舎が僅かな動きも見せず、じっと見つめている。穏やかな表情なのが、逆に凄味を増している。必死の形相になどならずとも、いざというときの動きを取れますぞ。その微笑はそう言っている。今や彼は、三成の片腕と言っていい存在だった。負傷で退いた左近の代役を担っている。元より15000石の侍大将だ。重責に臆することなく、むしろその役目を楽しんでいる風すら感じさせる。

 

「すまなかった」

 

 三成が戻り、詫びた。

 

 その一言に、礼韻はあやうく苦笑を漏らしそうになった。大名に対して尊大な態度で怒らせる反面、足軽風情に心底詫びる。このアンバランスな様が、まったくもってこの男らしい。

 

「さて、時間を無駄にしたくない。おぬしらは、何者なのだ?」

 

 どこからどう話したらいいのか、迷った。そしてまた、どこまで本当のことを言うべきかも。それが沈黙となり、しばらく続いた。

 

 そこで、三成がフッと笑った。

 

「これでは話が進まんな。では、わしから話すか」

 

 三成がほんの少し、体を乗り出した。

 

「城外でおぬしを見たとき……」

 

 三成が礼韻に目を合わして話す。

 

「体から、狐火が立っていたのだ」

 

「狐、火……?」

 

「そうじゃ。ゆらゆらと、白く淡い炎だった」

 

 意外な三成の言葉に、礼韻は思わず自分の胸元に視線を落とす。

 

「おのれでは見えんのだろう。おそらく、他の者もじゃ。しかしわしは、確実に見えた」

 

 三成は自分たちになにかを感じて、城の中に引っ張り込んだのだ。礼韻はそう考えていた。しかし感じたどころではない。はっきりと自分たちに、超常的なものを見たのだ。礼韻は自身が淡い火を発しているなど想像できなかったが、三成が言うのであれば信じるよりない。一応は、足軽を引き入れた動機に対しては納得がいった。

 

「実はな、わしが亡き殿(豊臣秀吉)に言われた言葉でもある」

 

 これには、郷舎も三成に顔を向けた。

 

「お前には狐火が見える、と。だからわしに仕えろ、と」

 

 三成は亡き太閤の言葉を思い出したのか、数瞬、天井に視線を彷徨わせた。

 

「狐火が……」

 

「そうじゃ。わしももちろんおのれでは見えん。殿から、それがどういうものか聞いて、大体の様子をつかめただけじゃ。その殿の説明に、おぬしの火が極めて似ていたのだ」

 

 三成士官の経緯には、有名な「三献の茶」というエピソードが残る。鷹狩で喉の乾いた秀吉が寺に寄って茶をもらう。そこで寺の小姓だった三成が一息に飲めるぬるい茶、多少落ち着いて飲める温かめの茶、味わって飲める熱い茶と3杯を順に出し、その心配りと合理性に感銘を受けた秀吉が三成を自軍に引き入れたというものだ。これは江戸時代の創作だが、しかしこのような話がまことしやかに語られるほど、三成の非凡な才は世に知られていた。三成は豊臣政権を駆け足で出世していくが、それは三成が突出した頭脳を持っていたというだけでは無理なことだった。なにより、秀吉がそれを分かったからこそ成り上がれたのだ。何万も蠢く部下の一人一人を、トップに君臨する人間が精査できるものではない。ましてや三成の場合、活躍が目に見える武功ではないのだ。三成の抜擢には、その男が特別であるということを一瞬で分かった現象が起きたということが、案外理に適っている。その豊臣秀吉の言葉どおり、三成は妖しげに輝いていたのだろう。

 

「殿の言葉を、おぬしを見て思い出した。それで城に入れてみたのだ。2人からは炎が見える。あとで連れてきたその小柄な者からは見えんがな」

 

 再び三成はフッと笑った。

 


 



 

 


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